マークスの迷い
「本艦左前方から高速戦艦接近。進路を塞いでいます。回避行動を」
マークスの報告を聞いてもシンノスケは舵を切らない。
「どくのは向こうだ!どかないなら押し通る!」
そう言いながらシンノスケは主砲の狙いを定める。
「敵艦、本艦の進路に割り込みます」
「了解!敵の鼻っ面を叩く!」
シンノスケはナイトメアの進路に割り込んだ白薔薇艦隊の高速戦艦の艦首を狙って主砲を放つ。
「主砲、敵艦艦首に命中、大破しました!敵艦、衝撃によりスピンします。進路が開きました。ジャミングの効果か、敵艦隊の統率に乱れが生じています」
シンノスケはスロットルレバーを通常出力一杯にまで押し込んだ。
「主砲を連続斉射しながら一気に突破する。マークス、他の兵装も撃ちまくれ!」
「了解!牽制のために速射砲、ガトリング砲を使用し、実体弾は温存します」
「任せた、行くぞっ!」
ナイトメアは速度を上げて白薔薇艦隊の包囲内に突入する。
「方位10に白薔薇艦隊旗艦ホワイト・ローズ。本艦との距離を取りつつありますが、砲撃を加えてきています。誘引攻撃と推察します」
「了解、構わずに突っ切りたいが、背後を取られると厄介だな」
シンノスケは船体を横滑りさせるとホワイト・ローズに照準を定めて主砲を発射した。
【ブラック・ローズ】
「先行している対電子戦強行偵察艦からの報告。亡霊がホワイト・ローズを撃沈しました。こうも簡単にエザリア様が・・・」
ザックバーンの報告をつまらなそうに聞くベルローザ。
「別に驚くようなことではないさ。どうせ撃沈されたホワイト・ローズにはエザリアは乗っていないよ」
「エザリア様が乗っていない?どういうことですか?」
ベルローザは肩をすくめる。
「今沈んだのは確かにホワイト・ローズ。ローズ級の2番艦さ。ただ、ローズ級は4番艦まで建造されているけど、3番艦であるこのブラック・ローズ以外は全て白薔薇艦隊に配属されている。なぜだか分かるかい?」
「確かに、1番艦のローズ、4番艦のイエロー・ローズが白薔薇艦隊に・・・ああ、そういうことですか」
ザックバーンも合点がいったようだ。
「エザリアはずる賢くて、臆病だからね。こんな戦いに積極的に残るなんてことはしないよ。ホワイト・ローズだけを最前線に残して自分はローズか、イエロー・ローズにでも乗り換えて、とっととエルランの下に逃げ出しているさ。残っているのはエザリアの能力で支配された有象無象だけだよ」
呆れるように話すベルローザ。
その間にも黒薔薇艦隊と白薔薇艦隊の戦いは続いているが、確かに白薔薇艦隊の行動には精彩を欠く。
私兵艦隊とはいえ、規律ある軍人による艦隊運用には見えない。
ナイトメアによるジャミングの影響もあるのだろうが、それは黒薔薇艦隊も同じだ。
エザリアの魅了の能力により心を縛られていることにより本来の能力を発揮できないのだろう。
「しかし面白くないねえ。・・・ザックバーン、亡霊を追うよ!」
【ナイトメア】
ナイトメアは白薔薇、黒薔薇両艦隊の戦闘の最前線を突破した。
「戦闘宙域を突破しました」
「了解。それでは神聖リムリア帝国旗艦の撃沈に向かう」
「・・・了解しました」
マークスの返答に何やら躊躇めいた雰囲気が感じられる。
「どうした?何か気になることでもあるのか?」
「今さらながらなのですが、マスターはこの作戦が本当に意味のあるものだと思いますか?」
意外なマークスの問いにシンノスケは意外そうな表情を見せる。
「まあ、俺達がシュタインフリューゲルを仕留めたとしても戦局全体を見れば大した意味はないだろうな。ダムラ星団公国開放という至上目的は既に達成されたし、2つのリムリア帝国は内戦による国の弱体化は避けられない。仮にエルランがリムリア銀河帝国を打倒して帝国領を手に入れたとしても、混乱しきった国内を治めるのは容易なことじゃないから、暫くは他国に目を向ける暇も無いし、逆に他国からの侵攻に怯えて備えなければならない。そういう意味ではアクネリアとしては別に放っておいても問題はないだろうと思う」
「安心しました、マスターの考えに私も同意見です」
「安心した?珍しいこと言うじゃないか」
シンノスケは笑う。
「確かに、私の中に迷いのような感覚を覚えておりますし、私自身も戸惑いがあります。ただ、私はマスターの相棒として、マスターがこのような危険な任務を押し付けられることに疑問を感じ、その命令を下した宇宙軍に対して憤りを感じています」
「宇宙軍の真意は俺にも分からないけどな。まあ、ここで神聖リムリア帝国の皇帝を始末してしまえば戦争の後処理が楽になる、という程度じゃないか?ある意味で銀河帝国には恩を売れるし、今後の抑え込みにもなるだろう。失敗したって、俺達2人が宇宙の塵になるだけだから損害らしい損害にもならないしな」
「宇宙軍という組織はクソみたいな組織ですね」
シンノスケは耐えきれずに声を上げて笑う。
「ハハハッ、言うじゃないかマークス。軍隊は確かにクソみたいな命令を下す組織だけどな。まだアクネリア宇宙軍は腐りきってはいないと思うぞ。まあ、大きな組織だから一部では腐っている部分もあるが、それはどの組織でも同じことだ。ただ、この作戦自体は効率的には有意義だし、他国のことだが、成功すれば帝国の内戦にもケリがつくだろうから、無駄な犠牲を抑えることもできる。全くの無意味というものでもないだろう」
「テーブルの上にマスターの命が掛け金として乗せられていてもですか?」
シンノスケは笑みを消して頷く。
「それでもだよ。俺はそれを承知で引き受けたんだ。引き受けたからには任務遂行のために全力を尽くすだけだ」
「今のマスターのお考え、ミリーナさんやセイラさん、リナさんが聞いたらどう思うとお考えですか?」
「まあ、怒るだろうな。間違いない。無事に帰った時のことを考えると憂鬱だよ」
「怒るのは当然です。しかし、この作戦でマスターに万が一のことがあれば、あの3人はとても悲しみますよ」
ここでシンノスケの表情が曇る。
「悲しませるか、叱られるのは構わないけど、それは嫌だな・・・」




