敵の包囲を突破せよ2
「後方の駆逐艦5隻が加速、巡航艦が遅れ始めました」
「アクア・アロー級巡航艦は重武装だが足が遅いからな。巡航艦の速度に合わせていたら本艦には追いつけない。妥当な判断だ」
レーダーのモニターを見ればケルベロスの後方に駆逐艦が5隻、少し遅れて巡航艦、そして更に後方に艦種不明艦が3隻。
最後尾の3隻は速度から判断して駆逐艦かフリゲートクラスの艦だろう。
広大な宇宙空間を舞台に壮大な鬼ごっこの様相だ。
「後方の駆逐艦5隻、徐々に離れていきますが、未だ敵艦の射程距離内で攻撃は続いています」
「了解。このまま回避運動をしながら振りほどく。エネルギーシールドを艦尾に集中」
「了解しました」
敵の駆逐艦よりもケルベロスの方が足が速い。
敵から遠ざかれば遠ざかる程攻撃を受けた時のダメージは小さくなる。
既に敵艦からの攻撃はエネルギーシールドのみで受けきれるようになってきており、回避が必要な攻撃は少なくなってきた。
とにかく今は逃げの一手だ。
間もなく国際宙域を抜けてアクネリア銀河連邦の排他的経済宙域に入り、排他的経済宙域を一直線に半日程度進めばアクネリア銀河連邦の領域に入る。
アクネリアの領域に逃げ込めばシンノスケ達の勝ちだ。
「アクネリアの領域まで敵は追ってはこれない。このまま一気に行くぞ」
ケルベロスは国際宙域を抜け、アクネリアの排他的経済宙域に入った。
敵艦も追跡を続けているものの、ケルベロスとの距離は開く一方で、ケルベロスは全ての敵艦の射程からは脱しており、既に攻撃も止んでいる。
ひとまずは十分に距離を稼いだ。
「振り切ったか?」
「あっ・・・」
シンノスケが思わず漏らした言葉にマークスが反応する。
「はっ!・・・またやってしまった!」
「あのっ、今度は何ですか?」
シンノスケ達のやり取りを聞いたセイラが口を挟むが、やや厳しい、というか冷たい口調だ。
「まただ。今度は4号要件の『やったか?』に類似する違反発言だ・・・。畜生っ!どうしても無意識に言ってしまう!」
「無意識に発言してしまう危険な言葉だから禁止されているのです」
マークスに突っ込まれたとおり、シンノスケがまたアクネリア宇宙軍非公式軍規に抵触する発言をしてしまったらしい。
セイラはもう呆れはしない。
こうなったら僅かな異変も見逃すまいとレーダーを凝視する。
一方でミリーナは心の奥底から湧き上がる例えようのない嫌な予感に襲われていた。
予知の能力だ。
「左ですわっ!」
「左舷方向、高エネルギー反応っ!」
ミリーナとセイラが叫ぶと同時にシンノスケも反応した。
ピュイッピュイッ、ピーッ!
ブリッジ内に警報が鳴り響く。
「回避間に合わない!艦を横転させる!」
シンノスケは操舵ハンドルを目一杯切りながらフットペダルを蹴り込んだ。
ケルベロスの船体が沈み込み、右に回転を始める。
「直撃、来ます!衝撃に備えてください!」
マークスの警告と同時だった。
索敵範囲外から撃ち込まれたビーム砲がケルベロスのエンジンに命中した。
激しく揺れるブリッジ。
幾つかのモニターが赤い表示で警告を発している。
「どうにか避けたっ、撃沈は免れたぞっ!損害報告を!」
被弾はしたが、致命的な損害は受けていない筈だ。
「報告します。第2エンジンに直撃。但し、回避運動のおかげで船体への直撃は避けられました。ビーム砲は第2エンジンを斜めに貫通。出力60パーセント、更に低下。第2エンジンを止めないと誘爆の危険性があります」
「了解。第2エンジン停止」
シンノスケは第2エンジン用のスロットルレバーを引いてエンジンを停止させると、第2エンジンへのエネルギー供給を遮断した。
「第2エンジン停止により本艦の推力は30パーセント減。後はメインエンジンと第3エンジンのみで航行することになります」
シンノスケはマークスの報告を受けながら状況を確認する。
「左舷方向のどこから撃ってきた?ケルベロスの索敵範囲外からの砲撃でこの威力だとすると、駆逐艦や巡航艦どころじゃないぞ!少なくとも重巡か戦艦の主砲クラスだ」
レーダーを確認しても砲撃を加えてきた船舶の姿は無いし、第2波の兆候も見られない。
「マークス、前にもこんなこと無かったか?」
「はい。速射砲を破壊された時の攻撃に類似していますが、あの時よりも威力は倍増しています」
「あの海賊船か。あの時は採掘船を狙っていたから出力を絞っていたのかもな・・・。しかし、せっかく追っ手を振り切ったかと思ったが、このままでは追いつかれるのも時間の問題だ。それに備える必要があるぞ」
気を取り直そうとするシンノスケ。
「あの、シンノスケさん。あまり余計な発言はしないでください」
「・・・はい。気をつけます」
セイラに冷たく窘められ、シンノスケは肩を落とした。
しかし、落ち込んでもいられない。
そう遠からず敵艦に追いつかれるのは必至なのだ。
「こうなったら逃げの一手は使えない。逃げるだけ逃げて、いよいよ追い詰められたら反転攻勢しかない」
ケルベロスは残る2つのエンジンを頼りにアクネリア銀河連邦の領域へと急ぐ。
ここから先は残された選択肢の中から最善の選択を繰り返す必要があるだろう。
ケルベロスの左舷方向、レーダー索敵範囲外にその船は潜んでいた。
民間用の高速船を改造し、軍用の高出力ビーム砲を取り付けた海賊船だ。
「あの護衛艦、今の砲撃をよく躱したものだよ。向こうからは私らの姿は捉えられない筈だけどね。リムリアのお姫さんの力か・・・いや、あの護衛艦のキャプテンの実力かしら?フフフッ」
海賊の首領の女はブリッジで煙草を吹かしながら楽しそうに笑う。
「姐さん、私らも行かないんですか?あの護衛艦を仕留めたら私らの手柄ですよ?」
手下の女海賊の言葉に首領は首を振る。
「無理だね。今の砲撃でシステムのいくつかが焼き切れちまった。やっぱり民間の輸送船に偵察艦のレーダーやら戦艦のビーム砲なんか無理付けするもんじゃないね。最大出力で1発撃っただけでこの有り様さ。それに、ここから先は軍人さんの仕事だよ。私らは貰ったギャラの分は働いた。・・・本当はあの護衛艦は私の手で沈めてやりたかったけど、軍人さんの仕事に首を突っ込んでもロクなことはないからね。後のことは任せて私らはさっさと離脱するよ。・・・でも、この状況を切り抜けるような男なら、惚れちまうね・・・」
海賊船は回頭するとその宙域から姿を消した。