惜別の出航
シンノスケとマークスが旅立つ時が来た。
前日のうちに皆には点検が終わったヤタガラスを受領しに行くとだけ告げてある。
「じゃあ行くか」
「了解しました」
まだ夜中といえる時間帯、商会の皆やリナ達はドック内の宿舎で休んでいる時間であり、2人を見送る者はいない。
私服姿のシンノスケとマークスは静まり返ったドックを見渡し、フブキとホーリーベルを見上げる。
「前にも2人で船を見上げて感慨にふけったことがあったな」
「そうですね」
「ケルベロス1隻から始まって、ケルベロスを失い、フブキ、ツキカゲ、ヤタガラスを手に入れた。ツキカゲを失って、ホーリーベル。短い間だったが、楽しかったし、俺達なりに頑張ったもんだな」
「そうですね、我々にしては上出来だったのではありませんか?」
「そうだな。・・・皆、怒るよな」
「当然ですね」
軍事機密でもあるのでシンノスケとマークスが軍務に就くことは皆に伝えていない。
しかし、何も伝えずに旅立てば、あらぬ誤解を招き、事故に遭遇した可能性があるとして沿岸警備隊に行方不明届けを出されてしまうかもしれない。
そこで、ヤタガラスが出航した後に宇宙軍経由で関係者にだけ事情説明の通知が送信されることになっている。
「まあ、後のことを心配しても仕方ないな」
「そうですね、その時がきたら柔軟に対応すればいいだけです」
「違いない」
シンノスケは頷くとマークスと共にドックを出て歩き出す。
まだ昼間照明が起動しておらず、周囲は薄暗いが、サイコウジ・インダストリーまでは歩いても30分程だ。
出航時間までは余裕があるのでのんびり歩いていくことにする。
人通りもない道を歩くシンノスケとマークスの前に立つ人影。
「何処に行きますの?2人共」
ミリーナだ。
額の赤い瞳が光っている。
「・・・まいったな」
肩を竦めるシンノスケにツカツカと歩み寄るミリーナ。
その表情は今までに見たことがない程に厳しく、そして悲しげだ。
「何処に行きますの?シンノスケ様っ!」
シンノスケの目の前に立つミリーナ。
「いや、サイコウジ・インダストリーにヤタガラスの受け取りだよ。話しただろう?」
「それは嘘ではないでしょうけど、その後のことですわ!」
ミリーナの額の目は全てを見透かしているかのようだ。
「ミリーナは誤魔化せないか・・・」
「私の能力は予知と読心。前にも話しましたわよね?予知の能力は単純な知識と経験の積み重ねであると。読心も同じですのよ。心を読む相手との経験と絆、そして想い。それらを集約して相手の心を予測するだけ。・・・シンノスケ様。貴方、帰らずの覚悟を決めていますわね」
シンノスケは首を振る。
「少し違うな。軍機だから詳しくは話せないが、帰らずの覚悟ではなく、決死の覚悟をというところかな」
「軍機・・・軍隊に戻るつもりですの?」
「まあ、一時的にだけどな」
「私達を連れて行ってはくれませんの?」
案の定だ。
ミリーナやセイラに知られれば必ずついてこようとする。
だが既に手筈は整っており、もう遅い。
「無理だ。俺とマークスは軍人として、これから行くのも軍事作戦のためだ。民間人を連れて行くわけにはいかない」
狡いやり方だが、逆らうことは不可能だ。
シンノスケの言葉を聞いたミリーナの瞳に涙が浮かぶ。
これはこれで狡い。
しかし、ミリーナは涙を零すようなことはしない。
ぐっとこらえてシンノスケを見据える。
「帰ってきますのね?」
「決死の覚悟でも死ぬつもりはない。生きて帰るために最大限、あらゆる手段を講じるつもりだ」
ミリーナは大きく深呼吸して一歩踏み出し、シンノスケの目の前まで近づくと僅かに背伸びする。
そして、シンノスケの頬に軽く唇を当てた。
「・・・本来なら口づけを、といったところですけど、これ以上の抜け駆けは止めておきますわ。続きは帰ってきてから。シンノスケ様、3人分ですのよ。覚悟して帰ってきてくださいましね」
薄い笑みを浮かべるミリーナ。
シンノスケは頷くとミリーナの横を抜けて歩き出す。
「それでは行って・・・行く。後のことは任せた」
シンノスケは振り返らない。
そして、旅立つシンノスケとマークスの背中を見つめるミリーナ。
「『行ってくる』でなく『行く』・・・本当に嘘がつけませんのね」
ミリーナは2人の姿が見えなくなるまで見届ける。
もう涙を堪えてはいなかった。
サイコウジ・インダストリーに到着したシンノスケとマークスは予め用意されていた制服に着替える。
護衛艦乗りのものではない、アクネリア連邦宇宙軍の制服だ。
マークスは戦闘服を着用する。
作戦開始の最終確認のために立ち会いに来たクルーズ中佐がシンノスケに少佐、マークスに特務曹長の階級章を手渡す。
「0415時をもってシンノスケ・カシムラ少佐、マークス特務曹長の就任を確認。同刻、両名は第2艦隊隷下の特務艦所属とします」
中佐が作戦参謀の辞令を代読、下命する。
「「拝命します」」
シンノスケとマークスは直立、敬礼で復命した。
この時点で宇宙軍経由で自由商船組合に通達が発せられ、シンノスケとマークスの自由商人の資格も一時抹消される。
「カシムラ少佐、マークス特務曹長の就任に伴い、護衛艦ヤタガラスの船籍を一時抹消、改めて電子戦特化型の巡航艦として就役させ、同艦をナイトメアと命名する」
ヤタガラスについても護衛艦船籍のまま作戦参加させるわけにもいかないので、シンノスケ達同様、一時的に船籍を抹消して宇宙軍所属の艦艇となり、艦名もナイトメアと改められた。
以前のヤタガラスは駆逐艦同様の装備だったが、レドームの換装と電子戦システムの更新に加えて武装も強化されている。
具体的には主砲の出力強化と、レーザーガトリング砲とミサイルランチャーが増設された。
「さて、早速出航するか」
「了解しました」
シンノスケとマークスはクルーズ中佐に敬礼する。
「特務艦ナイトメア、これより作戦任務に就きます」
「了解しました。貴方がたの武運と無事の帰還を祈ります」
クルーズ中佐とハンクスをはじめとしたサイコウジ・インダストリーの社員達に見送られ、シンノスケとマークスはナイトメアに乗艦した。
いよいよ出航だ。




