敵の追撃を迎え撃て
第2エンジンを失ったケルベロスは残り2基のエンジンで逃走を試みる。
「後方の敵船B、C、D、F、Hの駆逐艦5隻が接近。間もなく射程距離に入ります」
やはりこのままでは逃げきれない。
それならば敵が分散している今がチャンスだ。
シンノスケは決断した。
「ミサイルランチャーで後方の敵船5隻を牽制すると同時に宇宙魚雷で攻撃する」
後方から追跡する駆逐艦5隻をロックオンするとミサイルランチャーが回転する。
併せて魚雷発射管のカバーが開いた。
「敵船の射程に入ります!」
「了解。2番ランチャー、1号から6号ミサイル発射。続けて1番から3番魚雷発射」
ケルベロスのミサイルランチャーから6発のミサイルが放たれ、その後を追うように宇宙魚雷3発が発射された。
ケルベロスが装備している宇宙魚雷はミサイル程の速度は無いが、その分機動性が高く、一度躱しても反転して再び追尾してくる厄介な代物だ。
目標に接近するまではパッシブ探知で進むためレーダー等の探知装置では発見し辛く、ある程度まで接近するとアクティブ探知に切り替わり、狙いを定めた目標をどこまでも追尾する宇宙魚雷。
攻撃を避けるにはひたすら躱し続けるか、迎撃するしかなく、直撃を受ければ当たり所によっては戦艦でも撃沈することすらある。
そのような装備のため、民間の護衛艦が装備していることは稀であり、当然ながら非常に高価だ。
「ミサイルを回避するために敵の速度が弱まります。ミサイルは全弾回避されました。宇宙魚雷・・・1番が敵船Hに命中、2番は・・・敵船Fに撃墜されました。続いて3番魚雷、敵船Fに命中。敵船HとFを撃沈しました」
宇宙魚雷程ではないが高価なミサイルを囮として牽制し、タイミングをずらして本命の魚雷で攻撃する。
単純でありながら効果的な戦法だが、意外なことに熟練の兵士の方が引っ掛かり易い。
刻一刻と変化する戦況の中、一瞬の判断が命取りになる状況で、熟練兵はモニターの情報に自分の経験を重ねて判断するため、敵がそんな単純な手を使ってくる筈がないと無意識に判断材料から切り捨ててしまうことがあるのだ。
特に装備が潤沢な軍隊とは違い、自由商人の護衛艦乗りが高価なミサイルを囮に使うような手段は選ばない筈だと判断したのかもしれない。
逆に経験の浅い兵士だとモニターの情報に頼りすぎるあまり、ミサイルや魚雷の識別に時間を費やして回避が間に合わなくなったり、その間に別の攻撃を受けてしまうこともあるのだ。
とにかく、敵の出鼻は挫いたが、残りの敵船は的を絞らせないように散開してケルベロスを包囲しようとしている。
「流石は特務隊だ。立て直しが早いな。旧式艦でミサイルも装備していないから、そのハンデにつけ込んでどうにか凌いできたが、そろそろ限界か。・・・180度回頭、後退で離脱しつつ交戦に備える」
ケルベロスの後部にも後方迎撃用のビーム砲を装備しているが、ビーム砲1門では火力不足だ。
正面火力が充実しているケルベロスで砲撃戦を展開するならば艦を回頭させて敵部隊に正対する必要がある。
シンノスケはケルベロスを回頭させた。
「後退しながらの砲撃戦を開始する。マークスは後方から左右両舷に対する警戒を」
「了解」
「セラはマークスに代わって戦闘管制をしてくれ」
「えっ?あのっ、私が・・・いえ、了解しました」
一瞬だけ躊躇したセイラだが、現状を考えれば迷っていられない。
シンノスケがセイラに任せるというならば、それが最善とまではいかなくともセイラに可能だと判断した筈である。
ならば任せられた任務に全力で当たるだけた。
セイラは管制モニターを切り替えた。
既に互いの艦の主砲の射程内に入っているが、今のところ敵からの攻撃は再開されていない。
「あの、敵船散開しつつ距離を詰めてきます」
国籍表示もないゴースト・ユニットを投入してきたということは最初からケルベロス諸共ミリーナを亡き者にするのが狙いだろうが、今は慎重に包囲を進め、確実に沈めるつもりなのだろう。
シンノスケはそんな敵の思惑に付き合うつもりは無い。
「了解。後退しつつ砲撃を開始する」
未だ必中距離ではないが、相対距離が1番近い敵艦に狙いを定めて主砲を発射する。
「あっ、敵船Bが回避。砲撃外れちゃいました」
「大丈夫、想定の範囲内だ」
シンノスケは敵船Bに対して主砲による砲撃を続けた。
2撃、3撃と砲撃を続ける間に敵船Bが速度を落とし、ビーム砲による反撃を始める。
シンノスケはこの瞬間を狙っていたのだ。
敵の砲撃を躱しながら即座に主砲の照準を切り替え、敵船Cに向けて主砲を発射する。
虚を突かれた敵船Cに主砲が直撃した。
「敵船Cを撃沈・・えっ?」
シンノスケはセイラの報告が終わる前にスロットルレバーを一気に押し込んでケルベロスを前に押し出すと、敵船Bに対して速射砲を撃ち込んだ。
速射砲の3連射。
しかし、敵船Bには命中しない。
「あっ、速射砲、全部躱されました。えっと・・・敵船B後退します」
「了解。こちらも後退する」
シンノスケは再びケルベロスを後退させ始めた。
「敵船Aが敵船Bと・・・Dに合流。更に後方から3隻・・・あっ、番号割り振りしてない・・・。えっと・・・すみません、敵船の呼称を一旦リセットします。敵巡航艦は敵船A、その他の敵船にBからFと呼称します」
「了解。セラが管制し易い方法で構わない。頼むぞ!」
「りょっ、了解しました。あっ、敵船Aから砲撃、来ます!」
セイラの警告と同時にシンノスケはケルベロスをドリフトさせて敵の攻撃を躱す。
巡航艦からの砲撃だ、直撃すればただでは済まない。
そんな中、ミリーナはシンノスケの操艦の一挙手一投足を見逃すまいと3つの目で見つめていた。
(凄いですわ。この大きな船をまるで手足のように操っていますわ)
無意識の内に副操縦士席の操舵ハンドルとスロットルレバーに手を掛けてシンノスケの動きを真似ている。
無論、ミリーナが座る副操縦士席は艦のシステムから遮断されているため、操舵ハンドルを回そうが、スロットルレバーを押し込もうが、ミサイルの発射ボタンを押そうが何の影響もない。
「敵船6隻全てが攻撃を開始しました!」
「了解。反撃よりも回避運動を優先する。セラは敵の各船との相対距離を優先して報告」
「了解しました。現在1番近いのは敵船A。巡航艦の射程内にいます。敵船Aを先頭にその他の敵船が左右両翼に広がって本艦を包囲しようとしています」
「了解。敵船Aの攻撃に留意しつつ後退する。2番ランチャーの残りのミサイル全弾発射!」
2番ミサイルランチャーに残されていたミサイル6発が放たれた。
逃げるための時間を稼ぐ牽制だ。
その時、セイラとマークスが同時に叫ぶ。
「砲撃、来ます!避けてっ!」
「6時の方向に新たな船舶の反応3。1隻は高速船です!」
シンノスケはフットペダルを蹴り込んだ。