査問委員会1
自由商船組合にて査問委員会が開かれることが決定し、その査問委員の1人としてシンノスケが招請された。
正直なところ、シンノスケは辞退したいと考えたのだが、余程のことがない限り招請を断ることはできないと規則に明記されていたので諦めて招請に応じることにする。
査問委員会開催の日、指定された時間に商船組合に顔を出したシンノスケは待ち受けていたリナによって別室に案内されて査問委員会が始まるまで待機するように説明を受けた。
「あら、もう1人選ばれたのは貴方だったの?」
待機室に入ったシンノスケに声を掛けてきたのは赤い艦長服を着た若い女性。
以前にもシンノスケに声を掛けてきたアイラ・1428Mだ。
「ああどうも。アイラ・1・・42・8Mさんでしたね」
「アイラでいいわよ。貴方達には私達の国の名前、ややこしいでしょ?アイラって呼んで貰った方が気楽だわ。・・・っていうか、一度会っただけでよく覚えていたわね」
「まあ、記憶力には少し自信がありますし・・・」
(アイラの年齢が気になって覚えていたとは言えない)
思わぬ再会だが、今回の査問委員会に招請されたもう1人の自由商人がアイラだった。
「貴方、確か新人だった筈だけど、C級の資格持ちだったのね。いきなりこんなのやらされて災難ね」
「まあ、断れないみたいですから」
「まあね。C級以上の資格を持っている護衛艦乗りは少ないから仕方ないわね」
アイラは笑いながら待機室に用意されていたコーヒーのボトルを投げて寄こす。
シンノスケは隣に置いてあった合成フルーツ茶の方がよかったが、わざわざ取り替える程でもない。
「いきなり招請されたんで、何をすればいいのかさっぱり分からないんですが、アイラさんは知ってますか?」
「ええ、別に難しくはないわ。査問委員会自体は組合幹部が進めるから査問の内容を聞いていて、最後に査問対象者の行動の適否を判断するだけよ。その後の処分等は組合が決めるわ」
アイラの説明によれば査問委員会で委員となった自由商人の役割は裁判の陪審員のような役割で、査問対象となった者の行動について適正かそうでないかを判断することらしい。
所謂裁判の有罪や無罪を決めるだけで、量刑までは判断しないということだ。
そんな説明を受けていると、査問委員会の開会時間となり、2人は会場となる商船組合の会議室へと案内された。
会場に入ってみると、正面が査問委員の席となっており、中央に査問委員長の商船組合幹部が座っている。
その他の査問委員は査問委員長の左右に位置するが、今回は委員長の左側に顧問弁護士と第三者の組合職員2名が座る。
今回商船組合から選ばれたのはリナともう1人事務方の男性職員だ。
そして、シンノスケとアイラ、2人の自由商人は委員長の右側の席に案内された。
そして、査問委員達から見て左手に座るのはは被害を訴えたグレン達。
グレン達の対面、査問委員の右手には査問を受ける自由商人のウォルター・ダニエルズと、少し離れて組合職員のイリス・ステイヤーとその上司が座っている。
今回は査問を受ける者の弁護士の出席はない。
時間どおりに始まった査問委員会はグレン達の被害状況の説明から行われた。
「俺達は採掘作業の護衛を探していたが、馴染みの護衛艦乗りが捕まらなかったので、そこにいる受付職員の仲介でそこのウォルターに護衛を依頼した。採掘作業も終わろうかという時に宇宙海賊の襲撃を受けたが、そこのウォルターは任務を放棄して俺達を置き去りにして逃げ出したんだ。残された俺達は生き残るために折角採掘したレアメタル等80トンを投棄して海賊共にくれてやるはめになった。これは護衛艦業務の規則に反する行為の筈だ」
グレンの説明に続いて当時シーカー・アイで通信とレーダー操作を担当していたメリーサが補足する。
「あの時、私が乗船していたシーカーアイのレーダー索敵範囲ぎりぎりの地点に複数の海賊船を捉えました。そのことをウォルターさんの護衛艦にも通報したのですが、ウォルターさんは護衛のための措置を何ら講じることもなく、海賊船とは逆の方向に急速離脱してしまいました」
グレン達の証言は提出されたビック・ベアとシーカーアイの各種航行データにより裏付けられていて明らかだ。
次いで仕事を仲介した組合職員のイリスに弁明の機会が与えられた。
イリスは組合職員として3年目の若手職員だ。
「私はグレンさんから馴染みの護衛艦乗りのセーラーさんが捕まらないので、他の護衛艦業務資格を持つセーラーさんとの契約についての仲介を依頼されました。特に資格のランクの指定は無かったので、丁度商船組合に登録したばかりのウォルターさんを紹介し、双方の合意を得られたので契約を仲介しました。契約時にはこのような結果になることは予想できませんでした」
イリスの上司も同様の説明をしたが、イリス達の申し立てについても契約時のデータや受付カウンターの防犯カメラの記録とも合致しており、大きな問題は認められない。
最後は自由商人ウォルターの弁明の機会となる。
ウォルターは他の護衛艦乗務員だったが、独立に必要な経験を経たことから小型貨物船ベースの中古の護衛艦を購入して独立したばかりの自由商人で、今回の仕事が単独で初めての護衛任務だったということだ。
「俺は護衛対象を置き去りにして逃げ出したわけじゃない。海賊船の襲撃を受けた時、あんな強力なビーム砲を持つ海賊船を相手にするのは分が悪いんで直ちに離脱する必要があると判断してビック・ベアとシーカーアイに離脱することを伝えた筈だ。2隻を護衛しながら離脱したつもりだったが、何らかの理由ではぐれてしまったんだ。その後、艦がエンジン不調に陥ったため、ビック・ベア達を捜索することもできなかったんで仕方なく帰還しただけだ。俺からの離脱することの通信が届かなかったようだが、多分俺の艦の通信不良だ。その件についての過失は認める」
ウォルターは弁明するが、ウォルターの護衛艦の航行データや通信記録は何らかの理由により破損、又は消去されており、客観的な証拠は残されておらず、更に護衛艦のエンジン等の不調についてもその後の検査では異常は発見されていない。
当事者の説明に加えて査問委員長や組合の顧問弁護士による質問等が行われ、査問に必要な情報は概ね出揃った。
最後はシンノスケとアイラが護衛艦業務資格を持つ自由商人の立場からウォルターとイリスの行動の可否について述べる番だ。
「アイラ・1428M委員の判断は?」
査問委員長がアイラに発言を促す。
「そこのウォルターとかいう護衛艦乗りの行動について私の判断は否よ。護衛艦乗りとしては論外。こんな奴に護衛艦乗りを名乗って欲しくはないわ」
「なるほど。それでは、組合職員のイリス・ステイヤーについての判断は?」
「そちらは適よ。流石に受付職員に護衛艦乗りの資質を見抜くことは困難だと思うわ。契約手続きに瑕疵が無い以上は職員の責任どうこうの問題ではないわ」
「そうしますと、委員の判断はウォルター・ダニエルズについては否、イリス・ステイヤーについては適正との判断ですね?」
「ええ、そのとおりよ」
アイラの判断に査問委員長は頷くとシンノスケを見た。
「シンノスケ・カシムラ委員のご意見をお聞かせください」
促されてシンノスケは口を開く。
「私の判断を述べる前にグレンさん達にお伺いしたいことがあります。グレンさん達が海賊船の襲撃を受けた時、海賊船からの砲撃は何回ありましたか?」
シンノスケの質問にメリーサが答える。
「1回のみです。海賊船は逃げ回る私達をいたぶるように追撃してきましたが、砲撃を受けたのは1回のみ。狙いをわざと外した威嚇でしたが、強力なビーム砲でした」
メリーサの答えにシンノスケは頷く。
「1つ、疑問があるのですが、グレンさん達がビーム砲の砲撃を受けたのは1回のみ。それもウォルターさんの護衛艦が離脱した後です。既に離脱していたウォルターさんは何故海賊船が強力なビーム砲を装備していたのを知っているんですか?グレンさん達から提出されたデータは今日まで非開示だった筈です」
「・・・・」
シンノスケの疑問にウォルターは口を閉ざす。
「まあ、答えなくても結構です。尋問は私の役目ではありませんから。結論ですが、私のウォルターさんの行動に対する判断はアイラさんと同じく、否です。自衛のための離脱だとしても護衛艦としての役割と規則を何一つ果たしていません。これは護衛艦業務資格者としての適性を著しく欠いていると判断します。その上で、抹消された各種データやウォルターさんの証言の不自然な点について、沿岸警備隊等の捜査機関に通報するべきだと思います」
「分かりました。それでは、イリス・ステイヤーについてのご判断は?」
査問委員長の言葉の後、一呼吸おいてシンノスケが口を開く。
「組合職員イリス・ステイヤーさんの行動についても私の判断は、否です」
シンノスケの発言にその場にいた皆が耳を疑った。




