最後の任務
「まもなく空間跳躍終了。通常空間に戻ります」
「了解。通常空間に戻り次第減速を開始する」
シンノスケは空間跳躍後の減速に備えてスロットルレバーに手を掛ける。
「通常空間に戻りました」
「よし、減・・・」
「本宙域に反応が3。件の連絡艦と思われます。至近です」
淡々と報告するマークス。
シンノスケは慌てて操舵ハンドルを握り、緊急回避に備えた。
「何ぃっ!お前、可能性は0.0000001パーセント以下だって言ってたじゃないかっ!」
「いえ、0.000001です。ゼロが1つ多いです。それに、それは座標重複の可能性で、衝突の可能性は0.0001パーセントです。・・・確認、衝突コースを外れています。舵を切らずにそのまま減速してください」
シンノスケは舵を固定しながらナイトメアを急減速させる。
「そうはいっても広大な宇宙空間での衝突事故の可能性としては確率が高いんじゃないか?」
「この宙域は航行可能空間が狭いですからね・・・」
そんなことを言っている間にナイトメアは連絡部隊3隻の鼻先を掠めるようにしながらも無事に減速を終えた。
「ふぅ・・・危なかったな」
「不規則跳躍を強行したせいで、跳躍後の座標が彼等の艦の反応に引かれてしまったのでしょう。それでもこれだけ至近に出るとは、流石はマスターの引きの強さですね」
マークスの言葉にシンノスケは憮然とした表情を浮かべる。
「まるで俺のせいみたいな言い方はよせ。・・・そもそも、見方を変えれば、マークスはいつも俺と一緒にいるんだから、むしろお前の引きの強さなんじゃないか?」
「とんでもない。私はドールです。機械であるドールは引きの強さだの、フラグを立てるだの、論理的根拠の無いジンクスとは無縁の存在です」
「こんなときばかり機械ぶるなよ!」
「そんなことより、連絡隊の指揮艦イナズマからの連絡と、フリゲート艦トライスターより抗議の通信が入っていますよ」
「トライスターか、懐かしいな・・・」
「確か、マスターが宇宙軍に在籍していた際の乗艦でしたね」
「ああ、俺はトライスターの第3代目艦長だ。今は誰が艦長なのかな?」
懐かしむシンノスケだが、そんなことはお構いなしにマークスが通信を繋ぐ。
『私ですよ!カシムラ大尉!』
モニターに映し出されたのはイナズマ艦長のカシム・クレイドル大尉とトライスター艦長のクレア・アーネス中尉。
どういうわけかクレアの方が画面サイズが大きい。
「クレイドル・・大尉とアーネス中尉ですか。久しぶりですね」
軍隊時代に戻り(実際に復役しているが)敬語で話すシンノスケ。
『お久しぶりです。カシムラ少佐。かなりの損傷のようですが、大丈夫ですか?』
生真面目で冷静なカシムだが、クレアの方はというと、カシムとは対照的に一目で怒っているのが分かる。
『大尉!不規則跳躍なんて無茶をして、危ないじゃないですか!こっちは小型のフリゲート艦なんですから、空間跳躍時に発生する時空波に巻き込まれたらひとたまりもないんですよ!』
シンノスケが除隊した当時の階級のままで抗議するクレアだが、間違えているではなく、多分わざとだ。
「いや、戦闘の最中での緊急跳躍だったので仕方なかったんですよ」
『それでもです!航路の安全確認は基本中の基本ですよ!』
何やら理不尽な抗議のような気がするが、元通信、航行オペレーターのクレアらしいといえばらしい。
そもそも、クレアが怒っているのは事実だろうが、本気で抗議しているわけではない。
クレア自身も理不尽であることを承知の上で、文句の1つも言いたいのだろう。
それが分かっているので上官であるカシムも特に咎めたりはしない。
『まあ、アーネス中尉も少佐に言いたいことが多々あるでしょうから、連絡の伝達も兼ねて私と中尉でそちらの艦に移乗したいのですが、許可願います』
通信で文句を言われた挙句に対面でも文句を聞けと言わんばかりのカシム。
しかも、本来の目的である作戦の伝達の方がついでのような言いぐさだ。
とはいえ、作戦命令の受領をしなければならないので、拒否するわけにはいかない。
直ちにイナズマとトライスターがナイトメアに接舷して2人が乗り込んできた。
「「作戦命令の伝達に参りました」」
マークスに案内されてブリッジに来た2人はシンノスケに敬礼し、クレアは作戦内容が記録されている独立端末を、カシムは端末を起動するパスキーをシンノスケに差し出した。
クレアは不機嫌面だが、流石にこれ以上は文句を言う様子はなさそうだ。
シンノスケは端末にパスキーを差し込むと記録された作戦内容を確認した。
「我々は作戦内容を知らされていませんが、この作戦はナイトメアが万全の状態が前提のものではありませんか?作戦遂行に支障があるようでしたら作戦司令部に報告しますよ?」
メインレドームが損傷したナイトメアだが、その能力が低下していることは誰の目にも明らかだ。
しかし、シンノスケは内容を確認すると頷いた。
「問題ありません。メインレドームの損傷により本艦の電子戦能力は約60パーセント低下していますが、まあ、なんとかなるでしょう。本艦は示達された作戦に従って行動します。念の為、司令部には本艦の損傷と、能力低下の事実を報告しておいてください」
シンノスケの言葉を聞いたクレアが割って入る。
「大尉!・・いえ、少佐!貴方は予備役復役とはいえ、一度は軍を退いた身です。命令だからといって軍隊にいいように使われる必要はないんですよ。それに、これだけ秘匿性の高い作戦です。どうせ無茶な内容なんでしょう?」
下命された任務は確かにかなり危険性が高く、それこそクレアの言うとおり無茶ともいえる内容だ。
しかし、そんなことは軍への復役を決めた時から承知と覚悟の上だし、色々と問題はあるが、今作戦のみならばどうにか遂行できるだろう。
「問題ありません。本任務を受命します」
シンノスケにそのように言われてはクレア達もそれ以上は何も言えない。
「「それでは、ご武運をお祈りします」」
命令を伝達した2人はシンノスケに敬礼するとブリッジを出て行くが、その直前にクレアは立ち止まると振り向いてシンノスケを見た。
「失礼ながら、カシムラ少佐は、極めて優秀な軍人か、余程の自信家か・・・大馬鹿者のどれかですね」
それを聞いたシンノスケは肩を竦める。
「どれも違いますよ。・・・そうですね、どれも違いますが、それぞれ2割程度は当てはまりますかね」
クレアは首を傾げる。
「3つ合わせても6割にしかなりませんよ?」
「残りの4割は私の経験と・・・その時の情勢によって変わる変動値です」
シンノスケの答えを聞いてカシムとクレアは思わず吹き出した。
軍隊を辞めて自由商人となり、再び軍人となったかつての上官は当時と何も変わっていない。
2人はそれが嬉しかった。
最近は色々と忙しく、投稿ペースが落ちている上にいただいた感想の返信も大幅に遅れていて申し訳ありません。
ただ、こつこつと進めていきますし、感想のお返事もさせていただくつもりです。
長い目で見守っていただけると嬉しく思います。




