修理するにも先立つものは?
「シンノスケさん、同乗させていただいてありがとうございました。じゃあ、護衛艦の見積もり、よろしくお願いしますね」
シンノスケのドックまで同乗させてもらった礼を述べて組合の事務所に戻っていくリナの後ろ姿を見送るシンノスケとマークス。
セイラはミリーナ達が利用した居室の後片づけだ。
「リナさんは流石ですね」
ポツリと呟くマークス。
「何がだ?」
「いえ、ケルベロスの補償の関係ですが、結局リナさん自身は何も約束していないのに、それでいてマスターの機嫌を損ねないように配慮していました」
「まあ、自由商人の護衛任務の損傷は自分持ちが原則だからな。でないと古くなった船をわざと損傷させて、新しい護衛艦を買って返せ、なんてことになりかねない。だから護衛艦乗りは依頼の内容と自分の能力や船の性能を考慮して仕事を決めるし、仕事中でも使う武装には気を配る。昔から言うだろう?事故と弁当は自分持ち、ってな」
「知りませんよ、そんな格言。しかし、確かに護衛艦は保険にも入れませんからね」
「まあな。それでも今回の仕事は組合からの強制依頼だから多少は補償してくれるかな、って期待してたんだ」
「そこですよ。彼女は一介の組合職員に過ぎませんからね、エンジンを損傷した護衛艦の修理費用なんて彼女の裁量でどうにかなるものではありません。通常であれはマスターからの問いに対しては『私には判断できません』等が一般的な回答ですが、彼女はあえて『ある程度の補償はできる』『上司に掛け合う』と発言しました。組合としても『ある程度の補償』は想定していたのでしょうが、リナさんはマスターの気持ちが組合から離れる、少なくともリナさんとの関係に綻びが出るのを危惧したのでしょう。あのように言っておけば例え補償額が少なくてもマスターは納得するでしょう?」
「確かに。補償に関しては元々あまり期待していなかったからな。・・・しかし、マークス、お前の洞察力は凄いな」
「マスターの性格が分かり易いだけです。私は記憶していますよ。マスターが初めて私に会った時、私が女性型ドールでないことに少なからずがっかりしていましたよね?」
「そっ、そんなことはないぞ!」
「誤魔化しても無駄です。私はこの宇宙においてエミリア様に次いでマスターのことを理解している自負があります。マスターがお望みならばマスター好みの女性型のボディに私のメモリーを換装して女性型ドールとしてお仕えしますか?」
「断じて拒否する。そんなことをしてみろ、お前のことをマークス姐さんって呼ぶからな!」
「・・・止めておきましょう。人間もドールも生まれ持った身体は大切にしなけれはいけませんね」
「そういうことだ」
途中から非常にくだらない会話になった2人はブリッジへと戻っていく。
ケルベロスの修理についての手続きを進めなければならない。
ブリッジに戻ったシンノスケがサイコウジ・インダストリーに連絡を入れると直ぐに担当者が飛んできた。
普段なら営業担当者の他にメカニックが来るだけなのだが、今回はいつもと雰囲気が違う。
研究者のような見慣れない複数の社員が同行しており、シンノスケが提供した戦闘データを確認しながらケルベロスの損傷箇所を詳細に検分している。
「・・・エンジンぶっ壊して、怒られるのかな?」
「さあ、そういうことではないと思いますが・・・」
ドックの隅でマークスと共に作業を見守るシンノスケは一抹の不安を感じていた。
やがて営業担当者が2人に近付いてくる。
「確認させていただきました。これは大変貴重なデータですね」
聞けば、今回のケルベロスの戦闘データと損傷したエンジンは彼等にとって貴重なサンプルだということだ。
「第2エンジンは完全におしゃかですけどね」
「いえ、このエンジンはまたとないサンプルですよ。戦闘時のデータとも照合しましたが、長距離からのビーム砲の攻撃を避けるために船体を横転させるとは、正に実戦での咄嗟な判断ですね」
「躱しきれなくて被弾しましたけどね」
「いえ、このエンジンの損傷からも様々な貴重なデータを得られますよ。船体を横転させたためにエンジンの下部から斜めに貫通していますが、この実戦での損傷のデータは新たなエンジン開発に反映させることが出来ます。爆散していない全損したエンジンなんて、開発担当者が大喜びですよ」
開発担当者だけでない、営業担当者も興奮している。
しかし、シンノスケが直面している問題は切実だ。
「しかし、第3エンジンはともかく、第2エンジンは・・・修理できますか?」
シンノスケの質問に担当者は神妙な表情を見せた。
「修理は可能ですが、あそこまで壊れると新たなエンジンと交換した方が早いですよ」
そう言いながらエンジンを修理した場合と新しいエンジンに交換した場合の費用の見積もりを提示する。
どちらを選んでも費用的には大差ないが、修理に掛かる期間はまるで違う。
エンジン交換ならば、新しいエンジンを取り寄せる期間を含めて2、3週間だが、修理となると数ヶ月を要するらしい。
しかし、一番の問題はその費用が高額であることだ。
どちらを選んでもシンノスケの蓄えではとても払いきれないし、組合からの補償があったとしても。その額によっては借金を抱え込むことになりかねない。
「これは・・・予想していたとはいえキツいな」
途方に暮れるシンノスケだが、担当者はもう一つの案を提案してきた。
「そこで相談なのですが、損傷した第2エンジンを私共で下取りさせていただけませんか?」
「えっ?下取りですか?」
「はい。私共としましてもあの第2エンジンは研究資料として手に入れたいのです」
新たな見積もりを提示されたシンノスケは目を見張った。
新しいエンジンが高額であることに違いはないが、損傷した第2エンジンの下取り額も桁が違う。
航行データの提供代金と合わせるとどうにかなりそうな値段だ。
「マークス、どう思う?」
「どうも何も、他に選択肢はないでしょう」
「そうだよな」
シンノスケはケルベロスのエンジン交換とその他の修理、補給について早急に進めるように担当者に依頼した。
商船組合に確認するまでもない。
直ぐにでも修理に取り掛からなければならないのだ。
そして翌日、シンノスケは見積もりのデータを持って商船組合を訪れ、窓口にいたリナに見積もりを見せた。
「はい、確認しました。少々お待ち下さい。上司に決裁を受けてきます」
そう言い残して事務室へと入ってゆくリナ。
シンノスケは窓口に置き去りである。
リナが戻るまでに要した時間はものの数分。
戻ってきたリナはシンノスケに対しては普段どおりの笑顔を見せた。
「上司の承認と決裁を得ました。今回のシンノスケさんの船の修理費用は全額組合で補償させていただきます」
「えっ?全額補償ですか?」
「はい、いただいた見積もりの費用全額補償です」
呆気に取られるシンノスケを見て更に笑うリナ。
「クスクスッ・・・ごめんなさい、昨日は曖昧な説明しかできませんでしたが、実は『ある程度の補償』って、結構な金額を予定していたんです。ただ、決裁権を持つ予算担当の上司はシンノスケさんのことをよく知りませんでしたので。見積もりを確認するまでは安易な説明はしないように言われていたんですよ」
確かに、結構な金額を予定していたとはいえ、流石に新しい護衛艦まるまる1隻を買って返す程ではなかったのだろうし、シンノスケが何を要求してくるのか分からない以上は安請け合いするわけにもいかなかったのだろう。
しかし、結局はサイコウジ・インダストリーの提案もあってケルベロスの修理費用は予想よりもかなり安かったので、あっさりと全額補償ということになったわけだ。
シンノスケは胸をなで下ろした。
「ああよかった。赤字だけは防げましたよ」
ほっとするシンノスケだが、リナの話は終わらない。
「何を言っているんですか?今説明したのは補償に関してのことだけですよ?もっと大切なことがあるでしょう?」
「えっ?」
「補償じゃなくて報酬ですよ!無理を聞いていただいたんですから、しっかりと受け取ってください!」
そう言ったリナは今回の仕事の報酬を提示してきた。
普段の護衛任務に比べると遥かに割高な金額だ。
結局、今回のシンノスケの仕事は赤字どころか黒字も黒字。
結構な儲けをたたき出したのである。