ミリーナ・アル・リングルンド
ミリーナ・アル・リングルンドはリムリア銀河帝国のリングルンド侯爵家の長女として生まれた。
リムリア皇室の直系ではなく、分家の端に名を連ねる程度のリングルンド侯爵家だが、皇室とは適度な距離を保ちつつ、帝国の文官として重要な役割を果たしている。
ミリーナには2人の兄がおり、リングルンド侯爵家はどちらかの兄が家督を継ぐことは必然で、ミリーナ自身は将来的には他家に嫁ぐか、職を得て侯爵家を離れ、自由に生きるという選択肢があった。
そんな恵まれた環境にいたミリーナの人生に転機が訪れたのはミリーナが17歳の時、血の覚醒により覚醒者となった時だ。
ミリーナの運命が変わったあの日、ミリーナの額に覚醒者の証である第3の目が開かれたのである。
元来リムリアの民はその額に第3の目を持ち、特殊な能力を有していたが、長い歴史の中でリムリアの能力を持つ血は薄れ、能力も失われていき、それに伴って第3の目を持つ者も減少していった。
今では帝国皇帝の直系血族にしかその能力と第3の目を有する者はいなくなってしまっているのだ。
ただ、ごく稀に皇帝直系でない者の中に第3の目を開く覚醒者が現れる。
それらの覚醒者は身分の如何を問わずに皇位継承権が与えられ、平民であれば爵位を与えられて宮廷内での職も得られるが、帝位継承権を与えられたとはいえ、彼等が皇帝の座に就くことはほぼあり得ない。
覚醒したミリーナも侯爵家の娘でありながら帝位継承権を与えられたが、やはりミリーナ自身が皇帝になることはない筈であった。
皇帝直系以外の覚醒者への待遇は裏を返せばリムリアの正当なる血を、覚醒者の血を外に流さないための牢獄なのである。
ミリーナが17歳で覚醒者となった時に第3の目と共に得た能力は『予知』と『読心』。
どちらも弱く限定的な能力だ。
覚醒者となってから7年間、侯爵家の娘であったため、宮廷に迎え入れられることは無かったが、宮廷から派遣された役人の監視下におかれ、見えない鎖で繋がれた牢獄生活を強いられてきたミリーナ。
そんな生活を送ってきた中で、帝国宮廷内に燻る不穏な空気の流れを察知したミリーナは自ら鎖を断ち切る決意をし、協力者の助力を得てリムリア銀河帝国を脱したのである。
帝位継承権の放棄を宣言すると同時に帝国を脱したミリーナは自分に付き従ってくれる4人と共に6325恒星連合国に逃れ、アクネリア銀河連邦への亡命の手筈を整えることができた。
諸々の政治的事情により仲介をしてくれた6325恒星連合国からの船舶提供の協力までは得られず、アクネリア銀河連邦の民間武装船が迎えにくることになり、船が到着するまでの間、首都コロニー内のセキュリティーの高いホテルに極秘に滞在していたのたが、到着予定の前日、首都コロニーのそこかしこで爆煙があがったのである。
ミリーナの身柄か、命を狙ってのことであることは明らかで、ミリーナ達は即座に自分達の身を守るための行動を開始した。
「あと1日だというのにっ!無辜の人々を巻き込んで騒ぎを起こすなんて、これが帝国のやり方ですの?」
先々で襲撃を受け、追い立てられるように逃げ回るミリーナ達。
護衛についていた治安部隊5名は何度目かの襲撃で全滅してしまった。
倒れた隊員の銃を回収して安全な場所を求めて走るが、民間人を巻き込まないように人気の無い場所へと逃げ込み、次第に退路を断たれてしまう。
「ミリーナ様、こうなったら宇宙港に向かいましょう。明日の護衛艦の到着まで隠れられる場所があるかもしれませんし、場合によっては船を奪ってでも・・・」
「いけませんわ!これ以上関係のないこの国の人々を巻き込むわけにはいきませんの!」
先導するのはミリーナが最大の信頼を置く付き人のマーセルス。
7年間に渡りミリーナの教育係、付き人、護衛を務めてきたマーセルスだが、その責務を随行するためには手段を選ばないことが多々ある。
「しかし、ミリーナ様を万が一にも奴等の手に渡すわけにはいきません」
「そんなことは分かっていますわ!でも、これ以上関係のない人々の被害が広がるならば・・・その時は私の命くらい奴等にくれてやりますわ!」
「ことはミリーナ様1人のお命だけでは済みません。アクネリア銀河連邦に亡命する前にミリーナ様の身に万が一のことがあれば、最悪の場合全面戦争を巻き起こす可能性すらあります。ここまで来た以上はミリーナ様は無事に亡命を果たす責任があります」
マーセルスはミリーナの手を引いて宇宙港に向けて走り出す。
宇宙港に逃げ込んだからといってもアクネリア銀河連邦の護衛艦が来るのは明日の予定であり、それまで無事でいられる保証はない。
マーセルスに手を引かれて宇宙港に向かうミリーナだが、実はミリーナ自身、心の奥底では宇宙港に向かいたいと望んでいた。
それは覚醒者であるミリーナの能力の1つ『予知』の能力によるものだ。
予知の能力は未来を予知する能力であるが、ミリーナの能力は弱く限定的で、直近の未来を抽象的に感じることしかできない。
それでも今日の朝、ホテルに隠れていたミリーナは猛烈に『ここに居たくない』という気持ちに襲われてホテルを出たところでテロ事件が始まったのである。
襲撃を受けながらも『こっちには行きたくない』『ここに留まっていたくない』という直感に従って行動して何度も難を逃れてきた。
そのミリーナが『宇宙港に行きたい』と望んでいるならば宇宙港に向かうのが最善だ。
しかし、ミリーナの能力はミリーナの未来についての限定的なものであり、ミリーナにとっては最善でも他者にとってはそうでないこともある。
それでも宇宙港に行くしかないのだ。
マーセルスの提案と、ミリーナの予知に従って宇宙港に来たミリーナ達。
アクネリアからの船が到着する予定のドッキングステーションであるA区画に向かおうとしたのだが、ここでも『その方向には行きたくない』と感じたミリーナは逆方向に走り出した。
向かう先での待ち伏せを躱したミリーナ達は港湾管理センターからの誘導で予定外のC区画に逃げ込んだが、そこで遂に追いつかれてしまう。
「ミリーナ様。先に行ってください!」
背後を守るのはミリーナのもう1人の付き人のライズと専属メイドであるアンとメイ。
マーセルスと共に国を捨ててミリーナについてきてくれた3人だ。
ライズ達は倒れた治安部隊から回収したブラスターライフルで追ってきた襲撃者と交戦している。
「ライズ、アン、メイ!無理をしてはダメですのよっ!」
マーセルスと共にドッキングステーションの連絡橋に逃げ込んだミリーナだが、このドッキングステーションに船は停泊していない。
長い直線の連絡橋があるだけで船が停泊していないこの先は行き止まりである。
万事休す、最早逃れる術はない状況だ。
しかし、ミリーナの本能が『ここだ』と訴えている。
「でも、こんなところで・・・えっ?」
連絡橋を走るミリーナの視界に飛び込んできたのは、超強化ガラスの先の宇宙空間を接近してくる1隻の宇宙船。
「まさかっ!到着は明日の予定ですのよ」
自らの目を疑うミリーナだが、その船は明らかにミリーナ達がいるドッキングステーションに向かってくる。
しかも、横滑りしながら接近してくるその船は明らかに軍用艦か、それに準ずる武装船。
間違いない、アクネリア銀河連邦からミリーナ達を迎えに来た護衛艦だ。
「これは・・運命ですわ・・・」
ミリーナは思わず呟いた。
シンノスケはケルベロスをドリフトさせながら連絡橋に接近する。
『突入準備完了しました』
突入路で待機するマークスから報告が入った。
「了解。テロリストに対する攻撃の判断はマークスに任せる。殲滅でも構わないが、可能ならば6325の治安部隊の連中に残しておいてやってくれ。この騒動の責任と連絡橋の賠償を背負う奴が必要だろうからな。商船組合が拒否したら、下手をすれば俺達に請求書が届きかねないぞ」
「了解。可能な限りでやってみます」
「気をつけろよ」
その間にもセイラの距離の読み上げが続く。
「ポイントまで40・35・28・25・・」
シンノスケはサイドスラスターを噴射してケルベロスを急減速させる。
「10・8・6・4・・」
「接舷!」
突入路が連絡橋に接触する直前、連絡橋の先端に仕込まれていた複数の楔が外壁に向けて撃ち込まれ、その楔が穿った穴をこじ開けるように突入路が打ち込まれた。
「行けっ!マークス!」
『了解、突入します』
お気付きの方もいるかと思いますが、本作の中で私の他の作品の登場人物と同じ名前の登場人物が複数います。
これは私が登場人物の名前を考えるのが苦手で、今までの作品で名前の在庫が切れたために名前を使い回ししているだけで、他の作品の登場人物との関連はありません。
もう一度言いますが。同じ名前でも使い回しなだけです!
次元を飛び越えて飛び込んでくるような登場人物はいません・・・きっと・・・いや、多分・・・。