追跡の手を掻い潜れ
「空間跳躍終了。付近に船舶の反応なし」
「了解。直ぐにこの宙域を離れる。少しでも時間と距離を稼いでおこう」
空間跳躍を終えたケルベロスは直ちにその宙域を離れる。
空間跳躍ポイントは限られているとはいえ、それぞれのポイントは広大で、ポイントの中のどの座標に跳躍してくるかを絞り込むことは困難だ。
それでも広大な跳躍ポイントに広い哨戒網を敷かれると発見される可能性がある。
それを避けるために一刻も早く空間跳躍ポイントから離脱して宇宙の闇に紛れなければならない。
「アクネリアまでの最短距離を進むといっても、一直線には向かわない。一度後方に下がり、迂回しよう。敵の目とタイミングを外すのが目的だ」
シンノスケが示したのは空間跳躍を離脱した地点から後方に逆戻りして、航行可能宙域のギリギリのラインを進むルートだ。
「あの、このルートだと航行可能宙域を外れてしまっている宙域がありますよ?」
セイラが航路図を確認しながら不安げに話すが、そのとおり、この先の進路には航行可能宙域をギリギリ外れた宙域を進む地点がある。
「航行可能宙域外とはいえ、重力波に押し潰されるような宙域じゃない。アステロイドの密度が濃いとか、電磁波帯で計器が役に立たなくなるとかの宙域だが、どちらの宙域もケルベロスと我々の能力があれば問題なく突破できる」
シンノスケの説明をミリーナは頷きながら聞いているが、口を挟みたくてうずうずしている様子だ。
そんなセイラの心配とミリーナの期待をよそにシンノスケは進路を欺くべくケルベロスを回頭させた。
シンノスケの策が功を奏したのか、進路を偽装してから2日間は追っ手に捕捉されることもなく、順調に航行を続けており、現在は航行可能宙域を外れて小惑星帯の中を進んでいる。
小惑星の密度が濃く、進むだけで高度な操艦技術を要する危険地帯だが、マークスの的確な進路設定とシンノスケの巧みな操艦により小惑星の森の中を縫うように突き進む。
そんな中、セイラの活躍もめざましい。
マークスが無限にあるかの如く広がる小惑星の先の先を読み、複数の高度な計算を同時にしながらシンノスケに進路を示している中、セイラは目を見開いてレーダーのモニターを凝視しており、レーダー索敵範囲のギリギリに一瞬だけ出た僅かな反応も見逃さずにその位置を報告してくる。
その反応が追っ手か否かは問題ではない。
ミリーナを追う追っ手だろうが、関係のない他の船舶だろうが、はたまたスペースデブリであろうが、いち早く発見し、相手に発見される前に離脱することが重要なのだ。
「レーダーに反応。方位9-15。距離260(9時の方向、下方15度。距離260)。・・・反応消失しました」
「了解。進路を右に20度変針。右舷前方にある小惑星の密集ポイントの影に隠れながら進む」
「了解しました。航路修正、データを更新します」
シンノスケとマークスの連携は当然のことだが、この緊張下でセイラが急速に成長し、シンノスケ達の補助を務めている。
当然ながらレーダー反応の正体を突き止める前に離脱しているから、セイラが誤認したレーダー反応もあるだろうが、追っ手の哨戒の目に先んじて危機を脱したこともある筈だ。
そんなセイラの活躍もあり、ケルベロスはいくつかの小惑星帯と電磁波帯を突破して国際宙域の端までたどり着くことが出来た。
「さて、ここまでは順調だったが・・・」
「あっ、マスター・・・」
「あっ・・・しまった」
シンノスケの言葉にマークスが反応、一瞬遅れてシンノスケ自身も反応する。
「あの、どうしたんですか?」
「何かありましたの?」
セイラとミリーナが首を傾げる。
「あ~、たった今私は言ってはならない発言をしてしまった」
「「???」」
シンノスケの言葉にセイラとミリーナは更に首を傾げた。
「たった今私は『ここまでは順調だった』と発言してしまった。これはアクネリア宇宙軍非公式軍規第8号に違反する発言だ」
「「はあ?」」
シンノスケの説明を理解できない2人は互いに顔を見合わせる。
「いったい何を言ってますの?」
「だから『ここまでは順調だった』という発言は即ち『ここからは順調ではない』という意味に直結し、この発言をした者は他の乗組員の私的な懲罰の対象になることすらある」
何のことはない、シンノスケの言葉がジンクスに触れるNGワードだということだ。
「バカバカしいですわ。何の根拠もない迷言ではありませんか」
呆れるミリーナだが、シンノスケは真剣な表情で首を振る。
「これは迷言ではない。我々人類が重力に縛られていた太古の時代から語り継がれてきた言霊ですよ」
ますますおかしなことを言い出すシンノスケ。
ミリーナ同様に呆れしまったセイラがレーダーのモニターに目を落とす。
そして、目を疑った。
「・・・うそっ・・。レーダーに反応3!方位6±0。距離300、急速接近中」
ケルベロスの後方から急速に接近する反応が3つ。
追っ手に捕捉された。
「まだ距離がある、逃げるぞ!」
シンノスケはスロットルレバーを一気に押し込み、ケルベロスを加速させながら操舵ハンドルを右に切って右舷方向に回頭する。
「あのっ、真っすぐ逃げないんですか?」
「まだ距離もあるのに姿を隠さずに後方から追撃してくるということは本艦に追いつくのではなく、追い込もうとしているからだ。この先に網を張っているぞ!交戦の可能性が高まったが、少しでも回避する努力をする。セラはレーダーレンジはそのままでアクティブレーダーに切り替えて前方の警戒に集中してくれ」
「了解しました」
ケルベロスは通常航行での限界まで速度を上げた。
「もうっ!一体何ですの、非公式軍規って。しかも第8号?だったら第1号は何ですの?」
「『俺、帰ったら結婚するんだ』です。因みに第2号は『ここは俺に任せて先に行け』です」
突然の緊急事態にミリーナが思わず声を上げ、シンノスケがケルベロスを操りながら返答する。
「何なんですの、その効果抜群な印象の不吉な言葉は!」
そうこうしている間にレーダーが新たな反応を捉えた。
セイラが叫ぶ。
「レーダーに新たな反応。方位10から12に向けて移動中。上下角±15の範囲に反応が8つ分散し、本艦の進路を塞ごうとしています」
「了解!敵の包囲の突破を試みるが、交戦は不可避と判断。戦闘準備」
ブリッジが一気に緊張に包まれた。




