前線に向かって舵を切れ
「システムチェック。オールグリーン。気密扉解放、船台が移動します」
「了解。出航シークエンスクリア」
ヤタガラス改めナイトメアを載せた船台が移動し、各所に接続されたケーブルが切り離される。
「船台停止、船台ロック解除。出航許可が下りました」
シンノスケはスラスターを噴射させてナイトメアを浮き上がらせた。
「ナイトメア出航。出力30パーセント、微速前進。ドックから離れた後に出力50パーセント。作戦宙域に進路を取る」
シンノスケはスロットルを押込んだ。
ナイトメアが出航した後、カシムラ商会の全クルーと自由商船組合の担当者リナとイリスの個人端末に通知が入った。
その内容は
『シンノスケとマークスが軍務に就き、ヤタガラスで出征すること』
『軍役に就くことに伴い、シンノスケとマークスは自由商人としての登録が一時抹消されること』
『シンノスケ不在の間の商会の業務はミリーナを中心に行うこと』
だ。
「えっ?・・・シンノスケさんが?」
端末を見たセイラは商会のドックの中をシンノスケを探し回るが、どこにもシンノスケとマークスの姿が無い。
唯一、商会の事務所の机の上にシンノスケの艦長服が置かれているだけだ。
慌ててシンノスケの個人端末に連絡を入れるも、通信は遮断されている。
商会の中ではシンノスケとマークスとの付き合いが1番長く、組合職員のリナと比べても知り合ったのはリナよりも後だが、一緒にいた時間はリナよりも、他の誰よりも長いセイラ。
シンノスケのことを一番に理解しているのは自分だ(と思っている)。
セイラは心のざわつきをぐっと押し込めた。
(この仕事では私達が希望してもシンノスケさんは絶対に私達を連れて行かない。だったら私はシンノスケさん達を信じて待つんだ)
一端の船乗りに成長したセイラの目に涙はない。
同じく端末に届いた通知を確認したリナはカシムラ商会から借りている宿舎を飛び出し、自由商船組合に向かった。
あまりにも急な事態でリナも混乱しているが、シンノスケとマークスを守るために何かできるかもしれない。
組合に到着したリナは自席の端末を起動するとシンノスケ達の情報を呼び出した。
「本当にシンノスケさんとマークスさんの情報が一時抹消されている・・・」
確かにシンノスケ達の在籍歴は残っているが、自由商人としての資格が抹消されており、2人の実績等のデータがロックされている。
個人の情報が確認できないならそこに至る経過を確認するまでだ。
カシムラ商会担当者の権限を駆使して宇宙軍から自由商船組合に通達された情報を精査する。
「・・・これだけ?」
シンノスケが軍務に就くことになった経緯は単に予備役招集として軍役に就くということだけしか記録されていない。
その他には万が一シンノスケ達が戦死した時の補償に関することのみだ。
しかも、その補償の手厚さがシンノスケ達が危険な任務に就いていることを示している。
しかし、その手続きに瑕疵は無く、いかに優秀な組合職員であるリナといえども付け入る隙がない。
「これじゃあ私にできることは待つことだけ・・・。大丈夫、待つことには慣れている。そんなのいつものことじゃない!私はシンノスケさんがちゃんと帰ってくることを知っているもの」
一緒に行くことはなくともリナはシンノスケの一番の理解者だ(と思っている)。
出航したナイトメアは中央コロニーの管制宙域を抜けようとしていた。
「そろそろ皆に通知が行ったころだろうな。・・・ところでマークス、お前何か不機嫌じゃないか?」
シンノスケの問いにマークスは表情を変えずに答える。
「不機嫌というより釈然としない、という感覚です」
「何故だ?」
「皆さんに通知が行ったところでセイラさんやリナさん達の気持ちはマスターにばかり向けられることは容易に予測できます。無論、私のことも心配してくれるでしょうが・・・」
「なんだそれ。お前と俺は相棒で、一蓮托生だ。それでいいじゃないか」
「マスターのついでみたいで、何か釈然としません」
「そんなのどうでもいいわ!っと、くだらないこと言っている間に管制宙域を抜けたぞ」
「了解、作戦指令書を開封します」
マークスは1台の小型端末をシンノスケに差し出した。
端末とは名ばかりの宇宙軍内部のネットワークはおろか、あらゆるネットワークに接続することが不可能な、情報が記録されているだけの単純な端末だ。
今回、極秘任務を帯びて出航したナイトメアだが、表向きは第2艦隊の旗艦戦隊に合流して旗艦の護衛任務に就くことになっており、この命令は公式なものとして記録される。
しかし、実際の任務は全く別であり、本来の任務はこの端末にのみ記録されているものだ。
シンノスケは端末を起動するとパスワードを打ち込んで作戦の詳細を確認する。
「・・・なるほどな。これは厄介なもんだ」
内容を確認したシンノスケはマークスに端末を手渡した。
「これは、どうやら安請け合いしてしまったようですね」
「まったくだよ。しかも、初っ端から戦死する可能性があるのに、次々と任務が控えている。アレンバル大将直々の作戦命令だが、大将閣下は無理をさせ、無理をするなと、無理を言うところは士官学校の頃から変わらないな」
シンノスケは肩を竦めながら笑うと戦場に向けて舵を切った。
本日、本作を原作としたコミカライズ作品がコミックポルカ様にて公開、連載開始となります。
よかったらのぞいてみてください。




