ぼうえきにちょうせん
査問委員会から数日後、ウォルターとイリスに対する裁定が決定し、シンノスケにも結果のデータが送られてきた。
データを確認してみると、ウォルターに対する裁定は
【査問委員全員の意見一致でウォルターの対応は不適正】
【アクネリア自由商船組合における護衛艦業務の禁止】
【護衛艦業務禁止措置に伴い護衛艦業務資格の剥奪】
【資格剥奪に伴い保有する護衛艦の武装解除】
が決定されたが、ウォルターは沿岸警備隊に拘束され、護衛艦も証拠品として押収されたので、沿岸警備隊の捜査の結果が出るまでは処分保留となった。
一方のイリスに対する裁定については
【査問委員会の適否判断、適正4、不適正1、適否判断棄権1によりイリスの対応は適正】
【イリスの対応は適正ではあるが、改善の余地が認められるため、自由商船組合長による業務改善指導】
【自由商船組合としても登録している自由商人との円滑な情報共有を推進するための業務の見直しを行う】
と、実質不問となる判断が決定された。
データを見たシンノスケは肩を竦める。
「まあ、当然の判断だよな」
この結果はシンノスケも予想していた。
シンノスケがイリスの対応は不適切だと判断したが、実際のところはこれだけで必要以上に責を問われてはたまったものではなく、公平性に欠けるだろう。
それでもイリスに対してシンノスケまでが適正との判断を下してしまうと査問委員会の意味をなさないという考えがあったのだ。
とにかく、これで査問委員会におけるシンノスケの役割は全て終結。
後はこの査問委員会の決定を受け、グレン達が損害賠償訴訟を起こすかどうかはグレン達の判断だが、流石にそこまではシンノスケの知ったことではない。
気を取り直したシンノスケは次の仕事に取り掛かることにした。
「さて、我々の仕事も今のところは順調ではあるが、まだまだ磐石とはいえない。自由商人として経験と実績を積み重ねなければならないので、早速新たな仕事に取り掛かろう」
ケルベロスのブリッジでマークスとセイラを前に語るシンノスケ。
「新しい仕事というと、護衛艦のお仕事ですか?」
尋ねるセイラにシンノスケは首を振った。
「今回は他の仕事をしてみるつもりだ」
「そうしますと、運送業務ですか?」
マークスの言葉に対してもシンノスケは首を振る。
「いや、ケルベロスのペイロードだと運送業務単体での仕事では割が合わない。今回は貿易に挑戦してみようと思う」
「貿易ですか?」
「ああ、以前にもやってみたが、あれはグレンさんから貰ったレアメタルを売っただけだから貿易とはちょっと違うだろ?だから今回は商品を仕入れて、それを売りに行く。真の意味での貿易に挑戦してみよう」
「そうしますと、やはりレアメタル貿易ですか?」
「そうだな。30トン程度である程度の儲けを狙うならレアメタルだろうな」
シンノスケとマークスの会話をポカンとした表情で聞いているセイラだが、その頭の中は新たな仕事に対する期待と不安で一杯だ。
そんなセイラにシンノスケは重大な課題を課す。
「今回はダムラ星団公国まで貿易に行くことになるが、ダムラ星団公国までの航行管制と通信をセラにやってもらう」
「えっ?えっ・・えっ?私がですか?」
突然のことに慌てるセイラ。
「そう、セラに任せる」
「そんな、航行管制なんて学校のシミュレーションと近隣宙域での航行実習の経験しかありません。いきなり実践なんて無理ですよ」
アワアワと動揺しまくりだ。
「いきなり実践なんて、って言っても、ケルベロスは実習船じゃないからな。実践しかないぞ?初めてなら思い切ってやってみたらいい。大丈夫、失敗を恐れることはない。ケルベロスにはマークスさんがいる。セラが失敗してもマークスさんが瞬時に修正してくれるぞ」
「はい、私の処理能力をもってすれば容易いことです。大いに失敗してください。失敗でも成功でもセラさんの経験になりますよ」
シンノスケとマークスにそこまで言われれば内気なセイラでもその気になる。
そもそも一人前の船乗りになりたくてケルベロスに見習いとして乗り込んだのだから、受け入れてくれたシンノスケとマークスの期待に応えたい。
「あの、分かりました。自信は無いけど頑張ってみます」
これで今回の仕事の方針は固まった。
そうなれば商品のレアメタルを仕入れなければならない。
セイラはダムラ星団公国までの航路の設定をするというので、シンノスケとマークスが仕入れに出向くことにした。
レアメタルの仕入れのために商船組合を訪れたシンノスケ達は商品取引のフロアにある端末でレアメタルの取引レートの情報を集める。
「レアメタルも色々あるが、取引価格の変動が大きいのはリスクが高いな。今回は安全優先でいくか」
「そうですね。そうしますと、鉱石№625と、№1247、この辺りのレアメタルでしょうか?取引価格も安定しているので、儲けも少ないですが、大きく下落することもないでしょう」
2人で幾つかのレアメタルに目星をつけるが、それらのレアメタルなら現在の蓄えで仕入れできるものだ。
借金や買掛金(そもそもシンノスケは実績が足りないので信用取引は無理)に頼る必要がないのはありがたい。
万が一取引に失敗しても負債を負うことはなさそうだ。
「となれば、№625を5トン、№1247を15トン、といったところか」
仕入れる商品を決めたシンノスケは商品取引カウンターでレアメタルの購入手続きを済ませる。
後は自由商人の業務受付に対して貿易に出ることを申告すれば準備は完了だ。
2人が商品取引のフロアから自由商人業務受付のフロアに移動してくると、シンノスケ達に気付いたリナが手招きしている。
「こんにちはシンノスケさん、マークスさん。シンノスケさん、先日は査問委員会、お疲れ様でした」
「どうも。別に大したことはしていませんよ。それよりも、全く場の空気を読まない発言で混乱させてしまったようですね」
「確かに、イリスにまで不適切判定をするなんて意外でした。でも、私はシンノスケさんの話を聞いて、とても納得したんですよ。シンノスケさんがイリスに向けて言った言葉、私も自分の仕事を省みることが出来ました。・・・実は、あの査問委員会で適否判断を棄権したの、私なんです。シンノスケさんの話を聞いて、私も不適切判断をしようかと迷ったのですが、やっぱりどうしてもできませんでした。で、棄権する判断をしました」
「そうだったんですか」
「でも、シンノスケさんが言ってくれてとても助かりました。私達受付職員は仕事に慣れすぎてはいけないということを思い出させてくれましたし、イリスも業務改善指導を受けて自分なりのマニュアルを作ってセーラーさん達との関係を重視するための努力を始めています」
リナの言葉を聞いてシンノスケは一安心した。
「イリスさんに限らず、我々自由商人と組合の職員達の信頼関係がスムーズに構築できるようになるといいですね」
シンノスケは自分の判断や発言に責任を持つし、後悔するつもりは無いが、それでもイリスに厳し過ぎる程の言葉をぶつけたのは事実なので、イリスのその後のことは気になってはいたのだ。
「そうですね。お互いに努力して安全と安心に繋がればいいですね。・・・って、お話を聞く前に話が横に逸れてしまいましたが、今日はお仕事をお探しですか?」
「いえ、ちょっと貿易に挑戦してみようと思いまして、商品のレアメタルを仕入れたところです。レアメタルの取引でダムラ星団公国に行く予定です」
「そうだったんですね。そうしますと・・・出航予定は何時ですか?」
シンノスケの話を聞きながら端末を操作し始めるリナ。
「レアメタルの搬入と積み込みが明日の予定なので、出航は明後日の早朝、7時頃ですね」
「分かりました・・・・はい、シンノスケさん達の業務予定の登録完了です」
話をしながら仕事を完了させる。
やはりリナは優秀な受付職員だ。
こうして新たな仕事の段取りは全て完了した。