辺境パトロール隊
アクネリア銀河連邦宇宙軍第2艦隊隷下の辺境パトロール隊員であるクレア・アーネス曹長はすこぶる機嫌が悪かった。
今回の辺境警戒任務も気に入らないが、それよりも彼女の機嫌を悪くしているのは数ヶ月前の第2艦隊司令部と軍警察からの参考人聴取のせいだ。
それが未だに後を引いていたところに今回の気に入らない任務が彼女の不機嫌に拍車を掛けている。
とはいえ、彼女自身が軍規や法に触れるようなことをしたわけではない。
あくまで内部調査に対する協力という位置付けの聴取だったのだが、せっかくの休暇を潰されて第2艦隊司令部に出頭を命じられ、何事かと思えば既に除隊したかつての自分の上官についての調査だった。
(今さら調査して何になるっていうのよ!カシムラ大尉を除隊に追い込んでおいて今さら調査だなんて。聞いたこともない幹部が何人更迭されたところで手遅れだってのよ!)
クレアが聴取を受けたのはかつての上官であるシンノスケ・カシムラ元大尉の件だった。
犯罪船を摘発した後の理不尽な転属から除隊に追い込まれた件だ。
おそらくあの犯罪船が軍の幹部に関与していたのだろう。
犯罪船摘発の後に突然査問に呼ばれたかと思ったら、その直後に無人基地への転属、その後にカシムラ元大尉は軍を除隊してしまったのだ。
クレア曹長はカシムラ元大尉の指揮する艦で3年間に渡り共に軍務に当たっていた。
カシムラ元大尉に対して私的な感情は無かったが、部下に対しても丁寧でありながら全てにおいて毅然とした対応や、高い作戦運用能力を尊敬していたのである。
そんなカシムラ元大尉があの犯罪船摘発の後に転属から除隊に追い込まれ、その代わりのようにパトロール隊員達は次々と昇進した。
クレアは軍曹から曹長になり、シンノスケの副官だったカシム・クレイドル少尉は中尉に昇進してそのまま辺境パトロール隊の別の艦の艦長に抜擢された。
その他の隊員も昇進と転属があり、今でもこの隊に残っているのはクレアやクレイドル中尉の他に数名の下士官のみ。
まるでカシムラ元大尉1人が全てを背負って軍を去ったようなものだ。
しかも、軍務経験5年以上の者が懲戒や不名誉除隊以外での除隊をする際に通例となっている除隊昇進すら適用されなかったらしい。
参考人聴取に呼ばれたクレアはここぞとばかりにカシムラ大尉に対する軍の対応の不満を聴取官にぶちまけたのである。
自分は一介の下士官に過ぎないから何を言っても構わないと半ば自棄になっていたのだが、そんなクレアの感情を聴取官は事細かに記録化していた。
聴取官は詳しくは説明しなかったものの、どうやらカシムラ大尉は軍内部の不正のとばっちりを受けていたようだが、そんなことは今更だし、クレア自身興味は無い。
しかも、あの参考人聴取の後、クレアとクレイドル中尉はカシムラ元大尉を軍に引き戻すよう説得する協力を求められたが、それこそ今更だ。
カシムラ元大尉は軍を除隊した後に自由商人になったと風の噂で聞いている。
軍人としての仕事に誇りを持っていたカシムラ元大尉だ。
一度見切りをつけた軍隊に復帰することはあり得ない、と思う。
意外なことにクレイドル中尉も同じ意見のようで、クレアとクレイドル中尉は軍からの協力要請を明確に拒絶したのである。
自分のことはどうでもいいが、士官であるクレイドル中尉はその立場が危ぶまれるかと思ったが、そんなことはなく、その後は何事も無かったかのように通常任務に当たっていた。
そんな時に艦隊司令部からの極秘任務が下されたのだが、その任務の内容にも腹が立っている。
現在アクネリア銀河連邦政府がリムリア銀河帝国からの要人の亡命受け入れが進行中らしい。
政治的な事情があり軍や沿岸警備隊を投入することが出来ず、自由商人の護衛艦による亡命計画が進んでいるとのことだ。
それらの事情はクレアにも理解出来る。
下手に軍の部隊を動かせば帝国との緊張状態に拍車が掛かるだろう。
そんな事情の中でパトロール隊に下されたのはリムリア銀河帝国方面宙域の警戒任務。
亡命者を乗せた護衛艦を追ってきた艦船がアクネリアの領域に侵入しないように警戒することが任務で、国際宙域や排他的経済宙域での戦闘には関与するなという命令だ。
つまり、自国の自由商人の船が正体不明の艦船に襲われていても、領域外の場合には見殺しにしろということに等しい。
現に広域レーダー警戒で件の護衛艦と思われる船が複数の所属不明艦と戦闘を繰り広げているのをモニターで見ているだけだ。
3隻の護衛艦が救援に向かったようだが、これは本来は軍や沿岸警備隊の役割の筈であり、歯がゆいことこの上ない。
『亡命者云々でなく自国の船が襲われているのだから救援に向かうべきだ』と意見具申しようとも考えたが、規律に厳しく融通の利かない現在の隊長が了承するとはないだろう。
結局は指をくわえて見ていることしか出来ないのだ。
それでも件の護衛艦は救援に向かった護衛艦の援護を受けながら敵の追撃を振り切ってアクネリア銀河連邦の領域にまで到達した。
「対象の護衛艦、本国の領域に入りました。追撃していた所属不明艦も他の護衛艦によって殲滅された模様!」
クレアは状況を報告する。
声が刺々しくなっている自覚はあるが、必要な報告はしているので隠すつもりもない。
「了解した。護衛艦の損傷について確認しろ。航行に支障があるなら亡命者を本艦で保護する。既に本国の領域に入っているなら問題ない」
(何を今更・・・)
隊長の指示に更に苛立つクレアだが、その感情を飲み込んで自分の役割を果たすことにした。
対象の護衛艦の所属等のデータを照合する。
(サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロス。艦長は・・・えっ?カシムラ隊長?)
モニターに表示された護衛艦のデータ。
そこには艦長としてシンノスケ・カシムラの名があった。
思わず端末を操作する手が止まるクレア。
「どうした?早く護衛艦の状態を確認しろ」
艦長に促されて通信回線を接続する。
「・・・こちらアクネリア銀河連邦宇宙軍辺境パトロール隊。接近中の護衛艦ケルベロス、応答せよ」
かつてカシムラ元大尉が率いていたパトロール隊の元の乗艦からの通信だ。
あの護衛艦の艦長が本当にカシムラ元大尉ならクレアの声に気付くかもしれない。
やや緊張しながら返答を待つ。
『・・・あの、こちらサリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロスです』
意外なことに返ってきたのは若い女性の声。
ケルベロスの乗組員だろうか。
「了解、貴艦の損傷状況について報告せよ。航行に支障はあるか?」
『えっと・・・本艦はエンジンに損傷を受けていますが、航行には支障ありません』
慣れていないのか、辿々しい通話だが、必要な報告は受けられた。
「護衛艦ケルベロスに確認。損傷あるが航行に支障なしとのこと」
クレアからの報告を受けて隊長は頷いた。
「分かった。それならば我々の出番は無い。このまま見送ろう」
やがてケルベロスの姿がモニターでも捉えられた。
3基あるエンジンの1基は大破し、もう1基にも損傷が認められ、メインエンジンで航行しているような状態だが、報告にあったとおり通常航行には支障はないようだ。
「あれがカシムラ隊長の船・・・」
クレアは通過して行く護衛艦ケルベロスを見送った。
辺境パトロール隊の横を通過したケルベロスのブリッジではシンノスケが合成フルーツ茶を飲みながらモニターに映るパトロール隊を眺めていた。
「アーネス軍曹か・・・。何だ、機嫌でも悪いのか?」
シンノスケの独り言には誰も気付かなかった。