包囲網を突破せよ
「正面集団の編成は分かるか?」
「総数80隻。大半が駆逐艦ですが、軽巡航艦が10隻前後、他に高速戦艦数隻。機動力重視の編成です」
シンノスケの表情が険しくなる。
電子戦特化型のナイトメアは敵してみれば脅威となる存在に他ならない。
しかし、その驚異的な能力を持つナイトメアといえど、万能の超戦艦ではないのである。
電子戦を実行している間は戦闘や航行を含めて各種システムに制限が生じるのだ。
電子戦実行中はその効果を発揮し、敵に位置を気取られないためにエンジン出力は60パーセント以下に、戦闘にしてもレーダーの使用は制限され、ミサイルの発射やレーダーロックによる砲撃は出来ない。
戦闘艦としての能力を最大限に発揮するためには逆に電子戦を制限する必要がある。
「簡単には逃げられないか・・・」
現在ナイトメアは架空の艦隊を生み出す電子偽装の最中だが、離脱するためには電子偽装を解かなければならない。
電子偽装を解き、ナイトメアのステルス性を駆使して敵の索敵に引っかかることなく宙域を離脱する必要があるのだが、敵が偽装艦隊に気付いている以上、偽装を解いた直後に捕捉される危険がある。
如何にステルス性能を有しているとはいえ、それは万能ではなく、1度捕捉されれば振り切ることは難しい。
そして、戦闘艦としては駆逐艦程度の戦闘能力しか持たないナイトメアでは高速戦艦や軽巡航艦を含む80隻もの駆逐艦隊を相手にまともに渡り合うことは不可能であり、その包囲から脱することも極めて困難だ。
「このままでも敵に捕捉されるのは時間の問題です」
マークスの言葉にシンノスケは引きつった笑みを浮かべる。
誰に向けたわけでもない、自分自身に向けた虚勢だ。
「面白くなってきたなマークス!」
「まったくです。・・・現状打開のためのプランを提示します」
シンノスケはモニターを見て頷く。
「俺の考えと概ね一致するな。気が合うじゃないか、マークス」
「どれだけマスターの相棒を務めてきたと思っているんですか。マスターとこの艦の能力を鑑みての最適解です。それでも成功率は30パーセントを切ります」
「いや、20パーセント以下だな。その方が成功率が高い!セオリーで考えれば10パーセント以下が理想だが、贅沢言っても仕方ない」
「マスター、言っていることが相変わらず意味不明です。加えて、くだらない戯言を言って時間を浪費する間に本当に成功率が下がりますよ」
今度は本当に笑うシンノスケ。
「よし、了解した!直ちに実行する。偽装波を本艦左舷方向に指向し、本艦はエンジンをカットしつつ偽装艦隊の右翼端に移動する」
「了解。偽装艦隊を左舷方向に指向」
偽装艦隊の中心付近にいたナイトメアはエンジンを冷却しながら静かに移動を開始した。
敵艦隊は砲撃を続けながら目前にまで迫っている。
「敵も陣形を左右両翼に広げてきたか。敵艦隊の配置は分かるか?高速戦艦や軽巡の位置は?」
「本艦は現在秘匿航行中です。敵の詳細な配置については探知不能」
敵の追撃を受けるにしても強力な攻撃能力を有する高速戦艦や、軽快な機動力の軽巡航艦との戦闘は絶対に避けたいところだ。
「離脱するぞ、左舷回頭」
「了解、空間跳躍ポイント確認、跳躍先の座標固定」
わざわざ偽装艦隊の右翼側に移動したナイトメアだが、離脱する先は左舷方向にある空間跳躍が可能な宙域だ。
敵の追撃から逃れるためには空間跳躍でこの宙域から脱出することが必須だが、そんなことは敵も分かっている。
だからこそ、敵は偽装艦隊の左翼側の警戒を厳にし、空間跳躍で脱出を試みるナイトメアを待ち構えていることだろう。
「よし、脱出するぞ。全ての電子機器をオフにしてステルス航行のままマニュアルで跳ぶからな、しっかりとサポートしてくれよ」
「了解しました。それでは電子偽装を解きます」
電子偽装を解いて偽装艦隊が姿を消した途端に敵艦隊の各艦がレーダー出力を上げてナイトメアを探し始めた。
「いくぞっ!」
シンノスケはスロットルレバーを一気に押し込んでナイトメアを急加速させるが、直ぐにエンジンをカットして惰性航行に入る。
敵に探知されるのを少しでも遅らせるためだ。
空間跳躍に入る直前の宇宙船はポイントに向けて加速しながら一直線に進む必要があるので、それを狙うのは容易い。
故に戦闘中に空間跳躍を行うのは大きな危険を伴う。
そこでシンノスケは敵の裏をかくためにナイトメアの位置や加速方法を敢えてずらして行ったのである。
「敵艦隊接近。惰性航行のままでも間もなく発見されます」
「了解!フルスロットル、一気に跳躍速度に上げる」
ナイトメアを加速させると同時にブリッジ内に警報が鳴り響き、警告灯が点灯した。
「敵に捕捉されました!電子妨害を最大出力で3秒間だけ実行します」
電子戦艦を相手にしているのだから敵も電子妨害は想定しているだろうが、やらないよりはマシだ。
電子妨害の効果は僅かだが、敵の攻撃開始のタイミングが遅れる。
それはほんの1、2秒だが、シンノスケ達にとっては貴重で、敵にとっては致命的だ。
攻撃のタイミングが遅れ、敵の砲撃がナイトメアの後方に外れる。
「空間跳躍速度に到達!一気にいくぞ!」
しかし、シンノスケ達の強運もここまでだった。
「跳躍ポイント接近、カウントを・・・警告!敵軽巡2隻、本艦の針路上に割り込んできます」
「回避不能!押し通るぞ!」
「緊急!砲撃来ます、高戦の主砲です」
「チッ!」
空間跳躍速度に達している以上、急激な機動はできない。
シンノスケは操舵ハンドルをほんの数センチだけ押し込んだ。
「直撃、来ます!」




