それぞれの休日
「・・・このような理由で私はリムリア銀河帝国の貴族であるリングルンド家を捨てました。リングルンド家を出た私がリムリア銀河帝国に残れる筈もなく、帝位継承権を放棄してこの身1つでこのアクネリア銀河連邦に亡命して参りました。事前の通告も無く、民間船で亡命してきた私を受け入れてくれたアクネリア銀河連邦政府とアクネリアの人々には心からの感謝を申し上げます。今後はアクネリア銀河連邦の一市民としての権利と義務を・・・」
アクネリア銀河連邦の公共放送を介して全宇宙に亡命を宣言するミリーナ。
当然ながらこの放送はリムリア銀河帝国に向けても発信されており、ミリーナの宣言と前後してミリーナの父親であり、リングルンド家の当主によりミリーナの出奔の事実が公にされていた。
ミリーナの亡命の理由がリングルンド家のお家騒動から逃げ出したことになっているが、これは事情を知らない一般国民に対する表向きの理由である。
リムリア銀河帝国が信じる筈も無いが、アクネリア銀河連邦がミリーナの亡命を受け入れたことを公にすることでリムリア銀河帝国がミリーナに手出ししないように牽制しているのだ。
亡命者は国の不利益になるような行動や発言をしない代わりにその身の安全を保障することが国際法で決められている。
現実的には有名無実化している法律だが、定められた法であることには変わりは無い。
少なくとも、表向きはリムリア銀河帝国はこの一件でアクネリア銀河連邦もミリーナ個人も糾弾することは出来ないのだ。
そんなミリーナの宣言が行われている最中、ケルベロスの修理中のシンノスケ、マークス、セイラの3人はそれぞれ休暇を取ることにした。
セイラはシンノスケから休暇を貰ったものの、何をして過ごしたらいいのか分からずに戸惑っていた。
セイラは見習いの立場ではあるが、シンノスケから給料を支給されている。
セイラの給料はシンノスケと商船組合の育成補助金から支払われているが、その額は船乗りとしては最も階級が低い四等船員の平均給与額の6割程度だ。
命がけの船乗りの給料としてはかなり少ないが、衣食住は全てシンノスケが保障しているし、受け取った給料は全てセイラの自由なので、下手な船員よりも恵まれているのかもしれない。
加えてセイラは質素な生活が板についており、大した物欲もなく、お金の使い道がないので貯まる一方だ。
それでも、ケルベロスに乗ってからずっと緊張続きだったので、思い切って息抜きをしようと街に出てみたセイラ。
しかし、お洒落なカフェに1人で入る勇気は無いし、欲しい物も無いので大した買い物も無い。
大衆店で下着や普段着、日用品等を買って終わりである。
結局、ケルベロスに戻る前に食事でも、と立ち寄ったのは安価なファストフード店なのだが、セイラの前には優に5人分はあろうかというサンドイッチが並んでいた。
その大半はセイラが自分で食べるために、自分で注文したものではない。
元々小食のセイラはミックスサンドイッチとフルーツジュースのセットを頼んだのだが、そこで運が悪い?ことにザニーとダグのおっさん2人組に見つかってしまったのである。
「おっ?シンノスケのとこの嬢ちゃんじゃねえか!」
ザニー達も食事に来たのか、2人共デラックスサンドとビールを楽しんでいた。
「あの、先日は救援に来てくれてありがとうございました」
ミリーナの亡命の際にケルベロスの危機に駆けつけてくれた礼を述べるセイラ。
「礼を言われる筋合いじゃねえよ。俺達は俺達でガッポリ稼がして貰ったからな」
照れながら話すザニーだが、ふとセイラの前のサンドイッチに目がとまる。
「なんだ嬢ちゃん、それしか食わないのか?シンノスケに給料は貰っているんだろ?・・・そうか、見習いだから給料が安くて好きなものを食えないのか!よし、俺達に任せておけ!」
そういうとセイラが止める間もなく大量のサンドイッチを注文してしまう。
「あ、あのっ・・・これ・・」
「なあに、いいってことよ!俺達の奢りだ」
「ああ、船乗りは体が資本だ。腹一杯食ってくれ」
困惑するセイラを余所に満足げに笑いながら立ち去る2人のおっさん。
食事の量が自分達基準で18歳の女の子の食べられる量などまるで考慮していない。
「こんなに、どうしよう・・」
当然、セイラ1人で食べきれる筈もなく、結局大量のサンドイッチをテイクアウトする羽目になった。
マークスは休暇といってもそもそも休息というもの自体が不要だ。
自分自身のメンテナンスをする位しかやることがない。
結局はケルベロスの修理の立ち会いや、ケルベロスのシステムチェック等をして過ごす。
しかし、そんなマークスにもプライベートでやらなければならない重要なことがある。
誰もいないケルベロスのブリッジの総合オペレーター席でレポートを作成するマークス。
「定期報告完成。送信」
マークスがレポートを送信したのはガーラ恒星州のエミリアだ。
実家に全く寄りつかないシンノスケの近況について、定期的にエミリアに報告しているのである。
「送信を確認。作成したレポートのデータを抹消」
これはシンノスケも知らないエミリアとマークスの間に結ばれた極秘の契約で、情報管理と保秘は完璧だ。
セイラとマークスの休暇の過ごし方も大概だが、シンノスケに至っては更に輪をかけている。
セイラやマークスと共にケルベロスの艦内清掃を済ませたシンノスケはやることも無いので商船組合に情報収集に来ていた。
これでは休暇でなく仕事である。
「あれ?シンノスケさん。船の修理が終わるまで仕事はお休みだった筈ではありませんか?」
組合のロビーをウロついているシンノスケに気付いたリナが声を掛けてきた。
「はい。仕事は休みですので情報収集に来ました」
「それは休みとは言わないのではありませんか?」
「そうですかね?まあ、休みといっても暇を持て余していまして、どうしたものかと・・・」
シンノスケの言葉を聞いたリナは何かが閃いたかのような明るい表情を見せる。
「シンノスケさん。お暇ならアルバイトをしませんか?」