戦線の膠着
サリウス恒星州に特攻船が襲来する少し前。
神聖リムリア帝国領内では旧ダムラ星団公国領の奪還を掲げたアクネリア銀河連邦宇宙艦隊と旧ダムラ星団公国宇宙艦隊の残存戦力である第3艦隊が破竹の進撃を続け、旧ダムラ星団公国領の三分の一程度の奪還と解放に成功していた。
しかし今、その進撃の勢いが止められてしまっている。
総司令官アレンバル大将の思惑どおり、短期決戦に持ち込み、順調に進撃してきたのだが、神聖リムリア帝国が投入してきた新戦力により足止めを強いられ、戦線が膠着状態に陥っているのだ。
神聖リムリア帝国による新規戦力投入は効果絶大であり、単純な戦力だけでなくアクネリア艦隊の兵士達の精神を深く抉っていた。
前線に投入された新規戦力とは、旧ダムラ星団公国の宇宙艦隊で、降伏したことにより神聖リムリア帝国軍に強制的に編入された部隊だ。
鹵獲した兵器を運用すること自体は珍しいことではないのだが、神聖リムリア軍は旧ダムラ星団公国軍の兵士をそのまま乗組員として運用し、最前線に押し出してきたのである。
アクネリア艦隊の前に立ち塞がるように展開された旧ダムラ艦隊。
そして、その背後に控える少数の神聖リムリア艦隊は旧ダムラ艦隊を監視、統制する部隊だ。
敗残兵にそのままの戦力を与え、運用させる作戦は通常では考えられないのだが、神聖リムリア軍はそこは極めて効率的に、非人道的に運用していた。
アクネリア第2艦隊が初めて旧ダムラ艦隊と対峙した際、アレンバル大将をはじめとしたアクネリア軍の兵士は敗残兵の前線投入に少なからず動揺したものの、士気を失うことなく冷静だった。
いざ戦端が開かれると、旧ダムラ艦隊の消極的な姿勢を見て、自ら望んで前線に出たのではなく、強いられていることが明らかだ。
だとすれば、監視のために後方に控える神聖リムリア艦隊と分断することができれば彼等を救い出すことができる。
そう判断したアクネリア艦隊は一部の部隊を旧ダムラ艦隊と神聖リムリア艦隊の間に割り込ませて双方を分断することに成功した。
そして、神聖リムリア艦隊から引き離すべく突入部隊が旧ダムラ艦隊に接近したその時、旧ダムラ艦隊の自爆に突入部隊が巻き込まれたのだ。
神聖リムリア軍は編入した旧ダムラ艦隊の艦船に遠隔操作式の爆薬を仕込み、降伏した兵を乗り込ませて前線に追い立てていたのである。
人命を盾とし、捨て駒、消耗品のようにする非人道的作戦の効果は絶大であり、快進撃を続けてきたアクネリア艦隊を一時後退するにまで追い込んだ。
その後も次々と捨て駒の旧ダムラ艦隊を投入してきた神聖リムリア軍は戦況の巻き返しにまでは至らずとも、アクネリア艦隊を足止めし、戦線を膠着させることに成功したのである。
アクネリア艦隊総旗艦アストライアーで総司令官アレンバル大将は幕僚達を前に険しい表情を浮かべていた。
「こうも卑劣な策を講じるとは・・・。これでは迂闊に進むわけにはいきませんね」
「いかに戦争とはいえ、守るべき一線というものがあるだろう」
「それ以前に明確な国際法違反です」
幕僚達の怒りの声を聞きながらアレンバルは深く頷く。
「なるほど。神聖リムリア帝国軍の作戦は極めて有効で、効果的な作戦だということですね。圧倒的有利に進んでいた我が軍に対して少数の戦力で、自軍に損害らしい損害を出さずに阻止し、行き詰まらせたのですからね」
「しかし、その手段は非難されるべき行為であり、決して許されない行為ですよ」
「我々や他国がいくら非難しようとも、許さないからといっても何の意味もありません。結果が全てであり、実際に我々は足を止めてしまったのです。真の戦争においては法や規則では銃弾を止めることはできませんし、人道など何の意味もなさないということです」
アレンバルの言葉に幕僚達は互いに顔を見合わせる。
アレンバルの言葉は正論であり、暴論だ。
「そうしますと、この状況を打開し、この戦争を早期に終結させるためには旧ダムラ星団公国の艦隊、所謂捨て駒部隊にも臆することなく、無慈悲に攻撃を加えて打ち破り、進軍するしかありませんね」
作戦副参謀の大佐の意見にアレンバルは首を振る。
「いえ、敵が国際法や人道を無視したとはいえ、我々がそれに倣う必要はありません。我々には守るべき法と規則があります」
「しかし、そうしますとどうしたものか・・・。非常に不利な状況で、打開することは難しいですね」
作戦副参謀の意見に幕僚達が頷く。
「それを考えるのが皆さんの仕事です。皆さんは自分達の任務を全うし、可及的速やかに作戦を立案してください。その作戦の全ての責任を負うのが私の仕事です」
変わり者の総司令官が無理難題を言い出した。
 




