自由を求めてアクネリア銀河連邦へ
夜が明けた、といっても宇宙空間には夜も朝もない。
ただ、現在時刻でそれを判断するのみだ。
現在時刻6時、ケルベロスのブリッジにはシンノスケ、マークス、セイラの他にミリーナとマーセルスがいる。
艦内では自由にしていいといっても、艦の操縦や制御、航行管制を行うブリッジに全員が集まってははっきりいって邪魔であり、航行に支障も出てしまう。
そもそも、ケルベロスのブリッジにはシンノスケ達が使っている艦長兼操縦士席、総合オペレーター席、通信オペレーター席の他には誰も使っていない副操縦士席と予備オペレーター席しかないのだ。
ケルベロスのブリッジの配置を改めて見てみれば、シンノスケの座る操縦士席はブリッジの中央やや右舷寄りにあり、マークスの座る総合オペレーター席は操縦士席の前方の一段下がった位置に、セイラの通信オペレーター席は操縦士席の右前に位置しており、マークスとセイラの席はシンノスケの操縦士席から常に確認できる位置に設置されている。
そして、操縦士席から見て左舷寄りのやや後方にあるのが副操縦士席、副操縦士席の左前方に予備オペレーター席があるのだが、この2つの席は誰も使っていない。
その副操縦士席にミリーナが、予備オペレーター席にマーセルスが座っているが、これがブリッジの最大定員のため、ライズやアンとメイはそれぞれ居室に控えている。
無論、ミリーナとマーセルスが座る席は艦のシステムから遮断され、操舵ハンドルを動かそうが、端末を操作しようがケルベロスの運行には干渉できないようにしてある。
それでもミリーナは目を輝かせてモニターに映る星々の世界やシンノスケ達の操艦を見つめていた。
「間もなく6325の領域を出る。今まで追っ手の裏をかくために通常航路を外れて、あえてリムリア寄りの宙域を航行してきたが、何時までも誤魔化しきれないだろう。この先の何所かで待ち伏せをされている可能性が高い」
シンノスケは艦の現在位置と今後の予定航路をモニターに表示しながら説明する。
このまま進めば6325連合国の宙域を出た直後、排他的経済宙域に空間跳躍ポイントがあるが、そこまでたどり着くのは問題ないだろう。
問題はその先だ。
アクネリア銀河連邦への最短距離を選ぶなら空間跳躍の離脱ポイントは国際宙域のど真ん中になり、そこからアクネリア銀河連邦を目指すことになるが、広い宇宙とはいえ、航行可能な宙域も限られており、捕捉される可能性が少なからずある。
しかも、国際宙域のど真ん中では救援を呼んだとしても沿岸警備隊や宇宙艦隊が出動しても到着までに時間が掛かりすぎるし、そもそも亡命支援をしているケルベロスのために余計な緊張を招く国際宙域まで出てくることは無いだろう。
それならば迂回する手段もある。
空間跳躍でダムラ星団公国付近まで跳び、そこからアクネリア銀河連邦を目指す。
この航路なら時間は掛かるが排他的経済宙域や国際宙域を進む距離が短く、襲撃のリスクは少ない。
「ダムラ星団公国寄りのルートもリスクが少ないとはいえ、リスクが無いわけではない。どっちを選んでも一長一短だな」
「マスターはどちらのルートにするつもりですか?」
マークスの問いにシンノスケは少し思案する。
「迂回も考えたが・・・最短距離だな。リムリア銀河帝国も追っ手をそこかしこに展開しているだろうが、その数には限りがある筈だ。ミリーナさんは帝国を脱出すると同時に帝位継承権の放棄を宣言し、その上で国際法で認められた亡命の手順を踏んでいる。こうなると帝国にも面子があるから宇宙艦隊までは動員しない筈だ。アクネリアも6325もおおっぴらに動いていないが、2つ銀河国家が関与している事案で帝国だけがたった1人の亡命者のために宇宙艦隊を動かすのは面子が立たないだろう。だから考えられるのは少数の特殊部隊を動かすか、宇宙海賊等のチンピラを利用することだ。だったら我々の位置や航路を特定し辛い国際宙域を突っ切るルートを選ぶ」
「了解しました。最短ルートでの航路を設定します」
「あの、よく分かりませんが、私も周辺宙域の監視等を頑張ります」
マークスとセイラの同意は得られた。
そんな中、ミリーナが声を上げる。
「そのお考えに私も同意しますわ!敢えて困難な道を進みましょう」
ケルベロスの運行をしているのはシンノスケ達で、航路を決めるのもシンノスケ達。
そして、その最終決定はシンノスケが下すことを理解はしていたが、黙っていられなかった。
ストレートな性格の持ち主のミリーナは元々回り道等が好きではないのだ。
シンノスケはミリーナの言葉に苦笑する。
「敢えて困難な道を進むのではなく、困難を回避するための選択ですよ」
「それでもですわ。もし宜しければ私の能力でお手伝いしますわよ!危険回避の一助になりますわ」
思わず副操縦士席で立ち上がり、胸を張るミリーナにシンノスケは首を振った。
「必要ありません。私もミリーナさんの能力を疑っているわけではありませんが、私は自分の判断に不確定な要素を盛り込みたくはないのです」
「そう、ですの・・・」
肩を落とすミリーナだが、ふと見ればマーセルスが窘めるように見ている。
「分かりましたわ。私は大人しくしてシンノスケ様達のお手並みを拝見しますわ。ですから私をアクネリア銀河連邦まで連れて行ってくださいましね」
「了解しました。私も宇宙軍の頃からの艦船運用の経験と実績があります。そこにマークスの情報分析と処理能力を加味して最善と思われる策を選択します。ここは我々にお任せください」
シンノスケの言葉にミリーナは頷く。
真っすぐで強引な一面を持つミリーナだが、弁えるべきを弁える性格の持ち主でもあるのだ。
「私の能力と同じですのね・・・」
そう呟いたミリーナは再び副操縦士席に座る。
その表情はどこか寂しそうであり、嬉しそうでもあるのだが、操縦士席のシンノスケは気付いていない。
いよいよ空間跳躍ポイントに接近した。
ここまでの航行は順調だ。
「空間跳躍ポイントに接近。座標計算完了。跳躍先の座標を固定しました」
「了解。それでは跳躍突入速度まで加速する」
シンノスケはスロットルレバーを押し込む。
艦が一気に加速すると共にミリーナの胸の鼓動も高まる。
「跳躍突入速度に到達。跳躍ポイント接近、カウントダウン開始。5、4、3、2、1・・」
「よしっ!ワー・・」
「行きますわよっ!!」
思わず叫んだミリーナの声と共にケルベロスは空間跳躍を行った。
自由が待つアクネリア銀河連邦はまだ宇宙の彼方だ。