自由商船組合
シンノスケ達が出発したガーラ恒星州から目的のサリウス恒星州までは1回の空間跳躍と、超高速航行を駆使して1週間程掛かる行程だ。
しかも、その途中には空間跳躍や超高速航行が出来ない航路が多く、行程の多くは通常航行で進む必要がある。
「さて、暫くは通常航行で進む必要があるが、その間に慣熟機動を済ませてしまおう」
如何に高度に自動化され、操艦が容易な新鋭艦だとしても、十分に乗りこなすには慣れが必要だ。
艦の癖や特徴を把握するためには色々と試してみる必要がある。
シンノスケの言葉にマークスは周辺宙域の確認を行う。
「了解しましたシンノスケ様。周辺宙域を航行する船はありません」
マークスの報告を受けてシンノスケはスロットルレバーに手を掛けた。
「周辺の安全を確認。これより慣熟機動に入る。出力80パーセント!」
シンノスケはスロットルレバーを押し込んだ。
艦が一気に加速する。
十分に速度が乗ったところで操縦ハンドル転把し、フットペダルを蹴って高速機動を繰り返す。
大型艦や空母が搭載する戦闘艇には遠く及ばないが、ケルベロスも高機動を売り物にする戦闘艦だ。
シンノスケの操縦に素直に反応してくる。
「よし、戦闘機動に入る」
「了解。火器管制システムのロックを解除。主砲、艦首レーザー砲及び指向性レーザー速射砲を起動します」
ケルベロスの艦首に設置された主砲が起動し、更に艦首左右に収納されていた2門の速射砲が展開する。
あらゆる方向に向けて砲撃が可能な速射砲を展開した姿と、高い機動性に重装備の火砲を持つこの艦が3つの頭を持つ地獄の番犬「ケルベロス」と名付けられた所以だ。
シンノスケはグラス型モニターを眼鏡の上から装着した。
このグラス型モニターはレンズ部分に目標の位置等の情報が映し出される上に装着者の視線を感知して目標を捕捉し、任意の標的をロックすることが可能だ。
「周辺のアステロイド、スペースデブリを仮想目標とする」
シンノスケは機動航行を続けながら周辺の小惑星やスペースデブリをロックオンする。
流石にエネルギーやミサイルがもったいない上、付近を航行する船が無いとはいえ無闇に砲撃するわけにもいかないから目標をロックするだけに留めるが、ケルベロスはシンノスケの期待どおりの能力を見せてくれた。
「・・・よし、慣熟機動終了。思いどおりに動くいい艦だ」
スロットルレバーを引いて速度を落としたシンノスケはグラス型モニターを外す。
このグラスモニターも目が悪くて眼鏡を掛けているシンノスケでも特にストレス無く使える。
「先ほどの機動航行のデータを基幹システムに記憶させました。次からはシンノスケ様の操艦に対するレスポンスが更に向上する筈です」
マークスの報告にシンノスケも頷く。
「まあ、いくら高性能の学習型システムとはいえ、私の操艦以上の動きは出来ないから私の技術も常に向上させなければいけないな。・・・それよりも、マークスに言っておくことがある」
「はい、何でしょう?」
「私・・俺をシンノスケ様と呼ぶのは止めてくれ」
「しかし、私はシンノスケ様の所有物です」
「・・・やっぱり、そう思っていたか」
「どういうことですか?」
1人で納得するシンノスケにマークスは首を傾げる。
「昨日マークスに会った時、俺が差し出した手に対して一瞬躊躇したろ?あの時に違和感を感じていたんだよ」
「気付いておられましたか。ドールに対して握手を求めてくる人は稀なので、0.65秒だけフリーズしました」
昨日会ったばかりのシンノスケとマークスだが、2人の間に大きな認識の相違があったのだ。
シンノスケは肩を竦めた。
「俺はマークスのことを所有物ではなく、苦楽を共にする相棒だと考えている。だからこうして素の口調で話しているんだ。そのためにサリウス恒星州に到着したらお前の人権申請をしてこの艦の乗組員としてこき使うつもりだからな」
「それならばなおのこと敬称は大切なのでは?」
「相棒に『様』なんて呼ばれると俺が落ち着かないから勘弁してくれ」
シンノスケにそこまで言われたらマークスとしても従わざるを得ないので代替案を検索する。
「分かりました。これからは私の所有者ではなく雇用主としてマスターと呼ばせていただきます」
マークスの代替案にシンノスケは渋い顔だ。
「それもしっくりこないな・・・」
しかし、マークスも譲らない。
「いえ、やはりお互いの立場はしっかりと区別しておく必要があります。それに、既に新たな呼称データをメインメモリーに上書きしてしまいました」
マークスの答えにシンノスケは思わず吹き出した。
「マークス、お前中々の頑固者だな」
「はい。ドールとは元々融通が利きませんので、その辺はご容赦ください」
本音なのか冗談なのか分からないマークスの答えにシンノスケは鼻で笑う。
「ふん、まあいいか。さて、取り敢えず俺達の食い扶持位は安定して稼ぐ必要がある。サリウスに到着したら暫くは仕事を選んでいられないぞ」
「分かりました。因みに、私は生体パーツを使用していない完全機械化構造ですから行動エネルギーは10日に1回程度、エネルギーカートリッジを交換するだけでこと足りますし、エネルギーカートリッジは再充填可能です。コスト面では食費のかかるマスターの五分の一程度です」
「そんなことはどうでもいいんだよ。やる気を削ぐようなことを言わないでくれ」
シンノスケはサリウス恒星州に向けて舵を切った。
その後、シンノスケ達は順調に航行し、予定通りサリウス恒星州、州都惑星ペレーネの軌道上にある中央コロニーに到着した。
この中央コロニーにはサリウス恒星州の行政機関や司法機関が置かれ、シンノスケが登録しようとしている商船組合の本部もこの中央コロニーにあり、サリウス恒星州の実質的な中枢だ。
シンノスケはコロニーの港湾局にケルベロスのデータを送信した。
「港湾局管制センター、こちらXD-F00ケルベロス、入港許可を要請します」
シンノスケの入港要請に対して許可は直ぐに下りた。
『こちら管制センター。XD-F00ケルベロス、第25コロニー内検査ドックへの入港を許可します。ドック入港の制限航行速度は20。レーザービーコンを照射しますのでビーコン情報に従って入港してください』
「了解」
『入港後は登録検査を行います。係員の指示に従ってください』
シンノスケは艦の速度を落とすと、指定されたドックに入港した。
ケルベロスを指定された船台に載せてロックすると正面の気密扉が開き、ドック内へと引き込まれた。
入港したドックはかなり大型のもので、ケルベロスの他にも大型船や中型船を含めて6隻程が停泊しており、多くの作業員によって検査や点検が行われている。
シンノスケは艦が係留位置に固定されたのを確認すると艦のシステムを落としてマークスを伴って艦を降りた。
艦の検査のために待機していた係員に艦の基本データ(メーカーの機密事項は伏せられている)を提供し、民間の護衛艦として認められている以上の重武装をしていないか等の検査の立ち合いをする。
民間護衛艦として認められているのは駆逐艦に準ずる武装であり、それ以上の強力な武装は認められていない。
ケルベロスは軽駆逐艦として建造されたが、性能要求を満たしておらず、コルベット扱いなので検査は滞りなくパスしたため、後は自由商船組合に登録すれば直ぐにでも仕事を始められる。
シンノスケとマークスは早速自由商船組合の事務所に向かうことにした。
「取り敢えず今日のところは組合への挨拶と登録手続きだけにしておこう」
「了解しました」
組合の事務所に向かってマークスと共に歩くシンノスケ。
聞けば港湾局管理センターから自由商船組合の事務所までは徒歩で30分程掛かるらしい。
コロニー内の移動手段として便利な軌道交通システムを使えば10分と掛からずに行けるのだが、そこはそれ、これから自分達の活動の拠点となるコロニーの街並みを見物がてらのんびりと歩く。
「このコロニーには宇宙軍第2艦隊の司令部が置かれていますが、マスターはこのコロニーは詳しくはないのですか?」
「第2艦隊が管轄するのはサリウスとイルークの2つの州で、俺は艦隊所属とはいえ辺境パトロール隊所属で主な任地はイルーク恒星州だったからな。このコロニーに来たのは査問を受けた時と、除隊手続きをしに来た時だけだ。どちらもコロニー見物なんてしている暇はなかったよ」
そんなことを話し、港湾局内の売店で買ったドリンクを飲みながら歩く。
コーヒーを飲みたかったが、たまたま目についたこのコロニーの名物といわれるお茶を買ってみたのだが、どうにも味わったことのない果実の風味が強過ぎてシンノスケの口に合わない。
「お口に合いませんか?」
隣を歩く相棒が聞いてくるが、だからといって残りを引き受けてくれる筈もない。
「お茶にしては甘過ぎだな。しかも温い。熱いとか冷たいならばどうにかなるが、これはなんとも・・・」
結局、自由商船組合に到着するまでの間にお茶を処理しきれなかったシンノスケはお茶のボトルを片手に持ったまま組合の窓口を訪れた。
「自由商人として登録したいのですが、手続きはこちらですか?」
とりあえず空いているカウンターの職員に声を掛けてみる。
「はい、新規登録ですか?」
受付カウンターにいた若い女性職員がシンノスケに満面の営業スマイルを見せた。
「本日このコロニーに来ました。自前の船を持っているのでここで商売を始めたいと思っています」
「分かりました。それではこちらの端末に貴方とお持ちの船のデータを送信してください」
そう言うとカウンターの上に受信用の端末を置いた職員はシンノスケの姿をまじまじと見た。
「艦長服を着ているということは護衛艦業務の資格と艦をお持ちですか?」
「はい。コルベット級の艦を持っています。シンノスケ・カシムラです」
尋ねる職員に頷きながらデータを送信するシンノスケ。
端末に受信したデータを確認した職員は改めてシンノスケを見た。
「改めまして、サリウス恒星州自由商船組合のリナ・クエストです」
リナと名乗った職員はシンノスケのデータの詳細を確認する。
「シンノスケ・カシムラさん、元宇宙軍大尉。護衛艦業務C級に交易業務E級と旅客・貨物運送業務E級・・・所有船は、サイコウジ・インダストリー製XD-F00、コルベット、艦名がケルベロス。・・・凄い、民間船の改造でなく生粋の軍用艦じゃないですか。よく手に入りましたね」
驚きの声を上げるリナ。
「ええ、まあ・・・」
「大丈夫です。余計な詮索はしませんから。サイコウジ・インダストリーの艦籍証明もありますしね。それよりも護衛艦業務資格と自前の戦闘艦を持つ方は貴重ですから大歓迎です」
シンノスケを逃すまいという勢いで端末を叩き、登録手続きを進める。
「代表はカシムラさんで・・・そちらのドール、マークスさんは艦のクルーとしての扱いですね?」
「はい、マークスは私の相棒です。乗務員として人権申請も併せてお願いします」
「大丈夫ですよ。マークスさんの性能・・・失礼、能力ならば当組合での乗務員登録だけで人権を取得できます。・・・・・はい、完了しました」
事務処理能力が高い優秀な職員なのだろう、リナは話をしながらシンノスケの自由商人の登録とマークスの人権申請を済ませてしまう。
その後、シンノスケとマークスの組合登録証を作るということなので受付ロビーに置かれたベンチに座って待つことにする。
ロビーには飲料水の販売機が置かれているが、シンノスケは未だに手元のお茶が処理しきれていない。
「そちらは処分して新しいものを購入してはどうですか?」
やや呆れているように聞こえるマークスの言葉にシンノスケは肩を竦める。
「それもそうなんだが・・・たちの悪いことにこのお茶も飲めなくはないんだよな・・・」
そう言いながら口に含むが、やまり馴染まない。
そんな実の無い時間を過ごしていると、リナが駆け寄ってきた。
「お2人の登録証が出来ました」
そう言いながらカードを差し出す。
この組合登録証とシンノスケの資格証があれば仕事を始めることが出来る。
「それから、カシムラさんの船を係留する専用ドックも決まりました。カシムラさんの船は武装した護衛艦なのでコロニー外のドッキングステーションではなく、コロニー内の気密ドックに格納して貰います。使用料が週に50万レトと割高ですが、保安上の規則なのでご理解ください。第11ドックがカシムラさんの専用ドックになりますので、後で船を移動させておいてください」
「分かりました。ありがとうございます」
登録証を受け取って礼を述べるシンノスケにリナは意外そうな表情を浮かべた。
「?・・・何か?」
首を傾げるシンノスケにリナは慌てて笑顔を見せる。
「あっ、すみません。ちょっと意外だなって思ったもので・・・」
「何がですか?」
「あの、護衛艦業務資格を持つ人って、荒っぽいというか、ちょっと恐い人が多いんです。ですのでカシムラさんの見た目からは想像できない優しい口調が意外だなって・・・」
無意識にシンノスケの見た目をディスるリナだが、シンノスケは気付いていない。
「ああ、この口調ですか?これは軍隊に居た時の癖ですね。軍隊は階級社会で上下関係が厳しいですからね。上官や部下に対する口調をいちいち気にしていたら面倒なので、仕事の時はこの口調にしていたのですよ。素の私の口調は適当でいい加減なものですよ」
「そうですか・・・なら、私には是非とも素のカシムラさんでお願いします。その方が私も気が楽ですので」
ズイッと迫るリナにシンノスケは苦笑する。
「それは、まあ、追々ですね」
ともあれシンノスケは晴れて自由商人となった。
全ての手続きを済ませたシンノスケはケルベロスに戻ろうと立ち上がる。
「あっ、その合成フルーツ茶・・・」
シンノスケが持つお茶のボトルに気付いたリナが声を漏らした。
「検査ドックに入港した際にこのコロニーの名物だと教えて貰ったんです。でも、私の口には合いませんでしたね」
ようやく飲み干したボトルをゴミ箱に放り込むシンノスケ。
リナは呆れた表情を浮かべた。
「それ、確かに名物ですが、意味が違いますよ。身体には良いので健康の為に飲む人はいるのですが、その味でしょう?熱いか冷たいならばまだマシなんですが、港湾局ではわざと温い状態のお茶を売店に置いて、新しくこのコロニーに来た人に勧めるんです。港湾局『名物』のイタズラですよ」
コロニーの歓迎にまんまと嵌まったシンノスケは唖然として肩を落とした。
「そんなくだらないことに・・・バカな・・・」
つまらないことで落ち込むシンノスケを頭部のデュアルカメラで見ているマークス。
「マークス、お前笑っただろう?」
「とんでもない。私に感情機能は搭載されていません」
「いや、絶対に笑った。感情機能が無くても本能的に笑った」
「マスター、言っていることが支離滅裂です」
そんな2人のやり取りを見ていたリナは思わず吹き出した。