護衛戦闘2
「惑星モルダバイトまであと1時間。リムリア艦隊の追撃を振り切れません!」
航路を封鎖していた神聖リムリア帝国艦隊を突破したものの、ヤタガラスのジャミングの影響から復旧した艦隊からの追撃を受けている。
現時点ではまだ射程内に捕捉されていないため、牽制のための砲撃が繰り返されているのみで、船団の最後尾を守るヤタガラスも損傷を受けるようなことはないが、それも時間の問題だ。
「このままでは逃げ切れないな」
この状況では船団にも影響が出てしまうため、電子戦に持ち込むこともできない。
「間もなく敵艦隊の射程に入ります!」
「やむを得ない、反撃する。ジャベリンは後方に下がってくれ。本艦とジャベリンで敵を足止めする」
『ジャベリン、了解』
シンノスケはヤタガラスを回頭させて敵艦隊に正対させた。
「ミリーナ、操艦を交代してくれ」
「了解ですわ!」
電子戦オペレーター席にいたミリーナが副操縦士席に移動する。
「敵艦隊と相対速度を合わせてくれ。ユー・ハブ・コントロール」
「了解、アイ・ハブ・コントロール」
操艦をミリーナに任せたシンノスケはグラスモニターを装着して追ってくる艦隊の1隻に主砲の照準を合わせた。
『カシムラ、こちらも敵艦を捉えた。指示を頼む』
ジャベリン艦長のレグが指示を仰いでくる。
ジャベリンは大小合わせて300発ものミサイルを装備するミサイルフリゲート艦であり、本気になれば一度で10隻以上の敵を撃沈することも可能だ。
しかし、それをしてしまうと敵艦隊の猛反撃を呼び込むことになってしまう。
今のところ敵艦隊もシンノスケ達の船団を敵とみなして追撃してきているが、やや消極的な対応だ。
敵と認定しても、民間船を相手に数で勝る正規軍の艦隊が攻撃を加えることに躊躇っているのかもしれないが、そこに付け込む隙がある。
「こっちは主砲で1隻仕留める。ジャベリンも1、2隻を叩いてくれ」
『了解した』
無闇に大打撃を加えれば敵を本気にしてしまう。
敵を必要以上に本気にさせず、且つ追撃の足を鈍らせる加減が必要だ。
シンノスケは敵艦隊の右端にいるフリゲート艦に狙いをつける。
「ジャベリン、攻撃のタイミングを合わせるぞ。3・2・1・今!」
シンノスケがトリガーを引いて主砲を撃つのと同時にジャベリンから数十発の小型ミサイルが発射された。
1発では撃沈させる程の威力は無い小型ミサイルだが、無数に飛来するミサイルは敵を牽制する効果があるし、単発では威力不足でも、5発、6発と続けて命中すれば駆逐艦や巡航艦も撃沈できる。
ヤタガラスの主砲がフリゲート艦を撃沈すると同時にジャベリンが放ったミサイルが敵のコルベット1隻を撃沈し、駆逐艦1隻を中破させた。
「リムリア艦隊の追撃の足が鈍りました。態勢を立て直しています」
狙いどおりの効果だ。
セイラの報告のとおり、敵艦隊の速度が落ちた。
民間船を相手に間抜けな艦が撃沈されたが、予想外に強力な攻撃を前に二の足を踏むことを避けるためだろう。
ただ、このまま逃がしてもらえる筈はない。
常識的な指揮官なら態勢を立て直しつつ、民間船に遅れを取らないように慎重に対応してくる筈だ。
「このまま敵艦隊を牽制しつつ後退する」
『了解。こちらもヤタガラスの速度に合わせる』
ヤタガラスとはジャベリンは後退しながら敵艦隊の前方に攻撃を放ちつつ、徐々に距離を取りはじめた。
「リムリア艦隊が追撃を再開しましたが、勢いは弱まっています。・・・・船団前列がモルダバイトの管制内に入りました」
惑星モルダバイトには防衛のための軌道防衛システムが配備されており、鉄壁の守りを誇っている。
惑星軌道上に浮かぶ無数の衛星砲台が接近する脅威に攻撃を加え、惑星を防衛するシステムで、先の侵略戦争でもこの軌道防衛システムのおかげでモルダバイトは最後まで攻め落とされることはなかったのだが、最終的にはダムラ星団公国が敗北したことにより無傷のまま終戦を迎えたというわけだ。
無論、神聖リムリア帝国はモルダバイトの軌道防衛システムを管理下に置こうとしたのだが、終戦後に拘束されたシステム管理者は帝国の要求に従って軌道防衛システムを停止させはしたが、その機密に関する情報の提示を拒否したのである。
苛烈なる拷問(当然ながら国際法違反)を伴う取り調べでも供述させることが出来ないまま管理者が死亡したため、帝国はシステムの解析から始める他なく、その解析に手間取っている間にアクネリア銀河連邦の解放作戦が開始され、モルダバイトは奪還された。
その後、拘束を免れて潜伏していた別のシステム管理者と、救出されたダムラ星団公国軍幹部の手により軌道防衛システムが復旧され、現在に至っている。
「軌道防衛システムからの援護が始まりました。船団も次々に防衛圏内に入っていきます」
船団から離れているヤタガラスとジャベリンは未だ危機から脱していないが、報告するセイラの口調は安堵している様子だ。
そこに一瞬の隙が生じた。
「セラッ!船団の最後尾、4時の方向っ!」
額の第3の目を開いたミリーナが叫ぶ。
「えっ?・あっ、レーダーに新たな反応!数は・・」
『ファントムから各船!方位4に新たな反応30!・・・高エネルギー反応!ブラキオス回避をっ!』
『ブラキオス了か・・うわぁっ!』
アイラの警告の声と同時に遠距離から放たれたビームが船団の最後尾にいた貨物船ブラキオスを貫いた。
『ブラキオス撃沈!超長距離砲撃っ!ハンマーヘッド、船団後方右翼の守りを固めるわよっ!』
『ハンマーヘッド了解!』
アイラの判断で護衛艦ファントムとハンマーヘッドが船団と新手の間に割り込む。
「あ・・・あぁ・・・そんな・・・」
一瞬の出来事にセイラの手が止まる。
「セラッ!落ち着きなさい!次が来ますわよ。ヤタガラスから各船、次の砲撃が・・・ロードランナー、狙われていますわよ!」
再び砲撃。
ファントムとハンマーヘッドがエネルギーシールドを最大出力にして割り込んで砲撃を僅かに逸らせることに成功したが、それでも貨物船ロードランナーのサブエンジンを貫いて大破させた。
「そんな・・・私の・・私が・・・」
目の前の出来事にセイラが放心状態に陥る。
「セラッ!落ち着け!セラのせいじゃない。奴らの位置はヤタガラスの索敵範囲のギリギリ外側だった」
シンノスケの言うとおり、新手の艦隊は船団各船やヤタガラスのレーダーの探知範囲外から現れるのと同時に攻撃を仕掛けてきた。
探知出来なかったのはセイラの責任でも、他の誰の責任でもなく、単に艦の能力の問題であり、敵の方がそれを上回っていただけだ。
むしろ、ミリーナの予知とアイラ達の咄嗟の機転で初撃の被害を最小限に止めたといえるだろう。
「・・・でも・でも・・・」
「シンノスケ様!臨時にセラと交代します。アイ・ハブ・オペレーション!」
ミリーナがセイラに駆け寄る。
「・・えっ・・」
「アイ・ハブ・オペレーションッ!」
「りょ、了解。ユー・ハブ・オペレーション」
ミリーナの気迫に正気を取り戻したセイラがミリーナに席を明け渡す。
セイラからレーダー管制を引き継いだミリーナは端末を操作して新たな敵の正体を探る。
モニターに映し出されたのは白銀に塗装された戦艦と、同じ色で統一された巡航艦の艦隊。
「戦艦ホワイト・ローズ・・・。白薔薇艦隊、エザリア姉さま・・・」




