運命の渦
その連絡が来たのは休暇も終わろうという、ある日のことだった。
商会の端末でなく、個人携帯端末に届いた通知を見たシンノスケの表情が険しくなる。
「・・・・」
内容を確認したシンノスケはため息をつくと立ち上がった。
幸いにしてミリーナが試験から戻るのは明後日の予定だし、セイラや他のクルーも外出中。
都合のいいことに、残っているのはマークスだけだ。
出頭要請を受けたが、1人で来いとは書かれていない。
「マークス、ちょっと付き合ってくれ」
「・・・分かりました」
シンノスケに端末を見せられたマークスも立ち上がり、シンノスケの後に続く。
ドックを出て、目的地に向かって歩けば、直ぐ先の道に出迎えが来ていた。
「別に迎えに来なくても逃げやしませんよ、中佐」
待っていたのは宇宙軍情報部のセリカ・クルーズ中佐。
珍しく宇宙軍の制服で、宇宙軍の公用車で来ている。
「逃げるとかではなく、純粋に迎えに来ただけです、カシムラ元大尉」
中佐の姿と言葉にシンノスケの表情がさらに険しくなった。
「今回は情報部としての用件ではないと?」
「はい。今回の件は私達情報部は全くの無関係です。私がお迎えに来たのも、元大尉と幾ばくかの関わり合いがあるので、まあ迎え位は引き受けよう、という程度です」
この時点で中佐が嘘を言う状況ではないから彼女のいうとおり、今回は本当に情報部は絡んでいないのだろう。
目的地である第2艦隊司令部までの道すがら、中佐は雑談には応じるものの、出頭要請の内容については知っているだろうに一切話すことは無かった。
そして、到着したシンノスケとマークスが通されたのは第2艦隊作戦司令部内にある会議室であり、2人を出迎えたのは宇宙軍第2艦隊後方作戦参謀と人事部長と複数の幹部達だ。
そして、どういうわけかサイコウジ・インダストリーの第1営業課長のハンクスが同席している。
「急に呼び立てて申し訳ありません、カシムラ元大尉」
既に退役しているのでお歴々に敬礼をする必要もないのだが、大人の対応として、船乗りとしての礼儀として敬礼するシンノスケ。
席を勧められ、シンノスケが座る(マークスにも勧められたが、シンノスケの背後に立っている)と後方作戦参謀が口を開いた。
「実は、カシムラ元大尉にお願いがあって来ていただいたのです。もちろん、無理にとはいいませんが、現在進行中のダムラ星団公国解放作戦のためにご協力をお願いしたいのです」
少将の肩章をつけた参謀は柔和な表情で話し始める。
無理にとは言わないと言っておきながら、実際に聞いてみれば無理なお願いだった。
要するに、膠着した戦線を打開するためにヤタガラスを投入したいということだ。
確かにヤタガラスは電子戦特化型の艦だが、宇宙軍にも電子戦部隊はあるし、装備も整っている。
それなのに、何故ヤタガラスが必要なのかというと、ヤタガラスがサイコウジ・インダストリーの技術の粋を集めた実験艦だったということだ。
所謂、新兵器の実験艦として従来の電子戦兵器の特性や周波を外れた機能を装備したヤタガラスで戦況の打開を図るということらしい。
そのためにヤタガラスの性能向上の準備も進められているということだ。
勿論、現在のヤタガラスはシンノスケの個人所有艦なので、如何に軍からの要請とはいえサイコウジ・インダストリーもシンノスケの承諾なしにヤタガラスに手を加えるようなことはしない。
そのためにハンクスが同席しているのだろう。
その上でシンノスケには3つの選択肢が示された。
1つは、ヤタガラスを宇宙軍に有償で貸与して、宇宙軍が運用すること。
但し、この場合は宇宙軍が戦況の打開を急いでいることもあり、臨時に配属された隊員は慣熟訓練もままならない中で実戦投入されるということだ。
2つ目は、シンノスケを予備役の立場としてヤタガラス艦長として、期間限定で臨時に宇宙軍に編入するということ。
そして3つ目は、シンノスケが正式に軍務に復役し、ヤタガラスを正規艦として実戦配備すること。
選択肢が示されているとはいえ、実質的にシンノスケに選択肢はない。
あまりにも理不尽ではあるが、軍隊というのはそういう側面がある。
時として、目的遂行のために手段を選ばないことはあるし、それは決して珍しいことではない。
軍隊にいたシンノスケはそういった軍隊の側面を理解している。
ひと通りの説明を聞いたシンノスケは即答を避け、改めて回答すると伝えて司令部を後にする。
クルーズ中佐が送っていくと申し出てくれたが、真っすぐ帰るつもりはないのでその申し出を断り、シンノスケとマークスは近くにあった公園に立ち寄った。
「・・・・」
ベンチに腰掛けて何やら考え込むシンノスケ。
「迷っているのですか?」
マークスの問いに首を振る。
「いや、迷ってはいない」
「そうですか」
「なあ、マークス」
「はい?」
シンノスケは正面に立つマークスを見た。
「俺と一緒に行ってくれるか?」
「・・・私は少しばかり憤りというものを感じています」
「?」
「何故、質問するのですか?マスターが私に言うべきは『ついてこい!』という命令ただ1つですよ」
「しかし・・・多分死ぬぞ。そんなことにお前を付き合わせるのもな・・・」
「それこそ今更ですよ。マスターは以前私に『冥府の底まで付き合ってもらう』と言っていたではありませんか」
シンノスケは薄い笑みを浮かべる。
「そんなこと言ったかな?忘れちまったよ」
「それに、マスター1人を死地に向かわせたなんてエミリア様に知られれば私は物理的にバラバラにされてしまいます。嫌ですよ、私はまだ死にたくありませんからね。マスターについていけば、エミリア様に解体されるよりは少なくとも1、2ヶ月は長生きできるでしょう」
シンノスケは笑いながら頷くと改めてマークスを見た。
「マークス、命令だ。俺と一緒に地獄に行くぞ!」
「了解しました!望むところです」
敬礼で答えるマークスはどこか嬉しそうであり、誇らしげに見えた。




