大宇宙でも職業選択の自由
リムリア銀河帝国とダムラ星団公国、そして神聖リムリア帝国、アクネリア銀河連邦による戦争は遂に終結した。
ダムラ星団公国の領域全域に及んだ戦火は公国に多大なる犠牲を撒き散らし、経済的にも大打撃を受けたが、軟禁されていた公王が救出されて再び王位に就き、アクネリア銀河連邦をはじめとした各国の支援により着実に復興の道を歩んでいる。
一方のリムリア銀河帝国といえば、皇帝ウィリアムは自らが言っていたとおり、戦争の責任を取り、国民の信を問うために異例ともいえる国民投票を実施した。
その結果、多くの国民の支持を受け、リムリア銀河帝国は存続しすることとなり、ウィリアム皇帝の下で国の立て直しをすることになったのだが、当然ながら帝国としての戦争責任は消えることはない。
ダムラ星団公国への侵攻と、その後の内戦により軍事力がズタズタになり、ダムラ星団公国への賠償により経済面も大打撃を受けた。
いまやリムリア銀河帝国は元からの領域を維持しつつも、軍事、経済面での弱体化が著しく、小国並みの国力しか有しないまでになっており、ウィリアムは国を守るために周辺国との関係改善に奔走している。
こうして、いくつもの銀河国家を巻き込み、多大なる犠牲を払った戦争ではあったが、無数の銀河国家が存在する広大な大宇宙の中では些細な地域紛争程度の出来事にすぎなかった。
その戦争が終結して3ヶ月。
サリウス恒星州、自由商船組合に1件の照会が送られてきた。
送り元はソル民主共和国の商船組合。
宇宙の遥か彼方、アクネリア銀河連邦とは国交もなく、超高速通信網も繋がっていないソル民主共和国からの照会は、いくつもの銀河国家の通信設備を経由し、1ヶ月もの期間を掛けてサリウス恒星州自由商船組合へと届けられたのである。
それだけの手間と期間を掛けて行われた照会は、とある自由商人に関する身分照会。
照会の回答がソル民主共和国に届くのも1ヶ月後だが、それを待たずに行動を開始する者達がいた。
「シンノスケ様とマークスが行方不明になって3ヶ月。何の手掛かりもありませんでしたが、遂にシンノスケ様達の所在が判明しました!シンノスケ様達は跳びも跳ばされて遥か彼方のソル民主共和国に居ます。ここからソル民主共和国まではおよそ8ヶ月を有する程の遠方であり、その途中には暗黒大運河と呼ばれる広大な航行不能宙域があります。それでも私はシンノスケ様達を迎えに行かなければなりません!」
息巻くミリーナの背後ではカシムラ商会の新たな護衛艦が出港準備を整えている。
宇宙軍の最新鋭駆逐艦ムラサメ型の8番艦。
建造されたばかりで、艦名すらもつけられていなかったこの船は宇宙軍第2艦隊に配備される予定だったのを、ミリーナ達が行使できるあらゆる力を駆使してカシムラ商会が宇宙軍から横取りしたものだ。
ミリーナにより『カグヤ』と命名されたこの高性能護衛艦ならば空間跳躍の性能の低い船では跳び越えられない暗黒大運河を問題なく跳び越えることができる。
「ミリーナさん、シンノスケさんをよろしくお願いします!」
「商会のことは任せておいて。シンノスケが帰るまでしっかりと稼いでおくわよ」
ミリーナがシンノスケを迎えに行く一方で、アンディとアッシュ達のチームはサリウス恒星州に残り、通常業務を継続することになっている。
「私だって、シンノスケさんを諦めませんよ!」
ミリーナに同行するのはセイラとマデリアだ。
ミリーナに対抗意識を持つセイラは当然のことだが、今回は長距離の航行となるのでマデリアもカグヤに搭乗して『ご主人様』を迎えに行く。
「私だって黙っていませんよ!こうなったら2人に遠慮なんかするもんですか!」
そして、もう1人。
組合職員のリナも先方の商船組合との連絡調整のためにカグヤに同乗する。
これはリナが組合長とミリーナ達に無理矢理ねじ込んだ結果だ。
「私もシンノスケ様を逃がしはしませんのよ!宇宙の果てまでだって追いかけて行きますわ!」
かくして、シンノスケ(とついでにマークス)を迎えに行くためにミリーナ達女性4人組が大宇宙へと旅立ったのである。
その頃、そんなことになっているとはつゆ知らず、シンノスケとマークスは貨物船護衛任務を終えてソル民主共和国首都コロニーに向けて航行していた。
2人が乗るのは中古の旧式コルベットだ。
ナイトメアの大暴走によりソル民主共和国にまで跳ばされたシンノスケ達だが、ナイトメアが轟沈する直前にシャトルで脱出することに成功し、救難信号を受信したソル民主共和国の沿岸警備隊に救助されて九死に一生を得た。
大怪我を負っていたシンノスケだったが、奇跡的に右目の失明や四肢の欠損を免れており1ヶ月の入院の後に無事に回復し、パーソナルデータに残されていた個人資産を元手に自由商人として復帰することができたのである。
一方、メインメモリーだけになっていたマークスも新たなボディを手に入れてメモリーを移植することに成功し、シンノスケの相棒として復帰することができた。
ナイトメアを失ったシンノスケとマークスは生きるために、アクネリア銀河連邦に帰るために仕事をして資金を稼ぐ必要がある。
しかし、シンノスケの治療費やマークスのボディ購入に伴い、懐が涼しくなってしまったシンノスケは仕事に必要な新しい船を手に入れるには資金が足りず、残された財産を頭金として沿岸警備隊払い下げの中古の旧式コルベットをローンで買う羽目になってしまった。
「旧式だけど、この船も悪くないな」
ソル民主共和国では合成フルーツ茶が売っていないため、仕方なくコーヒーを片手に操舵ハンドルを握るシンノスケ。
今までに乗り継いできた護衛艦に比べると数段どころではないほどに見劣りする船だが、シンノスケとしては満足している。
要は足りない性能はシンノスケとマークスの腕で補えばいいのだ。
「この船の評価については同意しますが、1つだけ不満があります」
珍しく不平を言うマークス。
オペレーター席のマークスを見れば、そこにいるのはシンノスケの腰上程の背丈しかない小型のドール、チビマークス。
生体外装を施されていないためメカメカしいボディは変わらずだが、その実は子供の教育支援用の友達型ドールだ。
サイズが小さ過ぎてオペレーター席に座ると操作パネルに手が届かないため、椅子に座ることができず、パネルの前に立って各種操作を行っている。
「仕方ないだろう、お前の膨大なメモリーを移植可能で予算内のボディの選択肢が少なかったんだから」
「でしたら候補に挙がっていたもう1体のボディの方がよかったのではありませんか?あちらは身長175センチメートルですので艦船の運用支援に支障はありませんでしたよ」
抗議するチビマークスにシンノスケは肩を竦めて笑う。
「嫌だよ、生体外装付きの女性型なんて。ナイスバディの女性型のマークスなんて勘弁してくれ。それこそマークス姐さんって呼ぶ羽目になるが、そんなのは御免だし、俺のセオリーにも反する」
「相変わらず何を言っているのか意味不明です」
「それにな、女性型のマークス姐さんなんか連れて帰ってみろ。あの3人にバラバラに解体されるぞ」
「・・・それは勘弁願いたいです」
くだらない会話を延々と続けるシンノスケとマークス。
それでいながら2人のコンビネーションは健在だ。
「さて、どんどん仕事をしてローンを返済して、さっさとアクネリアに帰るぞ」
「了解です、マスター」
「それじゃあ、急いで組合に帰って次の仕事だ!空間跳躍用意。行くぞ、ワー・・・」
「マスター、空間跳躍用のエネルギー充填がまだです」
「えっ?」
果てなく続く大宇宙。
自由商人シンノスケ・カシムラの苦難は続く。
2年と5ヶ月に渡って続けてきた本作もこれにて落着となります。
本作は私の作品の中でも最長となり、ありがたいことにコミカライズまでしていただけた作品となりましたが、これもひとえに読んでくれ、応援してくれた皆様のおかげです。
因みに、今後については連載中の「職業選択の自由〜運び屋の冒険者〜」の連載に加え、新作の執筆を開始する予定です。
新作の構想もできていますので、近日中には連載を開始する予定ですので、気が向きましたら覗いてみていただけると嬉しく思います。
最後に本作を読んでくださった皆様に心からの感謝を申し上げます。
ありがとうございました。