アルバイトも労働だ
「シンノスケさん、たしか、戦闘艇の操縦できましたよね?」
リナに問われてシンノスケは頷く。
「ええ、一応は・・・。宇宙軍での艦船操縦カリキュラムにありましたから」
シンノスケの答えにニヤリと笑みを浮かべて頷くリナ。
いつもの営業スマイルではなく、何かを企んでいる笑顔だ。
「実は、組合所有の船の中に旧式の戦闘艇があるんですよ。元々はコロニーが襲撃を受けた際の自衛や特殊な依頼に使用するためのものですが、今は操縦士さんが居なくて使われていないんです。この戦闘艇を使って護衛艦訓練の仮想敵役をしてみませんか?」
「護衛艦訓練?何ですかそれ」
「実は、先日の任務放棄事案は組合内でも大きな問題になっているんです。そこで、再発防止策の一環として経験の浅く、訓練を希望するセーラーさんを対象に想定訓練を実施することになったんです。その仮想敵役、つまり海賊役をやってくれませんか?」
確かに、護衛艦乗りといってもピンからキリまでいる。
実戦経験が豊富な者から軍隊や沿岸警備隊、護衛艦乗務の基準を満たしているが、実戦経験の乏しい者まで様々だ。
経験の浅い護衛艦乗りがいきなり実戦に遭遇した場合、先の任務放棄事案のようなことになりかねないことを考えると、実戦訓練も一定の効果はあるかもしれない。
しかし、シンノスケは渋い顔だ。
「私は戦闘艇を操縦できるだけで乗りこなせるというレベルではありませんよ?それに、仮に私が操縦するとしても、対抗役が戦闘艇では難易度が高過ぎませんか?」
シンノスケの宇宙軍のカリキュラムの評価はC+と平均以上ではあるが、戦闘艇パイロットになるための最低基準がB+以上だから戦闘艇の性能を十分に引き出せるだけの技量ではない。しかし、仮にそんなシンノスケが操縦したとしても高速、高機動の戦闘艇が相手では訓練だとしても難易度が高すぎる。
それに、海賊が使用する船は民間用のクルーザーや貨物船等を改造しているものが殆どで、中には高速船もあるが、戦闘艇の速度や機動力には遥かに及ばない。
しかし、そんなシンノスケの言葉にリナは首を竦めながら笑う。
「訓練に参加するセーラーさんの要望で難易度は高い方がいいということです。それに、対抗役はシンノスケさんだけでなく、ザニーさんとダグさんも対抗役を引き受けてくれましたので大丈夫です」
リナはそう話ながら報酬額を提示してくる。
確かに小遣い銭程度だが、アルバイトとしては悪くない額だし、暇をもて余しているならば訓練の手伝いをするのもいいかもしれない。
「分かりました。引き受けましょう。訓練日程は?」
「2想定の訓練を予定していて、来週の月曜日から1週間。軍の訓練宙域を借りて行います。参加するのは新人の護衛艦乗りのセーラーさんと、仮想の護衛対象役としてアイラさんも参加します。因みに、組合としても初めての試みなので、効果測定のために私と他に2名程がアイラさんの船に同乗します。もし宜しければマークスさんやセイラさんを誘っても結構ですよ。まあ、アルバイト代は出ませんけど」
マークスとセイラには後で確認するにしても、シンノスケ自身は興味があるし、自分の訓練にもなる。
「分かりました。引き受けましょう」
「ありがとうございます」
リナの頼みを引き受けたシンノスケは訓練日程の細かい説明を受けて自分のドックに帰った。
アルバイトも労働だ、暇をもてあましているよりもよほど有意義だ。
シンノスケはドックに戻ってマークスとセイラに訓練の話をした。
「私は遠慮しておきます。ケルベロスの修理と調整の立ち会いをしています」
マークスの答えは想定内だ。
「是非見学したいです。あのっ、連れて行ってください」
セイラもそう答えるだろうと思っていた。
結局、護衛艦訓練にはシンノスケとセイラの2人で参加することになったのである。
「しかし、戦闘艇なんか操縦するの何年ぶりだ?確か・・・定期訓練で操縦したのが最後だから2年、いや3年ぶりか・・・。ちゃんと動かせるかな?」
慣熟訓練をしたいところだが、戦闘艇は訓練に向けて整備中とのことで、訓練当日まで飛ばせないらしい。
「でも、シンノスケさんって戦闘艇も操縦出来たんですね」
「ああ、一応ね。パイロット適性は無かったから数年に一度訓練機を飛ばしていただけだけれどね・・・あっ!」
そこまで話してシンノスケは重要なことに気付いた。
戦闘艇の機種を聞いてくるのを忘れていたのである。
アクネリア銀河連邦宇宙軍で使用されている戦闘艇のコックピットは共通のシステムとなっており、操縦桿やスロットルレバー、フットペダルの位置や計器の配置まで基本的には同じものが使用されている。
これは新型機が導入された場合に機種転換をスムーズに行うための措置であるが、操縦系統が同じでも機体性能は機種によってまるで違う。
旧型機や訓練機と最新鋭機ではエンジンの出力等の違いで速度や機動性、武器の搭載量まで天と地程の差がある。
「迂闊だった。直ぐにリナさんに確認しなければ!」
「まったく、マスターは相変わらず肝心なところが抜けていますね」
「笑うなマークス」
「笑っていません。というか、笑えません、あらゆる意味で・・・」
マークスに呆れられながらシンノスケはリナに連絡を取って来週には自分が乗る、自分の命を預ける戦闘艇の機種について確認したのである。