最終決戦にむけて
ダムラ星団公国への侵攻と神聖リムリア帝国の樹立、そしてアクネリア銀河連邦の介入により目まぐるしく支配領域が変化する中、奪還されてダムラ星団公国領となった宙域を航行するフブキとホーリーベル。
2隻は公国政府からの医薬品原料の輸送依頼に加えてレイヤード商会からレアメタル納品の依頼を受けてダムラ星団公国の惑星リブリナへと向かっていた。
ホーリーベルの艦長席で2隻の指揮を執るのはミリーナ。
本来、ホーリーベルの艦長はアンディなのだが、今回はアンディに請われてミリーナが艦長を務めている。
というのも、アンディは複数艦を指揮する経験に乏しく、加えて自分よりも経験豊富なアッシュが艦長を務めるフブキを指揮することに気後れしたためだ。
それならばアッシュが指揮を執るという案が出たのだが、アッシュがそれを固辞したのである。
「私が引き受けてもいいけど、折角だからミリーナがやってみなさいよ。ミリーナはシンノスケ不在の間は商会の代表代行でしょ?何事も経験よ。貴女なら難なく熟せるでしょうし、それにアンディも何時までもホーリーベルの指揮だけじゃだめよ。今回はミリーナの近くで船団指揮の勉強をしたらいいわ。大丈夫、私がバックアップするし、2人共、纏めて指導してあげるわよ」
結局、今回はアッシュの提案を受け入れたミリーナがホーリーベルの艦長となり、アンディは操縦を担当しながらミリーナと一緒に船団指揮について学ぶことになった。
因みに、今回セイラはフブキに乗り込んでいる。
というのも、ホーリーベルにはエレンに加えて超高性能ドールのマデリアがいるので、オペレーターは十分に足りている。
一方のフブキも艦長のアッシュとメーティスとシオンと、沿岸警備隊あがりのベテラン揃いで体制は十分だが、今回はシンノスケ以外の熟練者の仕事を間近で学ぶ機会としてフブキに乗り込んでいるのだ。
「この付近も激戦宙域だった筈ですけど、随分と落ち着いていますわね」
ホーリーベルの艦長席で周辺宙域のデータを確認しながらミリーナが呟く。
出発前に確認した航路情報では激しい戦闘が行われている危険宙域とされており、状況によっては危険を避けて迂回しようと考えていたのだが、実際に来てみれば戦闘は終結済で、付近を航行するのもアクネリア宇宙軍や、ダムラ星団公国の公的機関の艦船が殆どだ。
「この宙域に限らず、ダムラ星団公国領の大半は奪還され、残すは首都星とその周辺のみのようです。神聖リムリア帝国も未だ一定の戦力を有しているようですが、戦況を打開できる程ではない模様です。戦線を維持できず、いずれ首都星を放棄する可能性も高いようです」
情勢についてマデリアが淡々と報告する。
「それ、どこからの情報ですの?」
大勢はともかく、戦況の詳細については軍事機密として非公開だ。
アクネリア軍の情報統制も厳重で、おいそれと入手できるような情報ではない。
「神聖リムリア帝国です。劣勢に伴い情報網が崩壊しているようで、通信衛星を経由して簡単に入手することができました。因みに帝国軍に『亡霊』と呼ばれる正体不明の艦が帝国軍に多大な損害を与えているようで、そのたった1隻の艦が最優先の撃滅目標になっているようです」
「はぁ~、一体何をしているのやら。シンノスケ様は望んで危険に踏み込んでいるのかしら・・・。それとも、シンノスケ様の運命、というか宿命が危険を招いているのでしょうか」
ミリーナは盛大にため息をついた。
【最前線】
アクネリア宇宙艦隊と再建されたダムラ星団公国艦隊は神聖リムリア帝国首都星の目前にまで迫っていた。
神聖リムリア帝国軍の前線艦隊の要だった第2艦隊が後退してからは組織的な抵抗は鳴りを潜めたが、それでも第2艦隊の半数以上を取り逃がした結果は無視できない。
歴戦の勇であるアイザック提督も健在であり、そのアイザック率いる艦隊が後退して神聖リムリア帝国の残存艦隊に合流し、首都星の守りを固めている。
双方の戦力差を見れば、神聖リムリア帝国軍が戦況を覆すことは不可能に近いが、アクネリア軍も決め手に欠ける状態であり、無理に攻勢を仕掛けるとなれば決して少なくない損害を被ることを覚悟しなければならないだろう。
総司令官アレンバル大将は集結した艦隊を前にしてもその表情は険しいままだ。
(さて、ここまで来たが、我が方が圧倒的に有利な状況下で敵はどう出てくるか・・・。私が敵の指揮官ならどう動く?)
軍の指揮官は常に最悪の事態を想定しなければならないが、とはいえ、このまま停滞しているわけにはいかない。
敵に時間を与えれば、今は秘策が無くとも、それが降って湧いてしまうかもしれないのだ。
アレンバルは決断した。
「全艦隊、敵首都星に向けて前進!」
アクネリア宇宙軍第2艦隊を中心に、投入された主力艦隊が3方向から神聖リムリア帝国首都星に向けて進撃を開始する。
(勝利は揺るぎないものだが、それ故の士気の低下があってはならない・・・)
勝ち戦では兵士の士気は高揚するが、一方で勝利が約束された戦いにおいて『ここまできて自分を危険に曝したくない』という心理が働くこともよくあることだ。
その躊躇する心が行動を鈍らせ、一瞬の隙を突かれる。
歴史を顧みてもそうして敗れた軍の存在は枚挙にいとまがない。
(もう少しだけ彼には危険を引き受けてもらう必要があるな・・・)
最終決戦は目前だ。
【ナイトメア】
「まったく、引き受けはしたものの、割に合わない任務だな・・・」
与えられた任務のため、目的の宙域へとナイトメアを進めるシンノスケ。
「相変わらずのことですが、マスターは自ら進んで危険に近づき、それを楽しんでいるに見えます」
「本当にそう見えるか?」
「はい、避けられない運命を前に恐怖を感じ、その現実から目を逸らしているようです」
マークスの指摘にシンノスケは肩を竦める。
「全くもってそのとおりだよ。よく分かったなマークス」
「私はマスターの相棒です。色恋沙汰については分かりませんが、こと船乗りとしてのマスターについては一番の理解者だと自負しています」
「そうだったよな。そうだよ、こんな無茶な任務をやらされて怖くて仕方ない。それこそ笑ってしまう程にな。しかし、逃げ出すわけにはいかない以上、この状況を楽しむしかないと、自分自身を無理矢理奮い立たせているんだよ。そうでなければやってられるか!」
「恐怖という感情は理解できませんが、危険を認識するという意味ではその感情は理にかなっていると思います」
マークスの指摘にシンノスケは笑う。
「そうだろう?『臆病は長生きの秘訣』これは『人生は選択肢の連続』と並んで俺の信条の1つだよ」
「とても参考になります。私のメインメモリにも記録しておきましょう」
「・・・お前、バカにしてるだろう?」
「とんでもない!」
シンノスケとマークスは笑った。




