惑星軌道上の戦い
オリオンは沈んでしまったが、戦いはまだ終わっておらず、船団は危機に曝されたままだ。
大気圏降下を始め、無防備となった船は格好の標的になってしまう。
降下に入った船団を守るのはヤタガラス、フブキ、ファントム、ジャベリンの4隻。
対するは軌道防衛システムを突破してきた神聖リムリア帝国の駆逐艦隊19隻だ。
数の上では圧倒的に不利であるものの、経験豊かな船乗りが駆る護衛艦4隻ならどうとでも戦いようはある。
しかし、シンノスケ達の一番の任務は船団を守ることで、敵艦を撃沈することではない。
「ファントム、何としても食い止めるぞ!」
『了解!ここから先には行かせないわよ!』
「フブキとジャベリンは安全高度を維持。ジャベリンは降下地点を確保しつつ敵艦隊を牽制」
『了解』
「フブキは白薔薇艦隊を警戒。命中しなくてもいいから砲撃を加えて長距離砲撃を防げ。絶対に砲撃させるな!」
『了解、任せておいて』
いよいよ最終局面だ。
降下中の船団が敵艦隊の射程外にまで逃れる間だけ持ちこたえればいい。
しかし、その戦場は惑星モルダバイトの大気圏ギリギリの位置であり、その位置に陣取っているヤタガラスとファントムは一歩間違えれば重力に捕まり、引きずり込まれて燃え尽きてしまう。
そんな危険な位置でシンノスケとアイラは巧みに船を操りながら敵を危険地帯にまで誘い込む。
「シンノスケさん!これ以上高度が下がると危険です!」
「大丈夫。もう少し、問題ない」
セイラの報告を受けるまでもない。
シンノスケもアイラもその危険を分かった上で狙ってやっているのだ。
「間もなく船団が安全圏まで降下を完了しま・・・惑星から高エネルギー反応多数!警戒してください」
「了解っ!よし、後は大丈夫だ、ファントムとジャベリンは降下を開始してくれ」
『『了解!』』
ファントムとジャベリンの2隻が大気圏降下を開始すると同時に惑星表面から放たれた砲撃やミサイルが接近していた敵艦隊に襲い掛かる。
惑星の海洋部に展開していたモルダバイトに駐留するダムラ星団公国海軍の艦船からの攻撃だ。
海軍からの突き上げ攻撃に敵艦が次々と撃沈され、運良く攻撃を免れた艦も堪らずに後退を始める。
その間、ヤタガラスとフブキは白薔薇艦隊への牽制攻撃を続け、攻撃の機会を与えない。
とにかく、ホワイト・ローズに長距離砲撃をさせないことが大切だ。
「敵艦隊、後退中。あっ、白薔薇艦隊が反転、宙域を離れていきます。・・・レーダーに新たな反応18!識別信号確認、ダムラ星団公国第3艦隊所属の高速戦艦と巡航艦の艦隊。援軍です!」
現れたのはダムラ星団公国宇宙軍第3艦隊。
船団が発した救難信号を受信し、艦隊に所属する高速艦艇を選りすぐり、駆けつけてくれたようだ。
強力な新手の出現に神聖リムリア帝国の駆逐艦隊も戦意を喪失して撤退を始めた。
敵は逃げ出したものの、シンノスケ達としてはこれ以上戦う必要も、追撃する必要もないので、そのまま見逃すだけなのだが、モルダバイトの軌道防衛システムはシンノスケ達程に甘くはない。
そもそも軌道防衛システムは自動迎撃システムなので、すでにシステムから敵だと認識されていた敵艦は撤退の最中に背後からの迎撃を受けてさらなる損害を受けている。
「これでもう大丈夫だな」
シンノスケは一息つくとフブキと共に大気圏降下のシークエンスに入り、モルダバイトへと降下を開始した。
無事に大気圏内に降下し、目的の海上港に入港した船団。
今回の護衛任務では護衛対象の貨物船2隻と護衛艦1隻を失い、他に貨物船1隻が損傷した。
仕事の危険度を考慮すれば損害は最小限に抑えられたといえるし、護衛任務そのものも成功したと判断されるだろう。
シンノスケ自身、自由商人の護衛艦乗りになってから護衛対象に犠牲が生じたことは殆ど無く、今回の損害について思うところはあるが、それでも宇宙軍時代を含め、船乗りとしての長い経験があるので、冷静に現実を受け止めているし、ミリーナも気持ちの奥底には忸怩たる思いを秘めているのかもしれないが、シンノスケ同様に冷静さを保っている。
それができないのはセイラだ。
入港後の最終チェックが終了した途端に気持ちに歯止めが利かなくなり、急に泣き出してしまった。
「・・ううっ・・・すっ、すみません。取り乱しちゃダメなのに・・・ごめんなさい・・」
涙を止めようとするが、その気持ちだけでは如何ともしがたい。
そんなセイラの背中をミリーナが優しく撫でる。
「別に謝る必要もないし、我慢することもないぞ」
シンノスケもまた優しく声を掛けると、セイラは涙を流しながらもシンノスケを見上げた。
「でも・・でも私・・・ブラキオスやハンマーヘッドの人達も犠牲になったのに・・・もちろん、それぞれの乗組員さんのことを考えると悲しくて、悔しいんですけど・・・何よりオリオンの船長さんや皆さんのことの方ばかり考えて・・・こんな私は非道い子です・・・。それに一人前の船乗りならこんなことでメソメソしてはいけないのに・・・うぅ・・」
どうやらセイラの中で様々な感情が入り乱れて収拾がつかなくなっているようだ。
「考えてみればオリオンとは何度も仕事を共にしたことだし、セラも色々と教わっただろう?だから、セラの今の気持ちは何も変じゃないさ」
こんな時にはあれこれ言っても仕方ない。
今はそっとしておいた方がいいだろう。
そんなシンノスケの心境を理解したミリーナがシンノスケを見て頷く。
「あとは私に任せてくださいまし」
ミリーナに促されたシンノスケはブリッジを出て、艦を降りた。
すでに日が暮れて、さっきまでの激しい戦いが嘘のように美しい星空が広がっている。
シンノスケはしみじみと空を見上げた。
そこでふと思い至る。
「あぁ、もう300回か・・・」
感慨深げに呟くシンノスケの背後にマークスが立つ。
「300回、何の回数ですか?」
「ん?何だったかな?・・・そうだ、俺が船乗りとして航行に出た回数だ。短期航行から、長期航行まで、何度も何度も宇宙に出て、船乗りとして重ねてきた回数だな」
「・・・300という数を言いたくて無理やりこじつけていませんか?」
マークスの言葉にシンノスケは肩を竦めて笑う。
「本当だよ。ちゃんと俺の船員資格に記録されているよ。船乗りになってから300回、艦長資格を得てからは確か92回目だな」
「そうですか。随分と積み重ねてきたのですね」
「まあな。船乗りとしてどうにかここまでこれたが・・・これからいつまで続けられるんだろうな」
シンノスケは再び空を見上げた。




