帝国の闇
ベルローザは勧められてもいないのに皇帝執務室にある応接用ソファに腰掛けて寛いでいる。
一方でベルローザの申し出を受けざるを得ないウィリアムも諦めの表情でベルローザの前に座った。
「分かりました。姉さんと黒薔薇艦隊の帰還を認めます。ただ、当分の間はこのコロニーに駐留し、帝都周辺の防衛に当たってもらいます。無論、私の監視下に置くという名目です」
ウィリアムの言葉にベルローザは満足げに頷く。
「他の艦隊や貴族達、国民感情を考えれば妥当なところだろうね。しかも、私みたいな厄介者を配下に据えて、使いこなす、いい宣伝だよ。本当に立派な皇帝になったじゃないか。姉として嬉しい限りだよ」
「茶化さないでください。私は帝国皇帝としてこれ以上の混乱を望んでいないだけです。姉さん自身が言うとおり、私は姉さんのことを信用してはいません。だからこそ、私の責任で姉さんと黒薔薇艦隊を制御しなければならないんです」
淡々と話すウィリアム。
ベルローザはそんなウィリアムのことを額に開いた目で見据えた。
「本当に大丈夫そうだね」
ベルローザの言葉にウィリアムは怪訝な表情を浮かべる。
「先程も似たようなことを言っていましたが、何のことですか?」
ベルローザ額の目を閉じて、両の目でウィリアムを見る。
「今から私が話すことは真実だよ。信じるか信じないかはウィリアム次第だけど、本当に真実さ・・・」
「真実?」
ベルローザは淡々と語り始めた。
「ウィリアム、お前は皇帝の座に就くまでに兄のフレイドをはじめとして幾人もの政敵を始末してきた。そうだね?」
「・・・そうです。今となってみれば、何故あのような手段を講じたのか分かりませんが、フレイド兄さん達を死の淵にまで追い詰めた事実に変わりはありません。公にならないことではありますが、私はその行い、自分の手を汚した事実から逃れるつもりはありません」
ウィリアムの言葉を聞いたベルローザは薄い笑みを浮かべる。
「ウィリアム、お前はエザリア姉様に惑わされ、操られ、踊らされていたんだよ」
「えっ?・・・なんですって?いや、そんなことはありえない・・・」
そのようなことを突然言われても俄には受け入れがたい。
「エザリア姉様の能力さ。対外的にはお前とエルラン兄様、エザリア姉様の3人の能力は『支配』だったね。支配の能力はそのカリスマ性を示し、人を従わせ、支配することができる。尤も、支配の能力といってもそれは名ばかりで、せいぜい人を惹きつける程度の能力さ。これは分かるね?」
「はい」
リムリア銀河帝国の帝位継承者が有する第3の目の能力は『予知』『読心』『支配』等と様々だ。
その中で特に皇帝に有用とされる能力が『支配』の能力だが、その実はせいぜい人を惹きつける程度の能力であり、真に人を従わせ、支配するのは人を統率するだけの能力と器量が必要で、それは並々ならぬ努力と才能によって手に入れる必要がある。
単に第3の目の能力だけで帝国皇帝など務まる筈がない。
「でもね、エザリア姉様の真の能力は正確には『支配』ではなく『魅了』なんだよ。対象を魅了し、惑わせ、正常な判断力を失わせて意のままに操る。そういう能力さ。『支配』と違って多数の対象には効果がないけど、個々に対しては、いざその正体が分からないまま狙われると抗うことは困難なものだよ」
ベルローザの言葉に愕然とするウィリアム。
「そんな・・・」
「エザリア姉さ、あの女エザリアはお前を誑し、皇帝の座につけることにより帝国の力を弱体化させ、真の目的である新国家樹立のために利用されたのさ。お前だけじゃない、エルランも魅了されて傀儡になっているよ。しかも、エルランの方があの女の魅了に深く嵌まっていて、魂の根幹まで握られているみたいだね」
真実と言われても信じがたいが、ウィリアムとしても思い当たる節がある。
エザリアがウィリアムの傍らにいた頃は帝国皇帝の玉座を手に入れるためにありとあらゆる宮廷工作を講じてきたのは揺るぎない事実だ。
しかし、そもそもウィリアムは帝国継承順位第3位の序列であったものの、以前のウィリアム自身は皇帝の座を欲してはいなかったのである。
自らがその器でないことを自覚し、自分の目の届く範囲での責任を持つ、小さな地方領の領主にでも納まる方が妥当だと考えている小心者であった。
しかし、先代皇帝が急死し、跡目争いが表面化した際にウィリアムを取り巻く情勢も一変したのである。
先代皇帝の死そのものが疑惑の残る突然死であったが、ウィリアム自身は何らの関与もしておらず、全くあずかり知らぬことで、2人の兄のどちらかが帝位に就くものだと思っていたのだが、そのウィリアムに姉のエザリアが接近してきたのである。
エザリア曰く、長兄のエルランは皇帝の地位に興味はあるものの、宇宙艦隊司令長官の職務があるので帝位をウィリアムに譲ろうと考えていた。
しかし、それを良しとしない次兄のフレイドがエルランとウィリアム両名を亡き者にしようとしているとのことだという。
その後はウィリアムが自らの身を守ろうと考える度にその周囲から脅威が消え去り、その結果、皇帝の玉座に座すことになった。
脅威が消え去る等と回りくどい表現を避ければ、そこに至るまでに幾人もの命が犠牲になったということだ。
無論、ウィリアム自身が手を下したわけではないし、命じたわけでもない。
しかし、それらの結果にはウィリアムの意図が反映されていることは事実であり、そこから目を逸らすつもりもない。
エザリアが離れてから日を追うごとに心を覆っていた霧のようなものが晴れて、皇帝としての自覚が芽生えてきた。
その全てがエザリアの掌で転がされていた結果だというが、ベルローザの説明を聞けば聞くほど合点がいく。
無論、ベルローザまでもがウィリアムを陥れようとしている可能性もあるが、現実を直視することができる今のウィリアムはベルローザの企みでないと確信する。
そして、確信と共に途轍もない不安が湧き上がってきた。
「私は一体どうしたら・・・」
陰謀のために作られた皇帝。
しかも、簡単にはその玉座から降りるわけにはいかないのだ。
「どうしたらいい?そんなことは自分で考えるんだね。お前の立場なんて私には興味のないことさ。進むか、引くか、誰のために動くのか、自分で判断するのが上に立つ者の責任だよ」
ウィリアムは改めてベルローザを見た。
ベルローザもウィリアムをじっと見据えている。
「姉さんは何を企んで・・・いや、望んでいるのですか?」
ウィリアムの問いにベルローザは冷たい笑みを浮かべる。
「お前はこれ以上の混乱を望まないと言うけどね、私が望むのはその混乱そのものさ。ウィリアム、勘違いするんじゃないよ。お前のことを守るって言った私の言葉に嘘はないけどね、私の本質はエザリアと同じ、混乱を楽しみ、多くの者を巻き込み、他者の命を何とも思っていない異常者だよ。なんだかんだいって、私とエザリアは瓜二つ、揃って異常者の姉妹なんだよ。まあ、お前を守るということは嘘ではないし、それが結果として帝国を守ることになるけど、面白味が無くなったら混乱を求めて直ぐにどこかに行っちまうからね。お前もリムリア銀河帝国の皇帝ならば私のような異常者でも使いこなしてみせな!」
悪びれる様子もなくそう話すベルローザを見るウィリアムの瞳には迷いの色は無かった。




