責任重大・航行管制士セイラ
出航の日、セイラはまだ夜中のうちに目を覚ました。
前日にシンノスケに休息を命じられてゆっくり休んだおかげかもしれないが、どちらかというと興奮して寝ていられないという方が正解だろう。
出航準備の時間を考えてもまだ2時間は眠れるが、とても寝ていられない。
早々にベッドから抜け出して身支度を整えることにした。
部屋を出てシャワー室に向かい、熱いシャワーを浴びて体中の細胞を活性化させ、全身スッキリしたところに制服を着込む。
そして、肌身離さず着けているネックレスを首から提げた。
細いチェーンに吊された小さな袋の中には大切なお守りが入っている。
海賊に襲われてシンノスケ達に救われたあの日、ギャラクシー・キャメルのブリッジで拾ったものだ。
シンノスケが撃った拳銃から排出された指の先程の大きさの真鍮製の部品。
それはシンノスケが持つラグザVX67自動拳銃の弾丸の薬莢なのであるが、セイラにはその正体がなんであるかは分からない。
ただ、黄金色に輝くその筒状の部品からはあの日、ブリッジ内に響き渡った轟音の後に漂ってきた焦げ臭いような不思議な香りがする。
火薬の臭いが残る空薬莢に過ぎないのだが、このお守りを持っていれば『自分は大丈夫』と信じることが出来るのだ。
そんなネックレスを制服の内側に仕舞い込むと、最後にベレー帽を被る。
準備万端整ったセイラはブリッジへ向かう。
シンノスケはまだ休んでいるだろうが、マークスはブリッジに居る筈なので、マークスにアドバイスを貰いながら出航までの時間を利用して航行計画の最終確認だ。
いよいよ出航の時間。
今回のダムラ星団公国への航行はセイラの航行計画と航行管制に従って行われる。
言わばセイラは航行管制士として、航行の責任者であり、その責任重大だ。
艦長席のシンノスケがケルベロスを始動するのに合わせて出航前のチェックを済ませる。
「ケルベロス、出航します。よろしくお願いします」
「了解!」
セイラの出航宣言に従ってシンノスケはケルベロスを出航させた。
サリウスを出航して7日、航行は極めて順調だ。
「間もなく航路標識ステーションを通過します。通過予定時刻+2。許容範囲内です」
「了解」
「ステーションを通過したら進路を左舷方向15度に変針。5、4、3、2、1、マーク!」
「了解。左舷15度回頭」
「この先の航路は付近の小惑星帯の小惑星が流れ込んでいることがあります。それほど高い警戒を要しませんが、念のため巡航速度を70から55に落としてください」
「了解。速度55」
慎重なセイラの性格のおかげか、セイラの航行管制は極めて緻密で正確だ。
おかげでオートパイロットを使用出来ず、マニュアルで航行する宙域ではセイラの細かい指示に従って操艦する必要があり、なかなか骨が折れる。
そんな操縦士に厳しい?航行計画ではあるが、4時間から5時間の間オートパイロットで航行出来るポイントが各所に設定されており、シンノスケやセイラが安定して休息出来るように計算されていた。
まだ資格を持たない見習いのセイラだが、自家用クルーザーや定期運行の貨物船ならば航行管制士として即戦力のレベルだ。
但し、急な航路変更等が日常茶飯事の自由商人の船や護衛艦の乗組員としてはまだまだ及第点には及ばない。
シンノスケにしても、セイラの経験のために積極的に航行管制を任せるつもりだが、それはシンノスケやマークスの指導の下で行うというだけだ。
セイラが一人前の船乗りとして認められるのはまだまだ先になるだろう。
8日目も順調な航行を続けているケルベロス。
「空間跳躍ポイントに接近しました。座標計算完了です。跳躍先の座標を固定しました」
「了解。それでは跳躍突入速度まで加速する」
シンノスケはスロットルレバーを押し込んだ。
「跳躍突入速度に到達しました。跳躍ポイント接近、カウントダウン開始。5、4、3、2、1・・」
「よしっ!ワー・・」
「マーク!!」
セイラの合図の声と共にケルベロスは空間跳躍を行った。
その後も順調に航行を続け、2回目の空間跳躍も無事に完了し、ケルベロスはセイラの立てた航行計画のとおり、ダムラ星団公国首都星にある軌道ステーションコロニーの管制宙域にまで到達した。
「ダムラ星団公国軌道ステーションコロニー港湾局管制センター。こちらアクネリア銀河連邦サリウス恒星州自由商船組合所属の護衛艦ケルベロスです。ステーションコロニーへの入港許可を要請します」
航行管制だけでなく通信も任されているセイラが港湾局管制センターに入港申請を行う。
『管制センターから護衛艦ケルベロスへ。ダムラ星団公国へようこそ。第32区画第9ドックへの入港を許可します。制限速度は15。レーザービーコンの情報に従って入港してください』
ケルベロスは誘導に従ってドックに入港した。
後は艦を船台に固定すれば全行程16日間の航行が全て終了だ。
無事に仕事を終えた疲労のせいか、自分のオペレーター席でポカンとしているセイラ。
「セラ、お疲れさん。なかなかの航行管制士ぶりだったぞ」
「そうですね。この調子なら私の負担軽減も期待できます。セラさん、お疲れ様でした」
シンノスケとマークスの労いの言葉を聞いて急に自分の役割をやり遂げた実感が押し寄せてくる。
席から立ち上がり、シンノスケとマークスを見たセイラだが、突如としてこみ上げてくる感情を抑えることが出来ず、その瞳から涙が溢れた。
「あっ、あの・・・あり・ありがとうございます」
それだけ言うのが精一杯で、セイラはブリッジを飛び出していった。
そんなセイラを頷きながら見送るシンノスケ。
「マスターもお疲れ様でした」
「ああ、本当に疲れたよ。セラは優秀な航行管制士ではあるが、操艦のオーダーは細かくて厳しいな。セラには一刻も早く効率というものを学んでもらう必要がありそうだ・・・」
「マスター、出航前と言っていることに矛盾が生じていませんか?」
「状況や人の考えというものは刻一刻と変化するものだよ、マークス」
「そんな大層なものではなく、単にマスターの願望ですよね?」
「まあ、そういう見方もあるな」
こうして見習い航行管制士としてのセイラのデビュー戦は何の問題もなく、無事に完了した。
航行管制士としてのセイラの仕事は完了したが、シンノスケ達がダムラ星団公国まで来た目的は別にある。
サリウス恒星州からはるばると運んできたレアメタル20トンを売り捌かなければならない。
自由商人であるシンノスケの貿易の仕事はこれからが本番だ。