6325恒星連合国に急行せよ
リムリア銀河帝国はアクネリア銀河連邦と緊張関係にある専制国家だ。
アクネリア銀河連邦と緊張関係にあるといっても戦争状態にあるわけではなく、国境周辺宙域での多少の小競り合いはあるものの一定の均衡を保ってきた。
「帝国の貴族が亡命って・・私が心配することではありませんが、その1人の亡命が下手をすれば帝国と戦争になりかねませんよ」
シンノスケの言葉に組合長が頷く。
『我々も政府の思惑は分からないが、その危険性を承知の上でアクネリア銀河連邦政府は亡命の受け入れを決めた。そこで商船組合から護衛艦を出すように要請があったのだ』
「しかし…何故6325恒星連合から船を出さないんですか?こちらから向かうより余程早い」
『それは政治的な理由だ。6325恒星連合はアクネリアとリムリアの2国間の対立に対して中立の立場を示している。リムリアから逃れてきた・・・といっても、まあ6325としてはリムリアから6325を経由してアクネリアに向かう旅行者の仲介はするものの、亡命支援はしないという立場だ。当然ながら6325の商船組合も護衛艦を出すことは拒否している』
シンノスケは察した。
6325恒星連合国は黙認するし、アクネリア銀河連邦も亡命を受け入れるが、積極的に加担はしないということだが、それも仕方ない。
それこそ、アクネリア銀河連邦の宇宙軍の艦艇を動かしてはリムリア銀河帝国を刺激するので、それは避けたいということだろう。
そしてそのお鉢が商船組合に回ってきたというわけらしい。
『因みに、今回に限り、君が拒否することは認めない。但し、その分報酬ははずませてもらう』
『シンノスケさん。危険な仕事になるかもしれませんが、お願いします』
シンノスケに拒否権はない。
シンノスケとてかつては軍人だったのだからその事情は理解できる。
これほどのことを知ってしまっては簡単に拒否出来る筈がない。
「分かりました。直ちに6325恒星連合国首都コロニーに向かいます」
『よろしくお願いします。くれぐれも気をつけて』
シンノスケは直ちに出航準備に取りかかった。
交戦は避けたいところだが、相手方にも都合があるのだから、望まずとも交戦になる可能性もあるだろう。
幸いにして、ダムラ星団公国への往路では交戦の機会が無かったため、ミサイルを含めた武装はフル装備の状態だ。
シンノスケはセイラを見た。
「セラ、今回は命懸けのかなり危険な任務だ。見習いのセラは無理についてくる必要はない。定期旅客船で先に帰っているという方法も・・・」
「一緒に行きます。連れて行ってください!」
シンノスケの言葉を遮ってセイラは声を上げた。
普段の大人しいセイラでは想像も出来ない力強い声だ。
「本気で行くのか?」
「覚悟は出来ているつもりです。置いていかないでください」
議論している暇はない。
ここから先はシンノスケもマークスもセイラも、自由商人らしく自己責任だ。
「よし、ケルベロス出航する。全速力で6325恒星連合に向かうぞ!」
ダムラ星団公国の軌道ステーションコロニーを出航したケルベロスは6325恒星連合国に向かった。
6325恒星連合国首都コロニーまでは空間跳躍ポイントが1箇所しかないものの、その殆どの航路で超高速航行が可能であり、急げば5日間で到着できる行程だ。
しかし、シンノスケ達はそれを更に1日短縮して4日間での到着を目指す。
「空間跳躍を除き、超高速航行と通常航行ではそれぞれ5から15パーセント増しの速度で航行します。通常航行はともかく、超高速航行でのオーバードライブはエンジンに負担が掛かりますが、ケルベロスのエンジンならば余裕を持って耐えられます」
今回は特殊な任務のため、マークスが航行管制を引き受ける。
セイラは通信とレーダー監視を担当するが、それですらマークスの補助としてだ。
「事前情報によれば、亡命希望者は1名。リムリア銀河帝国のリングルンド侯爵家の娘のミリーナ・アル・リングルンド、24歳。皇帝の直系ではなく分家の娘だが、帝位継承権を有していたらしい。まあ、あの国の帝位継承は色々とややこしいからな」
「血の覚醒でしたか?」
「そうだ。血の覚醒を得たとはいえ分家だからな、継承順位は第9位。継承順位は低いが、それを放棄しての亡命らしい。そして同行者が4人だ」
シンノスケとマークスの会話を聞いていたセイラだが、一部分からないが単語がある。
シンノスケは軍隊上がりだし、マークスは情報処理能力が高いドールだからリムリア銀河帝国の内情もある程度は知っているが、民間人、それも先日まで学生の立場だったセイラにはリムリア銀河帝国の政治体制のことなどさっぱりだ。
「あの、リムリア銀河帝国の貴族のお姫様が亡命してくるのは分かったんですが、血の覚醒?って、何ですか?」
セイラの疑問にシンノスケが答える。
「ああ、リムリア銀河帝国では普通の人類とは違う特殊な能力を持つ者でなければ帝位に就くことができないんだ。元々はリムリアの民の皆が持っていた能力らしいが、歴史と共に徐々に失われ、今では皇帝一族の一部の者にしか発現しない能力だ。ただ、ごく稀に分家筋の中や一般国民の中にもリムリアの血が覚醒する者が現れる。それらを覚醒者と呼んでいるが、覚醒者はその出自に限らず帝位継承権を与えられる。尤も、基本的には皇帝直系の強い血が受け継がれた覚醒者がいるから、他の覚醒者が皇帝の座に就くことは殆ど無いけどな」
今回亡命を求めている侯爵家の娘も覚醒者なのだろうが、分家筋の娘で、帝位継承順位第9位では皇帝の座に就くことはまずあり得ない。
それでも亡命を希望しているということは帝国内で宮廷闘争の類が発生している可能性がある。
「とにかく、俺達は余計な詮索をせずに引き受けた仕事をするだけだ」
ケルベロスはマークスの計画どおり、到着予定時間を1日短縮して6325恒星連合の首都コロニー付近にまで到達した。
首都コロニーに接近して、管制宙域に進入する。
「6325恒星連合首都コロニー港湾管理センター。こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロス。商船組合からの特命任務のため貴コロニーに接近中。入港を要請する」
『・・・・・』
シンノスケが発した通信に対する返答がない。
「ん?通信、届いているよな?」
「通信障害の兆候はありません」
「分かった。港湾管理センター。こちら護衛艦ケルベロス。応答願う」
暫しの沈黙の後、返信が入った。
『・・・こちら港湾管理センター。接近中の護衛艦ケルベロスに緊急連絡・・・・。ドッキングステーションA区画第32・・・えっ、違う?どこだって?えっ?C区画?・・・ケルベロスちょっと待て!』
港湾管理センターのオペレーターが混乱している。
ただ事ではない事態が進行しているのは明らかだ。
「ケルベロスから港湾管理センター。何が起きている?」
『・・・こちら港湾管理センター。現在コロニー各所において同時多発テロが進行中。貴船が迎えに来たVIPを狙っての陽動作戦であることは明白です。現在VIPはコロニー内港湾地区を移動中ですが、武装集団に追い立てられて予定していたドッキングステーションに向かえません。VIPをC区画第25ドッキングステーションに誘導しますので、ケルベロスもそちらに回ってください。なお、VIPのエスコートに就いていた治安部隊は既に殲滅されています。他の部隊が向かっていますが、途中で足止めを食っていて間に合いません。申し訳ありませんが急いでください』
港湾管理センターの指示を聞いたマークスが指定されたドッキングステーションをモニター上にマークする。
「了解、確認した。25分以内にドッキングする」
『了解。諸般の事情によりレーザービーコンを照射できません。周囲に他の船は航行していないので、こちらの指示を待たずにドッキングしてください』
「ケルベロス了解。・・・マークス、状況は切迫している。場合によっては白兵戦になるかもしれない。俺は操縦席を離れられないからお客さんのエスコートは任せるぞ」
「了解しました」
シンノスケはグラスモニターを装着すると指定されたドッキングステーションに向けて操舵ハンドルを切った。
数分後、いよいよ指定されたドッキングステーションは目の前だ。
ブリッジのモニターでも超強化ガラス張りの連絡橋の様子が確認できる。
「くそっ!最悪だ!」
モニターに映し出されたのは連絡橋を走る5人の人の姿。
先頭は銃を構えた男性に守られるように走るドレス姿の女性。
その2人の後方に男性1人、女中服姿の女性2人が続くが、3人とも後方に向かって銃を撃ちながら走っている。
追われて交戦中であることは明らかだ。
このままでは間に合わない。
ドッキングステーションに接舷するにはどうしても後10分程度は掛かる。
「こうなったら仕方ない!」
シンノスケはドッキングステーションの超強化ガラスの繋ぎ目の外壁をロックした。
「管理センター!通常接舷では間に合わない。連絡橋の外壁に突入路を叩き込んで強行接舷する!外壁の修理代は暴れてるテロリストか、アクネリア銀河連邦サリウス恒星州の自由商船組合に請求してくれ!」
『港湾管理センター了解!遠慮せずにやってください。連絡橋の隔壁を閉じますが、既に武装集団も連絡橋に入っています。・・・ご武運を!』
「ケルベロス了解!マークス、聞いてのとおりだ。連絡橋に強行接舷するから、マークスは追っ手を食い止めて彼女達を艦内に誘導してくれ」
「了解」
「チッ!到着予定を短縮したまでは良かったが、タイミングは最悪だな!」
「マスターの悪運のおかげでは?」
「喧しい!ドールが運だの何だの非科学的なことを言うな!そんなことを言っている暇があったらさっさと白兵戦の準備をしろ!」
「了解しました」
シンノスケはケルベロスの向きを変え、右舷に装備された強行接舷用の突入路を伸ばし、マークスも突入に備えてブリッジから駆けだしていった。
当然ながらブリッジに残るのはシンノスケとセイラだけだ。
「ドリフトしながら強行接舷する。セラ、連絡橋との距離を読み上げてくれ」
「りょっ、了解しました。ポイントまで150・130・110・・95・・80・・」
ケルベロスは横滑りをしながら連絡橋に接近していった。