緊急極秘依頼
「そうですね。他で交渉してもあまり値段は変わらないでしょうね」
余裕の表情のレイヤードだが、シンノスケの判断を誤らせる意図だとしても稚拙過ぎる。
「つまり、その手間を掛けるだけ無駄だと?」
「そこまでは申しませんが、私共との取引がカシムラ様にとって最善であると思いますよ」
レイヤードはどうあってもシンノスケを余所との取引をさせないつもりらしい。
そこでシンノスケに1つの疑問が湧いてきた。
「レイヤード商会は何故そこまで私との取引に拘るのですか?」
運送や貿易に関してのシンノスケの事業規模など中小企業どころか零細企業だ。
レイヤード商会がシンノスケに固執する理由が分からない。
「別にカシムラ様にのみ拘っているわけではありません。当商会は大切なビジネスパートナーの皆様全てを大切に思っているだけで、カシムラ様に限らず他のお客様にも同様の対応をさせていただいています」
「しかし、それでも、レイヤード商会の規模を考えると私との取引など微々たるものでしょう?」
「そこはそれ、小さな利益でも積み重ねれば大きなものになります。それに、カシムラ様との取引で私が重要視しているのは取引量ではなく、その信頼性です」
「信頼性?」
「はい、今はまだカシムラ様の思い立ちでレアメタル貿易に挑戦しているようですが、これが軌道に乗れば私共にとっては大きなチャンスです。カシムラ様と取引をしていれば、場合によっては私共の要望の品を運んできてもらえるかもしれない。そうなると、私共はとてもありがたいのです。なんといってもカシムラ様の船は優秀な護衛艦ですからね」
「なるほど、単艦で航行する護衛艦にちょっかいを出す海賊はそうはいないということですか」
ようやくレイヤード商会の狙いが見えてきた。
シンノスケのケルベロスは30トンのペイロードしかないので運送業務には適さないが、レアメタルの直接取引ならば話は別だ。
しかも、それを運んでくるのが重装備の護衛艦ならば、宇宙海賊に襲われてレアメタルを奪われる危険性は極めて低い。
つまりレイヤード商会はシンノスケとの定期的な直接取引を希望しているということだ。
「わが商会はカシムラ様との長いお付き合いを望んでおります。しかし、そうしますと毎回取引価格に色を付けるわけにはいきません。カシムラ様の不利益にならないように配慮するにしても、相場と大きく乖離するような提案はできません。その辺りをご理解いただけると幸いです。・・・但し」
「但し?」
ここでレイヤードは切り札を切ってきた。
「レアメタル№1247に関しまして、私共が取引をしているエネルギー産業企業と共同でちょっとした研究を進めているんですよ。未だ目処は立っていませんが、私共との取引という協力をしていただけるならば、カシムラ様にも少しは還元できると思います。ちょっとした先行投資とでもお考えくだされれば幸いです」
そういうとレイヤードはテーブルの上に5種類の小さな宝石を並べた。
赤色、オレンジ色、薄いピンク色、青色、緑色の5色の宝石はそれぞれ指輪やネックレス、イヤリングに加工されている。
「これは、宝石ですよね?」
「はい。№1247からエネルギーの存在する物質を取り出した後に残る廃材から作り出しました。ダイヤモンドの一種です」
「これを廃材から作り出したというのですか?」
手に取って見ると、それぞれ鮮やかな色でありながら透明度が極めて高い。
宝飾品に疎いシンノスケでも分かる程の品質だ。
「はい。№1247の廃材には炭素繊維が含まれていて、工業用ダイヤモンドに加工されたりしていますが、これを宝飾用ダイヤモンドとして変質させる研究を行っております。まあ、ちょっとした遊び心から始めてみた研究なのですが、なかなか面白いものが出来ました。加工や着色に新たな工夫が施されており、これらのダイヤモンドは暗闇に置いたり、水に浸けることによって発光します。これがなかなか綺麗なものでして、商品化を目指して研究を進めています」
試しにグラスの水に浸けてみると、レイヤードの言ったとおりそれぞれの色に発光してグラスを彩っていてとても美しい。
「なるほど。面白いものですね」
「はい。まだ加工のコストが高過ぎて商品化には程遠いですが、そう遠からず商品化してみせます」
レイヤードが切った切り札はジョーカー並に強力な札だ。
まだ秘密であろう情報をシンノスケに開示してシンノスケが断りづらい状況を作り上げてきた。
これでは商談の名を借りた脅迫だ。
今回の商談もレイヤードの手のひらで転がされたようだが、シンノスケにとっても魅力的な取引だ。
レイヤードの望むレアメタルを仕入れてくればリスクの低い安定した取引が出来る。
これから事業を広げるにしても、1つ位は安定したルートを持っておきたいところだ。
宝石の商品化が実現するかどうかは分からないが、それを抜きにしても悪い話ではない。
「分かりました。お望みのようにしましょう。但し、私の主な仕事は護衛艦業務です。そう頻繁には取引に来られませんよ」
「それで結構です。事前に連絡をいただければ私共が欲する商品をお伝えします」
商談成立。
結局今回もレイヤードに軍配は上がったが、シンノスケにとってもいい条件だ。
大甘に判断すれば、今回は限りなく敗北に近い引き分けと見てもいいだろう。
そして、それに加えてサンプルとして5種類の宝石を譲り受けた。
「カシムラ様の想う方にプレゼントして、その反応をリサーチしてみてください」
市場調査のようなことを頼まれたが、そもそもシンノスケには宝石を贈るような相手はいないのだ。
それこそ、不器用なシンノスケが5人もの女性に高価な宝石なんかプレゼントしたら、トラブルが起きることしか思い浮かばない。
「こんなもの貰ってもどうしようもないな」
ケルベロスに戻ったシンノスケは呟いた。
因みに、セイラに1つ譲ろうとしたのだが
「指輪は端末操作の妨げになりますし、イヤリングはヘッドセットの邪魔です。ネックレスは、要りません」
と断られてしまったのである。
とりあえず今回の貿易も概ね成功し、レアメタルの納品もすませ、一定の利益をあげたので、サリウス恒星州に帰る支度をしていたところ、シンノスケの端末にダムラ星団公国商船組合から緊急連絡が入った。
直ちに商船組合まで来て欲しいとのことだ。
「サリウス恒星州商船組合から緊急依頼があるらしい。直ぐに行ってみよう」
シンノスケ達は商船組合へと向かうことにする。
ダムラ星団公国の商船組合に到着したシンノスケ達は待ち受けていた職員に別室に案内された。
案内されたのは各商船組合に設置されている超高速通信室。
提携している各国の商船組合とダイレクトに通信が可能な施設で、主に非常時等に使用される特別な通信施設だ。
シンノスケ達が通信室に入ると、モニターの先で待っていたのはリナと、サリウス恒星州商船組合の組合長の2人。
『シンノスケさん、お仕事中申し訳ありません。緊急にお願いしたいことがありまして・・・』
「大丈夫です。こちらの仕事は終わりました。で、何事ですか?」
仕事でダムラ星団公国まで来ているシンノスケに超高速通信を使ってまでの依頼だ。
これはただ事ではない、
『実は、緊急に6325恒星連合国に護衛艦を送る必要があるのですが、サリウスからだと時間が掛かりすぎるんです。でも、シンノスケさん達がいる場所からなら最短で5日間で6325恒星連合国首都コロニーまで行くことができます。急なお願いで申し訳ありませんが、シンノスケさん達には直ちに6325恒星連合国の首都コロニーに向かっていただきたいんです』
「6325恒星連合へ?私達に何をしろと?」
シンノスケの問いにリナは横にいる組合長を見た。
無言で頷く組合長。
リナは一呼吸すると意を決したように口を開いた。
『亡命支援です。リムリア銀河帝国から6325恒星連合国に脱出してきたリングルンド侯爵家のご息女をケルベロスで迎えに行き、アクネリア銀河連邦・・このサリウス恒星州までの亡命支援をお願いします。これは商船組合からの緊急極秘依頼で、最優先事項です』
貿易が上手くいったと思ったらとんでもない厄介な仕事が飛び込んできた。