夜想、星々の世界で
「少しだけここにいていいですか?お仕事の邪魔はしませんわ」
そう話すミリーナ。
・・・キシッ・・・
聞き覚えのあるコイルが軋む音。
ブリッジの端にある仮眠用ベッドのコイルの音だ。
ブリッジの仮眠用ベッドはシンノスケの専用装備品であるが、そこにミリーナが腰掛けた!
ミリーナはシンノスケの仕事を邪魔しないと話しているが、それどころではない、これは大惨事だ。
「邪魔ではありませんが、部屋で休んだ方が疲れが取れますよ」
「いえ、ここの方がモニター越しとはいえ宇宙の星々が見えますから・・・。私、星の世界って大好きですのよ。美しく、広大でありながら全てを飲み込む死の世界。お父様のクルーザーで何度も旅をしました。宇宙を旅していると自由を手に入れたような気がしました。でも、あの頃の私は自由ではなかった。限られた世界で自由の真似事をしていただけですの」
「自由なんて言葉に拘っていると、その言葉に縛られて却って窮屈なものですよ」
「それ、誰の言葉です?」
「さあ、誰でしたか・・・。まあ、どこかで聞いたことのある使い古された言葉ですよ」
「フフフッ哲学的ですのね。でも、私は自由を求めますわ。その自由というのが何であるかも分かりませんが、私は自由を求めて国を捨てることを選択した以上、私にはそれを掴み取る責任があります。中途半端な気持ちでは巻き込まれた人々に申し訳が立ちませんもの」
「人生は選択肢の連続です。自分の選択、他人の選択、それらの複雑な絡み合いです。その中で責任を持つのは自分の選択のみ。でないときりがありませんよ」
「その言葉は誰の言葉?」
「さあ、これもありふれた言葉ですが、私の信条でもあります。今回はリングルンドさんの選択、テロリスト・・かな?の選択、その他の人々の選択、そして私の選択が複雑に絡み合った結果、現在に至っているだけです。そして、この先どうなるかはこれからの私達の選択次第です」
「フフッ、面白い人・・・」
ふと、ブリッジ内が静寂に包まれる。
シンノスケとミリーナ、そしてスリープモードに入っている?マークスの3人が口を閉ざす。
自分の艦のブリッジでありながら居心地が悪い。
「・・・・何も聞きませんのね?」
暫しの沈黙の後、口を開いたのはミリーナだった。
「何をですか?」
「多くの人々を巻き込んでまで私が亡命しようとする理由とか・・・ですわ」
「聞きたいとも思いませんし、聞くつもりもありません」
シンノスケの声のトーンが下がったことにミリーナも気付く。
「気に障りました?」
「いえ、そうでもありませんが、私には不要な情報です。私の仕事はリングルンドさん達を・・・」
「ミリーナと呼んでください。リングルンドの名は捨てましたし、ミリーナと呼んでくれた方が落ち着きますわ」
「・・・ミリーナさん達を6325連合国に迎えに行き、アクネリア銀河連邦まで送り届けること。その手段と方法は私が考えます。必要のない情報は時として無用どころか、有害なものとなりえます。私も詮索しませんので、貴女も話さないでください」
「つれないですのね・・・。私は聞いていただく気が満々ですのに」
「やめてください。私は貴女達をアクネリア銀河連邦までお連れする、その責務は果たします。だからそれ以外の余計な荷物を私の肩に乗せないでください」
「あら、私はお荷物ですの?」
「そういう意味ではありません」
「クスッ・・・・結構ですわ。それならば、私を無事にアクネリアまで連れていってください。そこで私は自分の自由を手に入れますの・・・・」
再びブリッジを静寂が包む。
5分、10分と続く静寂にシンノスケの脳裏には嫌な予感しか浮かばない。
静かすぎる。
怖くて振り返ることもできない。
「・・・お休みになられましたよ」
突然スリープモードを解除したマークスが声を掛けてくる。
「マークス、お前1人だけ知らん顔をしやがって!」
「私の頭部ユニットは知らん顔なる形態をすることは出来ません。私はただ、仕事に集中していただけです」
「嘘つけ。スリープモードに入っていただろ?」
「お言葉ですが、私を携帯端末と一緒にしないでください。私にスリープモードなる機能はありません。類似機能として任意に消費エネルギーを抑制する節約モードがありますが」
「同じことだろうよ」
「いえ、似て非なるものです。・・・ところでマスター、ミリーナ様をそのままにしておいて宜しいのですか?」
「宜しいも宜しくないも、どうすることも出来ないだろう」
「マスターがよいのなら私に異存はありませんが・・・」
・・・シュッ・・・
その時、ブリッジの扉が開いた。
シンノスケの心臓が飛び上がる。
「おはようございます。ゆっくり休ませていただ・・・えっ?ミリーナさん?」
休憩を終えたセイラがブリッジに戻ってきたのだ。
ブリッジの空気が凍りつく。
「いや・・これは違うんだ・・・俺・いや私は別に何も・・・」
「シンノスケさん。あの、こういうのはいけないと思います」
「こうも何も・・やましいことは・・・ほら、マークスも一緒だったし・・・なあ?」
「私は節約モードに入っていたので、何のことやら・・・」
救いを求めるシンノスケにマークスのまさかの裏切り。
「マークス、貴様!裏切りやがって!」
「私はマスターの忠実な相棒です。マスターを裏切るなんてとんでもない」
「シンノスケさん。詳しく聞かせてください」
結局、ミリーナに仮眠ベッドを占領され、セイラにお説教をされたシンノスケは満足に仮眠を取ることができなかった。
今のところケルベロスは6325連合国の領域を航行中であり、ミリーナを狙う追っ手も他国の領域内に艦船を送り込むようなことはしないだろう。
テロリストを装ってコロニー内で騒ぎを起こすこととはわけが違うのだ。
しかし、明日中には6325連合国の領域を離れる。
本番はこれからだ。