脱出
ミリーナ達が走る連絡橋の先に突入路が打ち込まれた。
その突入路から飛び出してきたのは重厚な大盾とブラスターライフルで武装した軍用ドールだ。
「ミリーナ・アル・リングルンド様ですね?」
駆け寄ってきてミリーナを守るように大盾を構えたドールはミリーナ達の無事を確認するとミリーナ達を追ってきた武装集団にブラスターライフルを向けた。
「警告する。こちらの方々は我々の保護下に入った。これ以上の交戦は無駄だ。速やかに武器を捨てて後退せよ。さもなくば強制的に排除する」
追ってきた武装集団は6人。
攻撃を止めずに銃撃を続けてきてマークスが盾で受け止める。
『マークス、そんな奴等放っておいて構わない!どんな結果になろうと自己責任だ!お客さんを艦内に案内しろ』
「了解しました」
シンノスケの指示を受けたマークスは武装集団に応戦しつつ、じわじわと後退を始めた。
「壁伝いに進んで通路から艦内にお入りください」
マークスの指示を受けてマーセルスが、ミリーナが、アン、メイ、ライズが突入路に向けて走り出す。
「それから、今お持ちの銃は6325恒星連合国の備品ですのでこの場に投棄していってください」
マーセルス達は持っていたブラスターライフルをその場に投げ捨てて突入路に飛び込んだ。
「マークスの奴、いちいち細かいな・・・。まあ、後で返せって言われても返しに来るのは面倒だからな・・・」
呆れ顔のシンノスケ。
「皆さん艦内に入りました」
セイラの報告を受けてシンノスケは操舵ハンドルを握り直した。
「マークス!離脱するぞ、戻れ!」
シンノスケの命を受けたマークスは突入路の前まで後退した。
「最後の警告です。直ぐにこの連絡橋から脱出しなさい。私が艦に戻ると同時にこの突入路は引き抜かれます。この意味は分かりますね?それとも、宇宙服無しで宇宙遊泳をするのがご趣味ですか?」
マークスの言葉を聞いた襲撃者達の銃撃が止んだ。
「10秒以内に隔壁の連絡扉を通って脱出しなさい」
言い残すとマークスは突入路を通って艦内に戻る。
「10秒か、仕方ない待ってやるか。カウントダウン。10・9・8・・」
シンノスケはわざと突入路の外部スピーカーを通して襲撃者達にカウントダウンを聞かせてやる。
カウントダウンを聞いた襲撃者達は武器を捨て、我先にと隔壁の連絡扉に向けて走り出した。
離脱までにぎりぎり間に合うかどうかだ。
「・2・1・・間に合わないか?おまけだ、3・2・1・・・・0。離脱!」
逃げ出した襲撃者が連絡扉を抜けたのを確認したシンノスケはサイドスラスターを吹かしてケルベロスを連絡橋から離脱させた。
突入路が引き抜かれたことにより穿たれた外壁の穴から連絡橋の中のあらゆる物が宇宙空間に吸い出された。
マーセルス達が投棄したブラスターライフルも吸い出される。
「・・・せっかく置いてきたのに、結局宇宙に吸い出されたな。まあ、いいか」
少なくとも襲撃者6人は無事に脱出できた。
脱出した先には治安部隊が集結しているが、それもこれも彼等の行いの結果だ。
シンノスケは突入路を収納するとケルベロスを回頭させる。
「ケルベロスから港湾管理センター。連絡橋に大穴を開けてしまって申し訳ないが、こちらの用件は完了した。本艦はこのままアクネリア銀河連邦へと帰還する。代わりにテロリストを残しておいたから修理代やらは奴等から回収されたし」
『港湾管理センター了解。コロニー内のテロもほぼ鎮圧されました。後はこちらで処理します。連絡橋の修理費で不足分が出た場合にはサリウス州自由商船組合に請求させていただきます。・・・帰りの道中、くれぐれもお気をつけて』
「ケルベロス了解。協力に感謝します」
シンノスケはスロットルレバーを押し出すとアクネリア銀河連邦に向けてケルベロスを加速させた。
ケルベロスを発進させると直ぐにマークスがブリッジに戻ってくる。
「マスター、ミリーナ・アル・リングルンド様達をご案内しました」
マークスがミリーナ達を連れてきたのでシンノスケもオートパイロットに切り替えて操縦席から立ち上がり、ミリーナ達の前に立つ。
シンノスケの前に歩み出たミリーナがカーテシーでお辞儀をしたのでシンノスケも敬礼で応える。
「アクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロスの艦長、シンノスケ・カシムラです。危ないところでしたが皆さんが無事でよかった。改めて、ケルベロスにようこそ」
「ミリーナ・アル・リングルンドです。危ないところを助けていただいて心から感謝します。到着予定は明日と聞いていましたので、もうダメかと思っていましたわ」
ミリーナの言葉にシンノスケも頷く。
「こうなることを予測していたわけではありませんが、あらゆる事態を想定して行程を短縮してきました」
「それで私達は助かったのですから、これはもう運命ですわ」
ミリーナの言葉にシンノスケは肩を竦めた。
シンノスケの前に立つミリーナ・アル・リングルンドは薄い水色の上品なドレスを着ており、その腰にはサーベルを差している。
それは貴族の装飾品のようにも見えるが、その実はそんな優美なものではない。
柄に仕込まれたトリガーのようなスイッチを見れば、そのサーベルが刀身を超高速で振動させてあらゆる物を切り裂くという凶悪な代物であることが分かる。
「艦内における保安上の理由でこのサーベルを持ち歩くのに不都合があるのならば、アクネリア銀河連邦に到着するまでの間、シンノスケ様にお預けしますよ?」
女性の腰をジロジロ見ることは失礼に値することを弁えているシンノスケだったが、ミリーナはそんなシンノスケの心をお見通しのように笑った。
「いえ、そのままお持ちいただいて結構です」
シンノスケはミリーナの申し出を謝絶する。
そんなサーベルよりもシンノスケの気を引いたのはミリーナの額の目だ。
ミリーナの額に縦に開かれた第3の目がシンノスケを見据えている。
不思議なことにミリーナの左右の瞳は鮮やかなエメラルドグリーンだが、額の第3の目は左右両眼と違い、その瞳は赤色だ。
「やっぱり気になります?ご存じのことと思いますが、これがリムリアの民の第3の目ですわ」
一歩踏み出し、その第3の目を含めた3つの目でシンノスケを見上げるミリーナ。
ミリーナの美しい容姿に額の赤い目が加わり、その妖艶な美しさの破壊力は抜群だ。
朴念仁のシンノスケですらたじろいでしまう。
「いえ、失礼しました」
慌てて一歩退いてしまうシンノスケにミリーナが妖しく笑いかける。
「こんなものが開いてしまったために帝国貴族の気楽な放蕩娘だった私の人生が一変してしまいましたの。まったく、厄介なものですわ」
笑いながら話すミリーナを見ながらシンノスケの脳裏に1つの疑問が浮かぶ。
(視力が悪くなったらどうするんだ?帝国にはそれ用の眼鏡やサングラスがあるのか?)
それは極めてどうでもいい、くだらない疑問だった。