戦後の知らせ
ダムラ星団公国に対するリムリア銀河帝国の侵攻と、それに続く神聖リムリア帝国とリムリア銀河帝国の戦い。
その戦争はアクネリア銀河連邦による軍事介入によるダムラ星団公国領の奪還と、神聖リムリア帝国の滅亡により終結した。
ダムラ星団公国もリムリア銀河帝国も戦後復興や戦後処理についてはまだまだこれからだが、一先ずの安定を取り戻したのである。
そんな中、アクネリア銀河連邦サリウス恒星州惑星ペレーネ軌道上の中央コロニー内のカシムラ商会のドックに招かれざる人物が来訪していた。
「・・・そうしますと、シンノスケ様とマークスは行方不明、軍としては戦死扱いということですの?」
シンノスケとマークス以外の商会の全員が集まる中、鋭い表情のミリーナが目の前に立つ情報部のセリカ・クルーズ中佐に問いかける。
「はい。カシムラ大佐とマークス少尉の・・・」
「2人をでたらめな階級でなんか呼ばないでくださいまし!気分が悪いですわ」
ミリーナの言葉にセイラをはじめとするメンバーも頷く。
「・・・分かりました。カシムラさんとマークスさんのナイトメアは最後に課せられた作戦を全うした後に敵高速戦艦と交戦。これを撃沈するも、ナイトメア自体も致命的な損傷を受けて暴走。おそらく、空間跳躍の制御システムに異常が発生したものと認められますが、最大出力の不規則空間跳躍により消失しました。ナイトメアを極秘に追跡していた強行偵察艦からの報告です」
「極秘に追跡だなんて、体のいい監視目的だったのでしょう?」
ミリーナの問いにクルーズ中佐は頷く。
なにも中佐個人が悪いわけではなく、本来ミリーナ達の非難の目を向けられるのはシンノスケ達を体よく利用した宇宙軍本部でなければならない。
しかしながら中佐は敢えてシンノスケ達に関する報告を引き受けてミリーナ達の非難の目を一身に受けている。
軍本部相手ではミリーナ達は直接非難の声を上げるわけにいかず、仮に声を上げたとしてもまとも取り合われることはなく、軍内部でシンノスケ達についてのその後の処理が事務的に片付けられてしまうおそれがあるからだ。
そこで、ある程度の責任ある立場の中佐が損な役回りを買って出たというわけである。
「あの・・・でも、不規則跳躍を行ったということは、無事である可能性もあるんですよね?軍隊は捜索もしてくれないんですか?」
おずおずと、それでいて中佐をしっかりと見据えたセイラが口を開くが、中佐は首を振る。
「無論、軍にはその責任がありますし、追跡していた強行偵察艦も座標追跡を試みました。しかし、通常では行われない筈の最大出力で跳躍加速もないまま跳躍が実行されてしまい、座標計算もできませんでした。当然ながら跳躍離脱が予想されるあらゆる宙域を確認しましたが、跳躍離脱を観測できませんでした。跳躍前のナイトメアの損傷を鑑みるに跳躍離脱できずに超空間の中で崩壊したか、観測不能な場所にまで跳ばされたかの何れかであり、軍としてはご報告の結論に達しました」
「そんな・・・」
残酷な事実を淡々と話す中佐。
さすがのセイラも中佐を憤りの目で睨むが、中佐は表情を変えない。
「分かりましたわ。軍の判断と私達の考えの相違は一致することはありませんわね。でしたら、現実的で建設的なお話し合いとしましょう。当初の契約に従って、当商会に所属する護衛艦ヤタガラスを損失したことに対する補償はしてもらえるのですね?」
商会の代表代行であり、法務担当でもあるミリーナの言葉に中佐は頷く。
「無論です。ナイトメ・・・ヤタガラスに匹敵、又は上回る性能を有する船の手配、又はそれに値する金銭での補償を行わせていただきます。それに、カシムラさん達の・・・」
「そちらは結構ですわ!それこそがお互いの考えの相違。シンノスケ様達に対する補償まで受け取ってしまうと、後で返還するのが面倒ですからね。せいぜい2人の負傷に関する補償の準備でもしておいてくださいまし」
ミリーナの判断に商会メンバー全員が頷いた。
報告を済ませ、ミリーナ達の要望を聞き取った中佐がドックを後にした後、ミリーナは静かに、それでいて凛とした声を上げる。
「さあ、忙しくなりますわよ!早速サイコウジ・インダストリーに連絡を取ります。最高性能の船を手に入れる必要がありますわよっ!」
ミリーナ達がクルーズ中佐からシンノスケとマークスについての報告受けたのと時を同じくして、サリウス恒星州自由商船組合にも宇宙軍司令部からの報告が届いていた。
「宇宙軍所属の特務艦ナイトメアが行方不明。乗組員であるシンノスケ・カシムラ大佐?とマークス少尉?は戦死扱いとなった?」
その報告を読んだリナは極めて冷静だった。
「バカバカしい。私が担当者としてどれだけあの2人を見てきたと思ってるんですか。シンノスケさんとマークスさんがそんなに簡単に死ぬわけないじゃないですか。変な悪運を引き寄せて、それでいながら無事に帰ってくる。そんなことはシンノスケさんの1番の理解者である私は知っているんです」
そう言いながらリナは一時抹消していたシンノスケとマークスの自由商人の登録を復活させた。
無論、組合長の決裁を受けた上でシンノスケの各種業務資格の昇級させることも忘れない。
時はほんの少しだけ戻る。
シンノスケは警報が鳴り響くナイトメアのブリッジで目を覚ました。
「クッ!何も見えない。右目も潰してしまったか・・・」
何も見えない暗闇の中、シンノスケは懐から予備の義眼を取り出し、スイッチを入れて左目の壊れた義眼と交換する。
視界を取り戻して状況を確認するのが先決だ。
ブリッジ内の警報は異常跳躍の警報から通常の警報に戻っている。
どうやら暴走による異常跳躍が行われたが、通常空間には戻れたようだ。
しかし、現在地が分からない。
激しく損傷したブリッジ内で無事なモニターや計器が殆ど無く、それどころか船自体がいつ爆発してもおかしくない状況だ。
「仕方ない、船を諦めるしかない。マークス、おい、大丈夫か?」
「・・・」
マークスの総合オペレーター席を見れば、座席が大きく抉られ、座っていたマークスの右半身の殆どが無くなっている。
「おい、マークス!」
シンノスケ自身も重傷だが、その痛みすら顧みずマークスに歩み寄るシンノスケ。
「・・・・」
「マークス、目を覚ませ!脱出するぞ!」
シンノスケがマークスの身体に手を掛けると頭部のデュアルカメラが弱々しく点灯した。
「・・・再起動・・・身体各部に深刻な損傷。自己診断・・・行動不能、全損状態と判断」
普段とは違い、無機質で機械的な音声のマークス。
「寝ぼけてるんじゃない。脱出だ!ほら、つかまれ!」
マークスを抱え上げようとするシンノスケだが、全く動かない。
「否定、拒否。損傷により脚部可動不能。支援型ドールS-21型の本体重量は282キログラム。破損脱落に伴う現在の重量186キログラム。マスターの力での移動は不可能です。私の廃棄を提案」
「S-21型か、久しぶりに聞いたな。だが、そんなことは知ったことか!廃棄だと?相棒のお前を見捨てて逃げられるか。それこそ拒否だ!」
マークスの残された左腕がシンノスケの肩に置かれる。
「マイマスター。逃げてください。私はもう駄目です。マスターを道連れにはできません!お願いです、マスターだけで脱出してください」
急に口調が戻るマークス。
「ごちゃごちゃ喧しい!少しは黙れ」
「理不尽です、マスター」
「道連れ上等だよ。言っただろう、もしもの時はお前のメモリーを引きずってでも冥府の底まで付き合ってもらうと!」
「私は冥府の底とやらには・・」
シンノスケはマークスの首の後ろのパネルを開けるとマークスのメインスイッチを切った。
「うるさい!黙って付き合え!」
沈黙したマークスを余所にその背部からメインメモリーを取り出したシンノスケはそれを抱えてブリッジから出ていった。
2年前の2023年5月から連載を続けてきた本作も次回をもって終結となります。
ここまで読んでくださった皆様、是非最後の結末まで見届けてください。