砲門を開け
「「全艦、砲門を開け!」」
ウィリアムとエルラン、2人の皇帝の命令でいよいよリムリア銀河帝国と神聖リムリア帝国の雌雄を決する戦いが始まった。
国際宙域ギリギリの領域内に展開して迎え撃つ銀河帝国と、それを食い破ろうとする神聖帝国。
互いに後のない両陣営の間に前哨戦などなく、初っ端からの総力戦となった。
総司令官自らが先頭に立つ銀河帝国と、総司令官は後方にある神聖帝国。
対照的だが、戦いの序盤は数で勝る銀河帝国が押される展開となった。
【旗艦シュタインフリューゲル】
「ウィリアムのオーディンは最前列に出ているな。ウィリアムらしい甘い考えだ」
「敵旗艦に攻撃を集中させれば早期の決着も見込めます」
前線の情報を集約した副官が進言するが、エルランは首を振る。
「まだ早い。敵は左右両翼に陣形を開いているが、今無理に攻勢を仕掛けると数で劣る我々が包囲される。第5艦隊のサベール中将に伝達。敵左翼に一部薄くなっている箇所がある。そこに割り込んで敵を分断しろ」
「了解しました」
エルランは優勢の中でも勝利を急がずに、戦況を冷静に見極めていた。
【旗艦オーディン】
対する銀河帝国の旗艦オーディン。
予想外の劣勢に立たされた銀河帝国だが、ウィリアムにも焦りの色は見られない。
「陛下、旗艦が前に出すぎています。集中砲火を受ける恐れがあります」
オーディン艦長の進言を受けるウィリアム。
「それこそが狙いだ。敵の攻撃が本艦に集中すれば、逆に敵を包囲する好機が生まれる。本艦と護衛部隊はゆっくりと後退しろ。本艦を追って敵が突進したら左右両翼は前進。敵を包囲しろ」
ウィリアムは旗艦を囮にして敵を包囲殲滅する心づもりだったが、ウィリアムとエルランの駆け引きはウィリアムの策を読んでいたエルランに軍配があがった。
「敵の一部が左翼、第11艦隊との隙間に突っ込んできます。このままでは分断されます」
報告を受けたウィリアムは頷く。
「やはり兄上の目は誤魔化せないか。後詰の第8艦隊を第11艦隊の援護に回せ。第8艦隊の代わりにリングルンド侯爵とイザーク伯爵の艦隊を配置。但し、両艦隊は当初の第8艦隊の位置からやや後方に待機させろ」
「了解しました」
「・・・今はまだ勝利を焦る時ではない」
ウィリアムは機会を待っていた。
エルランの背後を突くために別働隊として出動した黒薔薇艦隊だが、エルランを背後から撃つことについて、そう上手く行くとは限らない。
加えて、ベルローザを信用しきれない気持ちもあるが、ウィリアムはベルローザに関しては裏切りの心配はとうに捨て去っている。
それは混乱を好み、それを楽しむベルローザの性格を考えれば、ウィリアムを裏切ってウィリアムが敗北するような結果を望んでいないという確証があるからだ。
加えて、味方の裏切りを考え始めたら、このように規模が大きく、くだらない兄弟喧嘩に付き合わされている他の艦隊も同様で、心配していてもきりがない。
その意味ではウィリアムもエルランも目先の敵だけでなく、自らの背中にも気を配らなければならないのだ。
「黒薔薇艦隊が敵の背後に回り込めれば・・・」
仮にベルローザがエルランを討ち取れなくとも、黒薔薇艦隊が敵の背後に回り、多少なりとも混乱を招くことができれば、そこに勝機は生まれる。
ウィリアムはその機会を待っていた。
【ナイトメア】
両帝国軍が戦端を開いた時、ナイトメアは戦場から少し離れた宙域で戦況を観察していた。
レーダーに探知されないように動力源を最小に絞り、情報も受信のみにし、ナイトメアのステルス機能を最大限に活かした隠密行動だ。
その上で、小惑星に接舷し、完全に一体化してその姿を隠している。
「戦闘が始まって1時間が経過しました。今のところ神聖リムリア帝国が優勢です」
マークスの報告にシンノスケは頷く。
序盤はシンノスケの予想どおりの展開だ。
「了解。俺達の出番はもう少し先だな」
「そのようですね。しかし、先程から両軍の通信ではやたらに『正義』という言葉が繰り返されていますね」
「『正義は我が方にこそある!』ってんだろ?」
「概ねそのとおりです」
「そうでもしなければ味方を鼓舞できないんだろうな」
「銀河帝国には銀河帝国の、神聖帝国には神聖帝国の正義があるということでしょうか?」
マークスの言葉にシンノスケは肩を竦める。
「軍隊に正義なんかあるもんか。正義なんて便利な言葉を謳いだしたらその軍隊は終わりだよ」
「それは面白い論法ですね」
「考えてもみろ。軍隊なんて国家の主権と独立を守るための武力集団だ。そこに正義があるというのは認める。俺も軍人だったから、軍隊の持つ武力が悪だとは思わない。ただ、正義なんていちいち口に出して強要する必要はないし、それをしだしたら正義って言葉をいいように利用しているだけで、そこに真の正義なんかあるもんか」
「なるほど。大変興味深いです。そうしますと、マスター自身の考える正義とは?」
面白半分にも聞こえるが、シンノスケに質問するマークス。
「そんなの知らないよ。俺は軍人から自由商人になり、今再び復役して軍人の立場にあるけどな、自分が正義だなんて思っていないし、考えたこともない。正義だなんて言ったって、立場が変わればそれはあっさりと悪になるからな。いちいち考えるだけバカバカしい」
「そのお考え、軍隊という組織の中では支持されないのでは?」
「当たり前だ。実は、士官学校の3年次の試験でこれに似たような小論文を書いたら危うく赤点を取るとこだったよ」
「マスターらしいですね」
シンノスケは笑う。
「まあ、俺は軍人や自由商人の前に船乗りであるし、船乗りとしての誇りは持っている。他人にひけらかすようなものでもないけどな」




