純粋な悪女
「ベルローザ姉さ・・・黒薔薇艦隊が向かっている?直ぐに迎撃しろ!」
報告を受けたウィリアムは画面の向こう側にいる秘書官に下命するが、秘書官は困惑した表情だ。
「それが、黒薔薇艦隊は友軍信号を発信しておりまして、敵対の姿勢を見せていません」
「バカを言うな!黒薔薇艦隊はエルラン兄様、いや国賊エルランとエザリア姉様と共に我が帝国を裏切ったのだぞ。それに、艦隊を指揮しているのはあのベルローザ姉様だ、惑わされるな」
ウィリアムの言葉を聞いてなお、秘書官は表情を変えない。
『これをご覧ください』
秘書官から送られてきたのは現場の映像と周辺の航路のデータ。
「・・・これは!」
モニターに映し出されたのは確かに黒薔薇艦隊だが、その大半、200隻程の艦隊は境界付近の宙域に展開したまま機関停止しており、旗艦ブラック・ローズだけが艦隊を離れて帝都コロニーに向かって悠々と進んでいる。
「ブラック・ローズだけ?姉様は何を考えているんだ?」
呟くウィリアムだが、ベルローザの考えなど理解できる筈はない。
かつては帝位継承権を持ち、黒薔薇艦隊の司令官を務めていたベルローザだが、数年前に帝位継承権も艦隊司令官の職も投げ出し、忽然と姿を消した。
その後、周辺国の領域や国際宙域においてベルベットなる宇宙海賊が台頭し、悪行の限りを尽くしてきた。
帝国情報部の調査でそのベルベットなる宇宙海賊がベルローザと同一人物の可能性があるという情報を掴んだが、その時点で宮廷からの命により調査が打ち切られ、その情報そのものが帝国の特級極秘事項に指定された経緯がある。
ベルベットがベルローザと同一だと特定してはいけないという判断によるものだ。
その後、ダムラ星団公国侵攻作戦の最中にエザリアの手引きで帰還して再び黒薔薇艦隊の司令官に就いたベルローザだが、あっさりと帝国を裏切り、エザリアと共に黒薔薇艦隊ごと神聖リムリア帝国へと走った。
そのベルローザがこちらに向かっている。
理解しろという方が無理な話だ。
『現在、ブラック・ローズには帝国騎士団重陸戦隊が乗り込んでいますが、艦隊司令官ベルローザ様を含め、乗組員は抵抗の姿勢を見せておりません。ベルローザ様お1人で陛下にお目通り願いたいとのことです』
ウィリアムは歯噛みする。
仮に拒絶したとしても、それこそがベルローザの狙いなのかもしれないのだ。
ベルローザが何を企んでいるのかは分からないが、受け入れるしかない。
「分かった。こちらに案内せよ。くれぐれも失礼のないように」
『承知しました』
ウィリアムの命を狙っての企みかもしれないが、リムリア銀河帝国皇帝として逃げ隠れするわけにはいかないのだ。
帝都コロニーにブラック・ローズが到着するまでには数日を要する。
ウィリアムはそれまでの間に残された公務を片付けることにした。
正直、不安はあるが、どのような結果になろうとも、公務を滞らせて政治を混乱させてはいけない。
それが帝国臣民を守るためだ。
「久しぶりだねぇ、ウィリアム。いや、皇帝陛下とお呼びした方がいいのかねぇ」
突然の報から5日後、ベルローザは本当にたった1人でウィリアムの執務室にやってきた。
護衛も無く、近衛兵に囲まれていてもまるで気にする様子もなく、リムリア銀河帝国皇帝であるウィリアムを前に膝を屈する様子すらない。
「一体何の用ですか?ベルローザ姉さん」
「何の用だはご挨拶だね。姉が可愛い弟に会いに来るのに理由が必要なのかい?」
飄々と話すベルローザ。
見れば帝国貴族の象徴であるサーベルすら携えていない。
全くの丸腰のようだ。
「今の私達には理由が必要です。今の姉さんは帝国を裏切った反逆者なのですからね」
ウィリアムの言葉にベルローザは声を上げて笑う。
「裏切り?アハハハッ、そうか、そうだったねえ。そう見られても仕方ないね。何も気にしていなかったから、気付かなかったよ」
全く悪びれる様子もないベルローザに違和感を感じるも、とにかく話を聞いてみなければ始まらない。
ウィリアムは覚悟を決めた。
「近衛兵、下がれ。姉と2人で話がしたい」
ウィリアムの言葉に近衛兵達が驚きの声を上げる。
「陛下をお1人にするわけにはいきません。陛下の身に万が一のことがあれば・・」
「構わん。私の勅命だ、何があろうともお前達に責が及ぶことはない。それに、優秀なお前達だ、この部屋の外からでも十分に私の身を守れるはずだ。・・・命令だ、退室せよ!」
皇帝の勅命とあらば従わないわけにはいかず、近衛兵達は執務室から退室していった。
「なかなか度胸が座っているじゃないかい?」
「姉弟喧嘩に彼等を巻き込むわけにはいきません。それに、姉さんが何かを企んでいるならば彼等では止められない。余計な犠牲を増やしたくないだけですよ」
「立派な皇帝様じゃないか」
「今更ながら自分の立場を自覚したまでです」
その言葉を聞いたベルローザは額の第3の目を開いてウィリアムを見据えた。
「・・・なるほど。呪縛から解き放たれつつあるようだね」
「どういうことですか?」
ウィリアムの問いにベルローザは肩を竦める。
「大したことではないさ。それよりも本題だ。私がここに来たのは他でもない。私はお前を守るために戻ってきたんだよ。言っただろう?艦隊司令官として好きにさせてもらう代わりにお前を守ってやるって」
「その言葉を信じるには無理がありませんか?姉さんはこの帝国を裏切った反逆者に加担したんですよ?」
「そんなこと、大したことじゃないよ。それに私は帝国を裏切ったつもりはないよ。命を救ってくれたエザリア姉様への義理を果たしただけさ。私は神聖リムリア帝国になんて興味はないし、そもそもあんなのが長続きするわけないだろう?現にアクネリアとの戦いで敗北寸前だ。私としては姉様への義理は果たしたし、最後まで付き合うつもりはないよ」
「形勢不利と見越してエザリア姉様達をも裏切ると?」
「人聞きが悪いけど、そうかもしれないねぇ。ただ、私は私のやりたいようにやるだけさ。それに、今のお前に選択肢があると思うかい?別にいいじゃないか、私を信じられないなら信じなきゃいい。何時裏切られてもいいように備えて、その時まで私を利用すればいいじゃないか。今のお前にはそれができるだけの器量があるし、損な取引でもないだろう?」
ベルローザは掴みどころがない純粋な悪女と言っていいだろう。
ただ、ウィリアムはベルローザの申し出を受け入れる他に選択肢はなかった。




