離別の時
首都星に迫るアクネリア、ダムラ両国の宇宙艦隊との戦いに加え、自国の領域までをも放棄して、リムリア銀河帝国への総攻撃へと移行するウィリアム率いる神聖リムリア帝国艦隊はアクネリアの別働隊からの追撃を受けていた。
追撃するのはアクネリア第9艦隊。
数の上では圧倒的に不利な第9艦隊だが、神聖リムリア艦隊は逃げの一手で反撃してこないので戦闘らしい戦闘になっていない。
第9艦隊自体も殲滅等の命令は受けておらず、ダムラ星団公国領域から追い払うのが目的なので、積極的な追撃は行わずに牽制程度の攻撃に留め、どちらかというと動静監視に徹底しているようであり、現に多くの宇宙空母を有する第9艦隊だが、艦載機は発艦させずに母艦で待機させたままだ。
「まだ追ってくるか?」
「はい、一定の距離を保ちつつ、追ってきています」
総旗艦シュタインフリューゲルのブリッジのエルランは焦りを感じていた。
このままアクネリア艦隊を引き連れてリムリア銀河帝国に向かうと最悪の場合、双方から挟み撃ちになる可能性がある。
「やむを得ない、反転して反撃を・・・」
『その必要はありません!』
エルランの言葉を遮ったのはシュタインフリューゲルを護る白薔薇艦隊旗艦ホワイト・ローズのエザリアからの通信だ。
『間もなく国際宙域に出ます。国際宙域に出ればダムラ星団公国の解放を謳っているアクネリア艦隊はその行動の根拠を失います。このままの速度で速やかに国際宙域へと離脱して、ウィリアムとの戦いに備えるべきです!』
エザリアの進言を聞き入れたエルランは反撃を断念して逃走を続け、ついに国際宙域への離脱を果たした。
そして、皇帝が国外に逃亡したことにより、神聖リムリア帝国はその短すぎる歴史に幕を閉じたのである。
【リムリア銀河帝国総旗艦オーディン】
リムリア銀河帝国皇帝ウィリアムは帝国宇宙軍総旗艦オーディンに座乗してダムラ星団公国側の国際宙域際に艦隊を集結させていた。
そう遠からずにエルラン率いる艦隊が姿を現し、2つのリムリア帝国の2人の皇帝が帝国の覇権を争って激突することになるだろう。
ウィリアムがこの戦いに投入できたのはリムリア銀河帝国宇宙軍第1艦隊(近衛艦隊)と第7、第8、第11艦隊。
そして、信頼のおける貴族の私兵艦隊が5個艦隊で、その中にはリングルンド侯爵家の艦隊もある。
総兵力は3千隻を超え、こちらに向かっているウィリアムの兵力を凌駕するが、決して楽観できる状況ではない。
4つの正規艦隊はともかく、貴族の私兵艦隊は艦船を含めて装備が古いものが多く、その練度も低く、他の艦隊との連携もままならない、数合わせのための戦力だ。
対するエルランの艦隊は、敗走中とはいえ、リムリア銀河帝国から引き抜いた生え抜きの艦隊で、それを指揮するエルランの実力も無視できない。
他の艦隊との連携の隙を突かれると戦力が一気に瓦解する可能性があるのだ。
「第1艦隊前進。オーディンを前に出せ」
ブリッジに立つウィリアムの指示に第1艦隊司令官のフリュード元帥が異を唱える。
「皇帝陛下自らが最前列に出るのは危険です。ここは第7、第11艦隊を前面に出し、第8艦隊を後詰に備え、第1艦隊は後方にあるべきです」
フリュード元帥の言は適切であるのだが、エルランにはエルランの考えがある。
「これは腐りきった帝国の興廃を決する戦いだ。その戦いの最前線に皇帝自らが立たなくてどうする。私はこの戦いの勝利を自らの手で奪い取り、その後に帝国臣民に信を問う必要があるのだ」
ウィリアムの覚悟にフリュードは頭を垂れた。
「ハハハッ!本当に成長したねぇウィリアム。立派な皇帝様だよ」
そんなウィリアムを茶化すように笑うのはベルローザだ。
皇帝の玉座の肘掛けに腰掛けて妖艶な笑みを浮かべている。
ウィリアムが玉座に座っていないとはいえ、神聖なる玉座の肘掛けに腰掛けてるとは不敬の極みだが、ウィリアムも、そして何よりベルローザも全く気にしていない。
「茶化さないでくださいベルローザ姉さん」
「別に茶化しちゃいないさ。本当に感心しているんだよ。・・・ところで、ウィリアム、お前は今この戦いにの後に臣民に信を問うと言ったけど、それはどういうことだい?」
ベルローザの問いに振り返ったウィリアムはベルローザの目をしっかりと見据えた。
「そのままの意味です。私は帝国皇帝の責任から逃げるつもりはありません。しかし、臣民の側が私に皇帝の器なしと判断するならば、その責任を取らなければならないのも事実です」
「なら、皇帝の器がないと言われたらどうするんだい?お前が退位して、他の誰かに皇帝の玉座を譲るのかい?今の帝位継承権保有者に混乱しきった帝国を立て直すだけの器がある者はいないと思うけどねぇ」
ウィリアムは静かに笑う。
「その時には帝国そのものを壊してしまえばいい。この国が帝政から共和制になったところで大半の国民には大した影響はないでしょう。国の政治なんてそんなものですよ。・・・そうですね、仮にこの国が共和制になるのなら、大統領でも何でも、その選挙には私自らが立候補してみますか。恥知らずの誹りを受けると思いますが」
笑いながら話すウィリアムの言葉を聞いたベルローザから笑みが消えた。
「本当にそれだけの覚悟があるんだね?」
「はい。私は自分の責任から逃げるつもりはありません」
「そうかい・・・」
ベルローザは立ち上がる。
「ならここでお別れだよ。ここから先は私も好きにさせてもらうさ」
突然のベルローザの言葉にもウィリアムは驚かない。
自分のことを異常者だと言い放つとおり、ベルローザはそういう人物なのだ。
「私が止められるわけもないですからね。姉さんのお好きにしてください」
悟りきったように頷くウィリアムにベルローザは首を傾げる。
「ウィリアム、お前何か勘違いしてないかい?私がお別れと言ったのは何もお前を裏切るということじゃないよ。姉として、最後にお前のために働いてやるってんだよ。私が黒薔薇艦隊を率いてエルランの背後に回り、その背中を撃ってやるさ」
「それは、いくらなんでも危険すぎます!」
「だから面白いんじゃないか!こんな面白いこと滅多にないからね。私はこの機会を逃すつもりはないよ。まあ、お前が勝利したら、この国には面白いことが無くなるからね。その後のことは本当に好きさせてもらうさ。そうだね、また宇宙海賊になるのも面白いねぇ。・・・だからウィリアム、お前とはここでお別れだよ」
「姉さん・・・」
歩き出すベルローザを引き留めようとするウィリアムだが、言葉が見つからない。
いや、どんな言葉であろうともベルローザを止めることは不可能だ。
今後のことを考えればウィリアムの側にベルローザが居てはいけない。
それをベルローザが一番理解している。
しかも、ベルローザは平和な帝国になんか何の興味もなく、そこにベルローザの居場所は無いのだ。
「ウィリアム、お別れだよ。もっともっといい皇帝になりな・・・」
「はい!」
ウィリアムの返事を背に、ベルローザは振り返ることなくブリッジを出ていった。
【ナイトメア】
ダムラ星団公国とリムリア銀河帝国の間にある国際宙域に潜むナイトメア。
「間もなく神聖リムリア帝国の艦隊が本宙域を通過して、リムリア銀河帝国の艦隊と接触します」
マークスの報告にシンノスケは頷く。
「予定通りだな。じゃあ、俺達も命令に従って、予定通りに動くか・・・」
「しかし、この命令は今回の軍事目的から明らかに逸脱していますね」
ナイトメアがいるのは国際宙域だ。
ここでの軍事行動はダムラ星団公国開放という目的からは逸脱している。
「まあ、俺達は便宜上第2艦隊所属とされているが、基本的には存在しないゴーストユニットだからな。こんな役目も回ってくるさ」
「危険な汚れ仕事を外注する。所謂ブラック組織というやつですね」
マークスの言葉にシンノスケは肩を竦める。
「そうとも限らないぞ。俺達に万が一のことがあれば、その補償はしっかりと履行されるからな。そういう面を見れば十分にホワイトじゃないか。・・・尤も、俺達自身は便利だけど失っても惜しくない消耗品みたいな存在だけどな」
「やっぱりブラックですね」
「やっぱりそうか・・・」
「まあ、確かに補償に関しては契約に明記されていましたから心配ないでしょうが」
「それに、それを反故にしたら法務担当のミリーナが黙っていないだろうしな」
決戦を前に軽口をたたき合いながら2人は笑った。




