因縁の落着
特攻を仕掛けてきた不審船を撃沈に追い込んだシンノスケは航行不能に陥ったSRF-102で漂っていたところを宇宙軍の輸送艦に回収されて無事に帰還した。
中央コロニーに帰還した輸送艦が入港したのは当然のことながら軍の宇宙港なのだが、艦を降りたシンノスケはそのまま軍施設内の別室に案内され、パイロットスーツのままそこで待機させられている。
迎えが来るまでの間だと説明されたが、どうやらそれだけが理由ではなさそうだ。
シンノスケを案内した兵士が退出する際、お茶も出さないまま扉のロックをして出ていった。
シンノスケも軍の施設内を勝手に歩き回るつもりはないが、これでは軟禁に等しいし、ここまであからさまな対応だと面白くはない。
別室で待機すること数十分、そろそろ機嫌も悪くなってきたころ、それを見計らったかのように情報部のセリカ・クルーズ中佐が入ってきた。
「中佐ですか・・・出世しましたね」
制服の襟の階級章を一瞥したシンノスケが呟く。
「ええ、おかげさまで」
シンノスケは別に皮肉を言ったわけではないが、クルーズは笑みを浮かべてやけに鼻につく口調で返答してくる。
「早く帰りたいのですが、何か不都合でもあるのですか?」
「いえ、カシムラさんにちょっとお話しておくことがありまして・・・あれ?すみません、お茶も出さずに」
そう言うとクルーズは内線でコーヒーを2つ持ってくるように手配する。
どうやら案内の兵士が気が利かなかっただけのようだ。
直ぐに先程の兵士がバツが悪そうにコーヒーと菓子が運んできて、シンノスケに深々と頭を下げて退出していった。
「私達情報部からの指示ということで彼も何か勘違いをしていたのかもしれませんね」
「でも、そんな彼に詳しく説明しなかったのは中佐ですよね?」
おそらく、そうなるように仕向けていたのだろう。
今度のは皮肉のつもりだったが、クルーズはどこ吹く風だ。
「いえ、私も部下に任せていただけでしたのでね・・・」
のらりくらりと何も生み出さない不毛なやり取りをしていても仕方ない。
「で?私に話しておくこととは?」
早く帰りたいシンノスケが切り出す。
「今回の騒動ですが、調査の結果、あの船はリムリア銀河帝国側の宙域側から我が国の領内に侵入したことが分かりました。加えて、その宙域にある2つの無人観測所のシステムにウイルスが仕込んであり、ある一定の条件下で警戒網に穴が空くように仕組まれていました」
「随分と調査が早いですね」
特攻船を撃沈してまだ日が経っていない。
随分と迅速な調査だ。
「それに関しては、ほら、防衛線を突破され、追撃もできなかった部隊が最前線にいましたからね。そのまま調査に回ってもらったんです。第2、第3の攻撃があってからでは手遅れになりますからね」
「リムリア銀河帝国側から来たということは、神聖リムリア帝国に二正面作戦を強いるという思惑が外れたということですか?」
シンノスケの言葉にクルーズは首を振る。
「いえ、確証はありませんが、我々にそう思わせる欺瞞行為だと見ています。それについても直ぐに調査の結果は出るでしょう。そう難しいものではありませんから」
そう言いながらクルーズは卓上の菓子を1つ摘んで口に運ぶ。
「わざわざ足止めして、私に伝えたいこととはこれですか?」
ここまでのクルーズの話は大したことではない。
「いえ、これは今回の件に出動してくれた自由商人の皆さんに説明する予定です。私がカシムラさんにだけ伝えたいのはもう少し詳細な事実です」
「どういうことですか?」
「今回の観測所へのウイルスはラングリット元准将が仕組んだことだということです」
「ラングリット准将が?」
シンノスケを陥れようと、亡き者にしようとしていたラングリットの仕業だというが、ラングリットはすでに逮捕されている筈だ。
「とはいえ、元准将が過去に仕込んでいたということです。ウイルスは少なくとも5年前には仕組まれていたようです」
「なるほど、観測所を外部から不正操作して犯罪船を通していたということですか・・・」
「そういうことですね」
そして、その企みが宇宙軍辺境パトロール隊の隊長だったシンノスケとの確執の元となり、シンノスケが自由商人になるきっかけとなり、その後の様々な因縁へと繋がったということらしい。
「まったく、いつまでも、どこまでも面倒なことですね」
シンノスケもいいかげんうんざりだ。
「まあ、そうですが。ラングリット元准将に関してはカシムラさんが心配する必要はありませんよ。元准将はすでに死亡していますから」
「えっ?まだ軍法会議も裁判も始まっていませんよね?」
「ええ。彼の犯罪についての取調べや捜査は軍警察が行っていましたが、勾留先の施設で突然死したようです」
些末事のように飄々と話すクルーズ。
「死因は?」
クルーズが答える筈はないだろうが、シンノスケは敢えて質問してみる。
「さあ?既に我々の手を離れていた案件ですからね。それに我々が『直接』手を下す必要も理由もありませんでしたから・・・。色々な事情があって、彼の死亡をもって全て終結。そんなところです」
その答えがクルーズとしての最大限の譲歩と情報開示なのだろう。
ラングリットは何者かに暗殺されたが、情報部をはじめとした軍部はそれを阻止する策を講じなかった。
その上で、さらに上のレベルで何らかの手打ちとなったのだろう。
手打ちの相手が何者であろうと知ったことではないが、敵対国間とはいえ、そのような裏取引は実際にあるのだ。
「つまらない結末ですね。余計なことを聞かなければよかった・・・」
ため息交じりのシンノスケにクルーズは肩を竦める。
「つまらないことだけではありませんよ。あらゆる方面からの協力により、国内から行方不明となっていた被害者の一部の無事が確認され、秘密裏に保護されて帰国する手筈になっています。これは本当に間接的ですが、カシムラさんの功績ですよ」
「それは良いことですが、私には興味も関係も無いことですよ。・・・で、私への話とやらはこれで終わりですか?」
席を立つシンノスケ。
「ええ、もうお帰りいただいて結構ですよ。お迎えの方もみえているようですので、お送りする必要はありませんよね」
「そうですね。それでは失礼します」
クルーズに背を向けて歩き出すシンノスケだが、その背中にクルーズが声を掛ける。
「そうだ、後々のことですが、カシムラさんに軍からお願いすることがあるようですよ」
「そのお願いは断ることはできますか?」
シンノスケは振り返ることなく立ち止まる。
「さあ?情報部絡みのことではありませんからね。その時になったら聞いてみてください」
不穏な雰囲気だが、少なくともラングリットとの因縁についてはこれで落着したようだ。




