緊急跳躍
ナイトメアのブリッジに激しい衝撃が走る。
「避けられなかったか?」
「船体上部に着弾、直撃は免れました」
敵艦の砲撃の直前、シンノスケが咄嗟に操舵ハンドルを操作したことによりナイトメアの船体が沈み込み、辛うじて直撃は免れた。
「損傷確認!」
「船体上部、メインレドームが損傷。電子戦能力が58パーセント低下。加えて船体質量及びバランスの変化に伴い、空間跳躍の再計算が必要です」
既に敵艦隊に包囲されている中での跳躍加速中であり、再計算のために減速や停止することは自殺行為だ。
「跳躍強行をした場合の影響は?」
「跳躍先の予定座標を中心に150000の範囲で跳躍離脱の誤差が生じる恐れあり」
高度な計算の元で行われる空間跳躍はちょっとした条件の変化でもその結果に大きな変化が生じる。
跳躍離脱の座標がずれると、惑星の大気圏内や、地中に飛び出してしまうこともあり、一歩間違えて惑星上や惑星軌道上のコロニーの都市部に突っ込んでしまえば大惨事だ。
「跳躍離脱ポイントから150000の範囲に惑星は存在しない。跳躍を強行する!」
「船体に致命的ダメージを受ける可能性を承知してください!」
「覚悟の上だ!それに、俺達でも予測できない誤差なら敵が座標追跡計算をして追ってくるリスクも低くなるだろ!強行跳躍、行くぞっ!」
「了解・・・加えて、跳躍先の宙域には命令伝達の連絡艦が待機している筈ですが、跳躍誤差による座標重複の危険性があります。可能性0.000001パーセント以下です」
「ワー・えっ?・・・先に言」
シンノスケは跳躍実行のスイッチを止めるのが間に合わなかった。
【フリゲート艦トライスター】
アクネリア宇宙軍第2艦隊に所属する情報収集部隊。
指揮船である駆逐艦イナズマとフリゲート艦2隻の3隻の部隊は艦隊司令部からの特命を受けて指定された宙域で待機していた。
目標がいつ現れるのか分からないままこの宙域に展開して既に3日。
2番艦のフリゲート艦トライスターのブリッジではクルー達が雑談に耽っていた。
「待っているだけっていうのも疲れるな・・・」
「しかも、時期不明ですからね」
作戦中であるので警戒を怠るわけにはいかないが、緊張しっぱなしというわけにもいかない。
適度な緊張を保ちつつ、警戒を怠らなければ多少の雑談や息抜きは問題ない。
艦長がその辺りのさじ加減を間違えなければいいのだ。
トライスター艦長のクレア・アーネス中尉はクルー達が気を抜いていないことを見極めつつ、自分自身も艦長席でお茶を飲みながらリラックスしていた。
部隊の隊長であるカシム・クレイドル大尉から勧められた合成フルーツ茶なる代物は常温ではとても飲めたものではなく、クレイドルから勧められて初めて飲んだ時には上官であるクレイドルに対して殺意すらを覚えたものだ。
辺境パトロール隊にいた時には見たこともないこの合成フルーツ茶だが、健康志向の高いクレイドルが最近になって愛飲しているもので、前線勤務のクレイドルのもとに何者かから定期的に箱で送られてきており、クレアもそこからお裾分けをしてもらっている。
クレアにしてみれば全く好みではない味だが、色々と試行錯誤して、熱々の状態にミルクを少々とレモンを絞るという工夫で好みの味に辿り着いた。
(なんでこんな飲み物にハマっちゃったのかしら?まさか常習性のある成分でも含まれているんじゃないでしょうね)
その答えはクレア自身にもわからない。
「しかし、クレイドル隊長はまた中央への異動の断ったって?士官学校出のエリートなのに、これじゃあいつまで経っても昇任できそうにありませんね」
「そうよね。このままじゃアーネス中尉に追いつかれちゃうんじゃない?」
クルー達が好き勝手に噂するが、クレアは特に咎めようともしない。
いちいち咎める必要もない程度のことだし、部隊のクルー達がクレイドル大尉のことを慕っていることを知っているからだ。
そして何よりクルー達の噂はそれが事実なのである。
隊長であるカシム・クレイドル大尉の父は既に退役しているものの、宇宙軍中将で艦隊司令官を務めたこともあるし、叔父も宇宙軍の総合司令部に勤務する少将、3つ歳上の兄も中佐で、士官学校の教官という軍人一家だ。
クレイドル大尉自身も士官学校を優秀な成績で卒業して辺境パトロール隊に配属になったのだが、どういうわけか自ら望んで前線勤務を続けており、後方勤務への異動の打診を何度も断ったことで、昇進の機会を失い、万年大尉の様相を醸し出している。
一方のクレアというと、宇宙軍兵学校を卒業し、下士官として辺境パトロール隊勤務に就いていたが、その頃は特に昇任欲もない単なる一兵士のオペレーターだった。
しかし、ある事件をきっかけに組織への反抗心から努力に努力を重ね、士官昇任試験をパスして現在の中尉にまでなったのだが、戦時任官とはいえ、20代半ばで一兵卒から中尉で艦長とは異例中の異例だ。
その勢いは宇宙軍時代のシンノスケや、現在の上官であるクレイドル大尉をも凌ぐ勢いだが、従来の天邪鬼な性格と、納得できないことは上官でも構わずに抗弁することがあり、一部の上層部の受けはよくない。
クレイドル大尉とクレア、そんな2人の共通点はシンノスケの元部下という点と、その元上司の影響か、優秀でありながら変わり者ということで、何の腐れ縁か2人揃ってずっと同じ部隊で勤務している。
因みに、クレアが指揮するフリゲート艦トライスターだが、この艦はかつてシンノスケが艦長を務めていた艦だ。
「皆はクレイドル大尉のことを見本にしちゃだめよ。あの人は好き好んで前線勤務を続ける、ある意味で変人なんだから。士官学校を卒業した頃はそんなことない、バリバリのエリート士官だったけど、後天的な理由でおかしくなっちゃったのよ。でもね、大尉の能力は本物で、その気になれば直ぐにでも佐官昇任して、あっという間に艦隊司令官にまでなるわよ。・・・その気になればだけどね。いつになるか分からないけど」
「それはアーネス艦長も同じじゃないですか?」
「私は違うわよ。ちょっと面白くないことがあって、そんな面白くないことをしてくれた軍に対しての反発で士官になったんだもの。しかも、今じゃ反発する理由も無くなったから向上心もどこかに行っちゃったわ」
「やっぱり似たもの同士じゃないですか」
ブリッジの中に笑いが広がったその時、その笑いをかき消すように警報が鳴り響いた。
「・・・緊急!空間跳躍反応!何かがワープアウトしてきます!」
「空間跳躍ポイントから外れている。不規則跳躍よっ!直ちに座標算出、イナズマのクレイドル隊長にも報告!」
「了解!イナズマからも警告が来ました。第1級臨戦態勢発令!」
「座標算出急いで!座標重複、衝突回避を最優先!」
ほぼあり得ないことだが、万が一にも空間跳躍から離脱してくる艦との座標が重複すると対消滅が発生し、周辺の艦船まで巻き込むおそれがある。
座標重複が起きなくても、空間跳躍を離脱した宇宙船は目の前の障害物を避けられない。
「ファイアコントロールオン。総員戦闘準備!」




