分岐点
「ナイトメアが敵旗艦を撃沈した模様。当初の予定どおりナイトメアは戦線離脱した筈です」
作戦管制オペレーターの報告にアレンバルは頷く。
レーダー等の機器を再起動したとはいえ、ステルス艦であるナイトメアを捕捉することは難しい。
ナイトメアが予め定められた手順で作戦を遂行したものとして判断するしかない。
「よろしい。制宙権の確保はどうなっていますか?」
「ジャミングの影響で敵艦隊が艦載機を発進させることができないらしく、制宙権の確保に成功。М19艦隊も既に突入を開始しています」
「前衛艦隊もジャミングを受けて混乱している筈です。予想外の反撃等、不測の事態に備えておきなさい」
「了解しました。指示を徹底させます」
今のところ敵艦隊からの反撃らしい反撃はない。
作戦は極めて順調に進んでいるが、だからこそあらゆる事態に備えることは当然だ。
【強襲揚陸艦バイソン】
М19艦隊の強襲揚陸艦バイソンは艦隊の先陣を切って敵の前衛艦隊に向かっていた。
М19艦隊に与えられた任務は、敵の盾であり、特攻、自爆艦隊でもある旧ダムラ星団公国の艦船に強行接舷し、海兵隊と工兵隊を突入させて自爆装置を無力化すると共に艦と兵を保護し、安全圏まで退避させることだ。
そのバイソンのブリッジでは艦長のボッシュ少佐が無言のまま紅茶を飲んでいた。
そんな艦長の様子を見たクルー達が声を潜める。
「・・ねえ、艦長だけど、何だか機嫌悪くない?」
通信担当の女性下士官に隣の席の航行管制担当の下士官が答える。
「確かに機嫌悪いぞ。俺達には何も言わないし、指揮も普段どおりだから問題ないけど、あれは間違いなく機嫌悪い。原因はあれだよ、先の作戦で僚艦のバッファローが沈んだだろ?そしたら、直ぐに新しい強襲揚陸艦が配備されてハイネン少佐以下、バッファローのクルーがそのまま配属された。しかも、その艦が最新鋭強襲揚陸艦の『パイア』ときたら、艦長も面白くないだろうさ」
「あっ、そういうことか」
バイソンに並んで進むのはバッファローに継いでバイソンの僚艦となったパイア。
ロールアウトしたばかりの最新鋭の強襲揚陸艦だ。
「私はそんなことでは機嫌を損ねたりはしませんよ」
突然会話に割って入ってきたボッシュに2人の下士官は背筋を伸ばす。
「「はっ!申し訳ありません!」」
作戦行動中のくだらない雑談を聞かれた2人は緊張するが、それこそボッシュ少佐はその程度のことで叱責したりはしない。
「私はこのバイソンがとても好きですからね。最新鋭だろうと、他の艦に目移りするようなことはありません。私が気に入らないのはパイアを与えられたハイネン少佐が少し図に乗っていて、私にマウントを取ろうとしてくることです。まあ、私は大人ですからね、いちいち相手になんかしていませんが・・・」
そう言って香りを楽しみながら優雅に紅茶を飲むボッシュ少佐。
「・・・それって、同じことじゃない?」
「俺もそう思う」
より一層声を潜める2人。
「ですから、聞こえていますよ」
「「はっ、すみませんっ!」」
【旗艦アストライアー】
「М19艦隊突入しました。合わせて第9艦隊が敵の前衛艦隊と本隊の間に割り込みました。敵艦隊の完全分断に成功しました」
敵艦隊は未だにまともな反撃を開始していない。
戦況は一方的な展開になってきた。
ここまでくれば作戦は大成功だ。
「我が艦隊も前進。敵本隊に総攻撃を開始します。降伏する敵艦は拿捕し、乗組員を捕虜にしますが、抵抗する艦や逃走を図る敵艦は全て撃沈しなさい。敵に情報を持ち帰らせてはいけません」
夢魔作戦の初戦は大成功だが、作戦はまだ続くので、この情報が帝国に伝わることは防がなければならない。
アクネリア艦隊はこの戦いを転換点とし、この戦争を終結にまで持ち込む算段だ。
【戦闘宙域外の小惑星帯の中】
「電子戦能力を有する特務艦による撹乱を主軸とした作戦ですね。しかも、従来のジャミングとは全く違うシステムで、今のところ我が軍には対抗手段がありません。あれでは盾艦隊が役に立たないどころか、友軍艦隊も成す術がありませんね」
小惑星帯に潜んでこの一戦を観察していた艦のブリッジでザックバーン准将は感想を述べる。
「これは負け筋が見えてきたねぇ。エルラン兄様もエザリア姉様に焚き付けられて神聖リムリア帝国なんて大層なもんを立ち上げたけど、超短命の国家として歴史に名を残すことになりそうだねぇ」
艦長席でまるで些末なことのように語る黒薔薇艦隊司令官ベルローザ。
「多少なりとも情報を入手しましたので、この情報を持ち帰れば対策のしようもありますが?」
ザックバーンの言葉にベルローザはつまらなそうに首を振る。
「必要ないよ。エルラン兄様からもエザリア姉様からもそんな命令を受けていないからね。命令されていないことをわざわざ伝える義理もないしね。私はこの戦いが面白そうだから見物に来ただけさ」
「左様ですか。で、見物した感想は如何でしたか?」
「思っていたより面白かったねぇ。あの男も元気そうで何よりだよ。・・・さて、私達もこんな所で時間潰しをしている程暇じゃないからねぇ。艦隊と合流して予定どおりに動くよ」
「了解しました」
小惑星帯に潜んでいた黒薔薇艦隊旗艦ブラック・ローズは反転すると黒薔薇艦隊が待機する宙域へと離脱していった。
「さあ、忙しくなるよ・・・」




