命あっての大赤字
「間に合えっ!」
シンノスケはケルベロスを横滑りさせる。
「正面、来ますっ!」
巡航艦の砲撃による眩い光がケルベロスの右舷を掠めた。
「・・キャッ!・・・だっ、第3エンジンにダメージ。損傷軽微ですが、推力下がります」
「チッ!第2、第3エンジンは横に張り出しているからな。推力はどの程度下がる?」
「第3エンジン単体で30パーセント減。えっと、総推力だと・・・約40パーセント減です」
このままでは巡航艦からすら逃げられない。
敵の数は6隻。
この状況の中で推力が維持できないのは致命的だ。
しかも、後方からも所属不明船3隻が接近している。
どう見ても絶望的な状況のようだが、まだ諦める程ではない。
圧倒的不利ではあるものの、シンノスケにはまだ切り抜けるための策がある。
「前方の6隻の中に飛び込んで乱戦に持ち込む」
数で劣り、包囲されつつある中で敢えて敵の中に飛び込んで乱戦に持ち込むこの策は、シンノスケが得意とする戦法だ。
シンノスケがケルベロスを吶喊させようとスロットルレバーを押し込もうとした時、マークスがそれを止めた。
「後方の高速船から通信!繋ぎます」
マークスが通信の音声をスピーカーに繋ぐ。
『・・・間に合ったか?応援に来たぜ!』
ザニーの声だ。
「後方から急速接近するのはファルコン級ミサイル艇、サリウス自由商船組合のザニーのパイレーツキラーです。更に後方からはダグのシールド艦。もう1隻は・・・」
『シンノスケ、迎えに来たわよ。後は私達に任せて下がりなさい』
こちらの声の主はアイラで、モニターに映るのはアイラの護衛艦であるA884級フリゲート。
重コルベットのケルベロスよりも大型のフリゲート艦で、6325恒星連合国の宇宙艦隊や沿岸警備隊で運用されていた軍用艦だ。
既に正規戦力からは退役しているが、その武装は強力でビーム砲の数こそケルベロスに及ばないが、ミサイルランチャーの数と威力はケルベロス以上であり、その火力はケルベロスに勝るとも劣らない。
また、機動力ではケルベロスに劣るものの、速度は上回る能力を持っている。
「パイレーツキラーとA884級フリゲートが本艦の前に出ます」
ザニーとアイラの護衛艦がケルベロスの左右両舷を通過して前に飛び出した。
『残りの獲物は俺がいただくぜ!』
『何を言ってるの、私に譲りなさい!この仕事は歩合制なんだから敵を墜とした者勝ちよ』
『歩合制ならば俺達だって譲れねえぞ!せっかくここまで出張ってきたんだからな』
『だったら早い者勝ちよ!』
パイレーツキラーとA884級フリゲートのミサイルランチャーが同時に火を噴いた。
ケルベロス単艦のミサイルランチャーとはわけが違う。
2隻の護衛艦から放たれたミサイルは20発を優に超える。
そのミサイルの雨が6隻の敵艦に降り注いだ。
如何に特務隊とはいえ、追跡していた目標に突如として援軍が現れ、大量のミサイルを撃ち込んできたとなれば、その全てを躱すことは不可能であり、ミサイルを回避しきれなかった2隻が宇宙の塵と化した。
更に、奇襲で浮き足だった敵艦の隙を突き、ザニーとアイラの艦が飛び込んで至近距離からビーム砲や速射砲を浴びせかける。
シンノスケが狙っていたのもこの乱戦だ。
「ザニーさんとアイラさんの護衛艦の攻撃で敵船C、Eが撃沈。その他の敵船もザニーさん達との乱戦に陥って追跡の足が止まりました」
セイラの報告に続いてダグからの通信が入る。
『後は俺達に任せろ』
ダグのシールド艦がケルベロスの盾になりながら長距離砲撃でザニー達の援護を始めた。
「シンノスケさん、チャンスです!今なら離脱できます」
シンノスケは頷くとケルベロスを回頭させる。
「了解。後のことは3人に任せて本艦はこの宙域を離脱する。ケルベロスからザニーさん、ダグさん、アイラさん、本艦はこれより離脱します。救援感謝します」
ケルベロスはアクネリア銀河連邦の領域に向けて速度を上げた。
「戦闘宙域を離脱しました。追ってくる敵船はいません」
セイラの報告を受けたシンノスケはミリーナを見た。
ミリーナは顔を伏せて肩を震わせている。
「危なかったですが、どうにか助かりました。ここまで来れば宇宙軍非公式軍規に関係なくもう安心です。マーセルスさん、居室にいる3人の様子を見てきてください。それぞれの部屋の座席に身体を固定するようにしてもらいましたので今の機動でも大丈夫でしょうが、状況が分からないままでは心配しているでしょう。危機を脱したことを教えてあげてください。後はサリウスに向かうだけです」
「分かりました」
マーセルスがブリッジを出ていってもミリーナは顔を伏せたままだ。
「ミリーナさん、大丈夫ですか?」
シンノスケの問い掛けにミリーナはガバッと顔を上げた。
その顔は明らかに高揚している。
「シビれましたわ!危機に直面しての冷静な判断と行動。そして、圧倒的不利な中での鮮やかな操艦。私、とっても怖かったですけど、それ以上に興奮しましたの。こんなスリリングな体験、初めてですわ!」
自分で言うとおり、興奮しているのか、息継ぎもせずに一気にまくし立てるミリーナ。
震えていたのは緊迫の戦闘を目の当たりにして興奮していたためらしい。
ミリーナは問題なさそうだが、セイラの方はどうだ?
セイラにしても見習いとしてケルベロスに乗り込んでから初めての本格戦闘である。
しかも、途中からは戦闘管制を任されていたのだ。
「セラ、大丈夫か?」
セイラの座るオペレーター席を見てみると、セイラはポカンとした表情でモニターを見ている。
シンノスケの声も耳に入っていないようだ。
「マークス、損害状況を確認してくれ」
呆けているセイラが当てにならなそうなのでマークスに損害を確認する。
「第2エンジンは敵のビームが貫通して大破、機能停止。第3エンジンは中破、出力は低下していますが航行に支障はありません」
シンノスケは頷くと、大きなため息をついた。
「エンジン2基・・・修理代が幾ら掛かるんだ?しかも、ミサイル18発、宇宙魚雷3発・・・。これは大赤字だ・・・」
肩を落とすシンノスケだが、あれだけの戦闘でミリーナを守りきり、人的な損害は出ていない。
正に命あっての大赤字だ。