夢魔作戦
「第2、第9艦隊各艦、配置につきました。M19艦隊も所定の宙域にて待機しています」
副官の報告にアストライアーの指揮席に座るアレンバル大将は頷く。
「よろしい。敵艦隊の状況は?」
「はい、神聖リムリア帝国軍艦隊約500隻、その前方に旧ダムラ星団公国の艦船約200隻が展開しています」
「なかなかの戦力ですが、この会戦に勝利すれば情勢は一気に我々に傾きます。ここまでは想像以上に手こずりましたが、いい加減に私も遠征任務に疲れました。早々に決着をつけて帰還して家内の作った食事を味わいたいものです。・・・ああ、それに最近娘がお菓子作りに目覚めましてね、普段は私にはくれないのですが『今度帰ってきたらクッキーを焼いてあげる』って言いましたので、今から楽しみですよ」
「提督、それは非常に危険な発言ですね。慎まれた方がよろしいかと」
呆れ顔の副官の警告にアレンバルは笑う。
「アクネリア連邦宇宙軍非公式軍規ですね。私が士官学校を卒業した時には既に確立されていた伝統ある軍規ですよ。でも、私の『家内の食事が楽しみ』というジンクスもなかなかのものですよ。なにせそれが叶わなかったことはただの1度もありませんからね」
(そりゃ、1度でもあれば提督はここに存在しませんからね・・・)
副官は心の中で呟いた。
旗艦のブリッジでクルー達を前に気の抜けた会話をしていたアレンバルだが、敵艦隊との距離が接近するにつれ、その表情は引き締まる。
「間もなく戦艦の主砲の有効射程距離に入ります。母艦機能を持つ各艦、艦載機の出撃準備完了です。交戦距離まで後8分」
アレンバルは頷く。
「よろしい!艦隊はそのまま前進。各艦、砲撃戦用意。第1撃を加えた後に戦闘艇は発艦して制宙権を確保し、M19艦隊の突入を支援!最後に、艦隊各艦に厳達!本作戦の基本的行動を厳守すること!」
アレンバルは時間を確認する。
「所定の時間まであと10、9、8・・・・3・」
アレンバルは指揮席から立ち上がった。
「夢魔作戦開始!全艦そのままの進路と速度を維持しつつ、息を止めて目を塞げ!」
アレンバルの指令で艦隊全ての艦艇が通信やレーダーを含めた全ての電子機器をシャットダウンした。
対戦レーダーのみならず航行用レーダーも遮断し、ブリッジのモニターの大半がブラックアウトする。
これから5分間、前進を続ける艦隊は目隠しで耳と口を塞がれた状態となり、その間に敵が攻撃してくれば一方的に攻撃に曝されてしまうが、作戦遂行上、絶対に必要な措置だ。
【神聖リムリア帝国艦隊】
神聖リムリア帝国宇宙軍第3艦隊は神聖リムリア帝国前線部隊の基幹艦隊である。
帝国の主力艦隊は第1艦隊であるが、第1艦隊は皇帝を守る近衛艦隊を兼ねているので最前線に出ることは殆どない。
次いで第2艦隊は精強ではあるものの所属艦艇数も少ない臨時編成艦隊なので、必然的に第3艦隊が最前線の主力艦隊の役割を担うことになる。
第3艦隊の旗艦ファイアバードのブリッジでは艦隊司令官であるライオネル中将が開戦に向け、モニターに映る敵艦隊の動きを注視していた。
第3艦隊の前方には旧ダムラ星団公国の『盾艦隊』が展開している。
帝国貴族として、帝国軍人として実力をもって中将まで昇進し、艦隊司令官にまでのし上がったライオネルはこの盾艦隊を運用しての戦法をよしとしていない。
帝国貴族としての誇りがこのような非人道的な行為を許せないのだが、皇帝の勅命であり、帝国軍人として『結果が全て』の精神をもって自分の個人的感情を押し殺していた。
「敵艦隊に異変!敵の反応が弱くなっています!」
オペレーターが報告するが、確かにレーダーでは敵艦隊を捕捉しているものの、その反応が鈍くなっている。
「原因を究明しろ」
「はっ!・・・敵艦隊が通信封鎖、各種探知機能を切ったことが原因と推定します」
通信は艦隊運用に必要不可欠であるが、それよりも重要なのはレーダー等の探知機能だ。
宇宙船は戦闘に限らず、通常航行にもあらゆる周波のレーダー等の探知機能を使用しており、それは宇宙船にとって目であり、耳でもある。
敵艦隊は開戦の直前にそれを切った。
これは自殺行為に等しい。
「何を考えている・・・。艦隊各艦、あらゆる事態に備えて警戒を厳にせよ!」
敵がこのように無謀ともいえる戦法を採ることには必ず理由がある。
単にこちらの目を惑わせるだけが目的ではない筈だ。
「接敵まで5分。敵の様子を見ますか?」
参謀長の進言にライオネルは頷く。
「伏兵が潜んでいるかもしれん。各艦、レーダー出力最大。周辺宙域を探れ!」
慎重で堅実な性格のライオネルだが、この時は致命的な過ちを犯してしまう。
「了解!・・・・・発見しました!艦隊右舷方向から所属不明艦が急速接近!反応微弱、ステルス艦と思われます」
「右翼部隊に通達。直ちに・・」
『・・・キイィィィッ!』
その時、ブリッジのスピーカーというスピーカーから甲高い、けたたましい音が響き渡り、ライオネルの声をかき消した。
その凄まじい音にヘッドセットを装着していたクルー達は堪らずにヘッドセットを剥ぎ取って投げ捨てた程だ。
「何が起こった!ジャミングか?直ぐに確認しろ」
ライオネルが叫ぶが、全ては手遅れだった。
艦隊の右舷方向から突入してきた所属不明艦からのジャミングにより、その影響を受けた全ての艦の通信、レーダー等の機器が破壊されたのである。
突入してきたのはナイトメア。
夢魔作戦が始まった。




