大規模船団
船団は隊列を組んでアクネリア銀河連邦領を出て国際宙域を航行していた。
16隻の貨物船が2列縦隊の隊列を組み、その周囲を7隻の護衛艦が守る。
シンノスケのヤタガラスは船団より少し先行して周辺宙域の索敵と警戒を行い、船団の先頭をアンディのホーリーベル、中央部に針ネズミのように数百発のミサイルを装備したレグのジャベリンが陣取る。
最後尾はフブキが抑え、ファントム、ハンマーヘッド、クーロンの3隻が遊撃的に周囲を固める隊形だ。
「周辺宙域に異常ありません」
「電子障害出力25パーセントを維持。うまい具合に船団を隠せていますわ」
ヤタガラスのブリッジではセイラとミリーナが航行管制、通信オペレーター席と電子戦オペレーター席に座り、警戒に当たっている。
ヤタガラスから微弱な妨害波を発信し、付近を航行、又は潜んでいる船からの発見を困難にしているのだが、気を抜くわけにはいかない。
特に電子戦オペレーター席に座るミリーナは妨害波の出力に細心の注意を払っている。
電子戦特化型の船とはいえ、試験艦だったヤタガラスの電子戦システムは強力である一方で、その制御を誤ると周囲の味方のレーダーや通信・航行システムにまで悪影響を及ぼしてしまうのだ。
そのギリギリのラインを維持することがなかなか難しい。
ただ、実際のところ、シンノスケにしても、アッシュ、アリア、レグ等他の経験豊かな護衛艦艦長達は警戒を疎かにはしていないが、国際宙域で襲われる可能性は低いと踏んでいる。
並の宇宙海賊なら護衛艦7隻に護衛されている大船団を襲うにはリスクが高すぎるし、神聖リムリア帝国軍にしてもアクネリア軍の進撃の足を鈍らせることには成功したとしても、戦況的に押されていることは明らかであり、アクネリア軍の背後を狙うにしても国際宙域にまで回り込む程の余裕はないだろう。
仮に余裕があったとしても、たかだか民間船団を攻撃して、敵軍の背後に回り込む策を気取られるリスクを冒してまで攻撃する必要がないからだ。
本当に危険なのは解放されたダムラ星団公国領に入ってからであり、それも目的の惑星に近づいてからのことだろう。
「1回目の空間跳躍ポイントに接近しました」
セイラの報告を受けたシンノスケが頷く。
「よし、それでは本艦とホーリーベルが先行して空間跳躍をして跳躍先の安全を確保する。その10分後に貨物船8隻、ハンマーヘッド、残りの貨物船、護衛艦の順で空間跳躍だ」
シンノスケの指揮で先ずはヤタガラスとホーリーベルが空間跳躍に入る。
「座標計算完了しました。シンノスケさん、いつでもどうぞ」
「了解。跳躍速度まで加速する」
スロットルレバーを押し込み、ヤタガラスを加速させるシンノスケ。
ホーリーベルもしっかりとついてきている。
「本艦及びホーリーベル、跳躍突入速度に到達しました。跳躍ポイント接近、カウントダウン。5、4、3、2、1・・」
「よしっワー・・」
『ホーリーベル続きます!ワープ!』
ヤタガラスとホーリーベルは空間跳躍を実行した。
いつもと何も変わらず、無事に空間跳躍を完了した船団は2回目の空間跳躍も『普段どおり』に行い、いよいよダムラ星団公国領内に入ったが、本当に危険な宙域はここからだ。
この先はアクネリア軍が解放した宙域とはいえ、ここは広大な宇宙空間であるのだから警戒線の隙を突いて、敵部隊が入り込んでいる可能性は十分にある。
それらの敵部隊に見つかれば民間船団とはいえ攻撃対象になるだろう。
しかも、この先はヤタガラスの妨害波を出しながら進むわけにはいかないのである。
下手に姿を隠そうとすれば、敵部隊だけでなく、味方にまであらぬ疑いを掛けられることもあるのだ。
「ここからは隊形を変える。船団は2列縦隊のまま密集し、フブキとホーリーベルが先頭、本艦は船団中央上位に位置し、ファントムは右翼、クーロンが左翼。ハンマーヘッドは船団下位、ジャベリンが殿だ」
万が一の時にヤタガラスは即座に電子戦に移行できるように備え、機動力のあるファントム、クーロン、ハンマーヘッドが周囲を固め、高火力のジャベリンが最後尾から船団全体を守る。
「目標惑星モルダバイトまでの航路を設定しました。船団各艦と共有します」
セイラが設定したのはアクネリア艦隊の支配宙域で、部隊の警戒が密な宙域であり、非常に有効で安全性を重視した航路だ。
シンノスケが見てもセイラの設定した航路に問題は認められない。
「この条件下でこれだけ綿密な航路を設定できるなら航行管制士としては一人前だな。修正する必要もないからセラの設定した航路で行こう」
「あっ、ありがとうございます!」
シンノスケに褒められて笑顔を見せるセイラ。
だが、セイラの隣に座るミリーナは少し悪戯っぽい笑みを浮かべてシンノスケを見た。
「シンノスケ様、ちょっとお聞きしてもよろしくて?」
「はい?」
「もしもシンノスケ様が敵の指揮官なら、我々を見逃したりはしませんわよね?」
「・・・まあ、そうだな」
ミリーナはかつてアレンバルが語っていたシンノスケに対する評価を覚えている。
劣勢に陥ってからの粘りに定評があり、不利な状況でもゲリラ戦を仕掛けたり、機を見て敵の隙を突くといった戦法を得意としていたことを。
「シンノスケ様ならば、どうやって私達を仕留めますの?」
ミリーナの質問にシンノスケは迷わず答える。
「先ずは、迂闊に手を出さずに監視を続け、行先を見定める。で、その目的地に先回りし、一番嫌なタイミングで攻撃するな。民間船を狙って攻撃するなんて非難に値する戦法だが、効果は期待できる。民間船襲撃を何度か繰り返せば、それでも前線に来ようなんて自由商人は数が減り、結果としてアクネリア軍は解放した宙域の警戒強化や民間に対する補給をしなければならなくなる。特に今回はアクネリア軍はダムラ星団公国の解放を旗印にしているので、万が一にも解放した宙域の人々の反感を買うわけにはいかないから、面倒なことになるだろう。まあ、地味な嫌がらせだけどな」
シンノスケの策を聞いて、セイラだけでなく、質問したミリーナまでもドン引きしてしまう。
「質問した私が言うのもなんですけど・・・えげつないですわね」
「だろ?だからこそ有効な手なんだよ。まあ、こんな策を講じる指揮官が敵に居ないとも限らないけど、いたとしたら余程の変わり者だろうな」
自分のことを棚に上げるシンノスケだが、この先に待ち受ける事態までは予想してはいなかった。




