組合の異変
宇宙クジラとの遭遇という貴重な体験を経てサリウス恒星州へと帰還したシンノスケ達が商船組合を訪れると、受付にいたリナの瞳が輝いた。
「お帰りなさ・・・えっ?セイラちゃん!制服作ってもらったの?カッコ可愛いっ!」
リナの視線はセイラに釘付けだ。
「はい。あの、シンノスケさんが誂えてくれました。とっても気に入っています」
受付カウンターから身を乗り出して制服を観察するリナ。
「凄い、シンノスケさんの艦長服を踏襲していながら女性用にデザインしなおされている。素敵ねえ・・・えっ?まさか・・・」
リナの視線がセイラの左肩部で止まった。
(あっ、マズいかも・・・)
シンノスケの予感が的中する。
「このロゴって・・・ええっ!サイコウジ・デザイナーズ?しかも、ジーナ・ラングレー?」
セイラの制服の左肩に制服と同系色で目立たないように刺繍されていたのはサイコウジ・デザイナーズのロゴマーク。
しかも、サイコウジ・デザイナーズでもトップデザイナーのみが使用できる特殊ロゴマークだ。
大半の者には気付かれない、それでいて気付く者には一目で分かる超一級品の証しである。
リナは気付いてしまう側だったようだ。
「はぁ~、ジーナ・ラングレーがデザインした一点物の制服なんて、どうやってオーダーしたんですか?お金だけで頼めるようなものではありませんよ?」
そう言いながら今度はシンノスケの艦長服を舐めるように見るリナだが、シンノスケの艦長服にはサイコウジ・デザイナーズのロゴマークは刺繍されていない。
というのも、シンノスケの艦長服をデザインしたのはエミリアだが、サイコウジ・デザイナーズの経営者としてもデザイナーとしても一線を退いているエミリアがデザインにロゴマークを入れなかったからだ。
一方でセイラの制服はサイコウジ・デザイナーズのトップデザイナーが手掛けたものであり、特殊ロゴマークを刺繍することはデザイナーとしての誇りでもあるということで、シンノスケとセイラの了承を得た上で刺繍が施されている。
「ええ、まあ、ちょっとした知人の伝手がありましてね・・・まあ、そんなところです」
言葉を濁して誤魔化すシンノスケ。
「そうなんですか。羨ましいな・・・シンノスケさん、機会がありましたら私にも紹介してくださいね」
「ええ、まあ、機会があれば・・・」
そのやり取りを見ていたセイラは全てを悟り、空気を読んで余計なことは言わない。
若い女の子の空気読取術を甘く見てはいけない、セイラとて伊達に最近まで学生をやっていたわけではないのだ。
挨拶と雑談も一段落し、シンノスケは仕事の結果報告と契約完了の手続きを始める。
セイラはシンノスケの背後に控えていたのだが、たまたま通りかかったザニーとダグに捕まってしまう。
「おっ、嬢ちゃん、乗艦服作ったのか?格好いいじゃねえか。なかなか様になっているぜ!」
「ああ、よく似合っている・・・」
「あっ、あのっ・・・あ、ありがとうございます」
空気は読めてもおっさんのあしらい方までは習得していないセイラはおっさん2人に囲まれてたじたじだが、シンノスケは仕事の手続き中だ。
特に害は無いので放っておくことにする。
「はい、ガーラ恒星州までの貨物船護衛と、ガーラ恒星州からの薬剤輸送。2つの依頼の完了を確認しました。報酬はシンノスケさんのカードに入金しておきます。お疲れ様でした」
全ての手続きを終えたシンノスケは立ち上がったのだが、ふと組合内の雰囲気が普段と違うことに気付く。
フロアには多くの自由商人が行き交っているし、リナの笑顔もいつもどおりだ。
しかし、リナのカウンターから少し離れた別の担当者のカウンターとその周囲だけ自由商人がおらず、組合職員達が集まって何やら深刻な表情で話をしている。
「・・・?」
「気付きました?」
立ち上がったシンノスケの視線の先を追ったリナが声を潜め、シンノスケにカウンターに再び座るように促す。
シンノスケは余計なことに首を突っ込むつもりはないのだが、リナは話す気満々のようだ。
「私に関係のないことなら興味はありませんが?」
念のため防波堤を敷いておく。
「今のところはシンノスケさんには直接関係ありませんが、もしかすると関係することになるかも・・・」
「・・・?」
「実は、護衛艦持ちのセーラーさんで、任務放棄事案が発生したんです」
聞けば、グレン達の採掘作業の護衛として雇われた護衛艦乗りが任務を放棄して逃げ帰ってきたらしい。
護衛艦乗りは危険も多いが、報酬も大きい。
それ故に信用が第一で、それは仕事を仲介する商船組合も同様だ。
護衛艦乗りにはそれ専用の規則があるが、その中に任務放棄、護衛対象を見捨てての逃走の禁止が定められている。
無論『護衛艦は撃沈されても護衛対象を守れ』というものではないが『護衛対象を守るためにあらゆる手段を講じなければならない』と明記されているのだ。
今回の任務放棄事案はグレン達が海賊船に襲われた際に護衛として同行していた護衛艦が海賊船に対して何ら策を講じることも、護衛対象のグレン達を守ろうとするでもなく、一目散に逃げ出してしまい、その様子が命からがら逃げ帰ったグレン達から提出されたデータに克明に記録されていたらしい。
「先に逃げ帰っていたセーラーさんからは護衛艦のエンジン不調が発生してグレンさん達とはぐれた、と報告されていましたが、グレンさん達が無事に戻ったことで状況が一変したんです。グレンさん達からは逃げ出したセーラーさんと仲介した商船組合に対して損害賠償も辞さないと申し入れがありまして。ちょっと大変なことになっているんです。多分、組合規則に則って査問委員会が開かれることになると思います」
査問委員会とは商船組合で重大な規則違反が発生した際にその責任の所在を明らかにするために開かれるもので
・違反をした当事者
・業務を仲介した組合職員とその直属上司
・被害を被った当事者
・商船組合幹部
・組合の顧問弁護士
(査問を受ける者の弁護士も可)
・当該契約に直接関わっていない組合職員
・C級以上の資格を持つ第三者の自由商人2名
が出席して開かれるものだ。
今回の件であれば、護衛艦乗りが関係する事案なので、第三者の自由商人は護衛艦業務資格を持つ自由商人の中から選ばれる。
「シンノスケさんにも声が掛かるかもしれませんから、そのつもりでいてください」
「でも、私は自由商人になって日も浅く、経験も少ないですよ」
「いえ、査問委員会への出席は経験は関係ありません。そのセーラーさんが持つ資格によって決められます。シンノスケさんは護衛艦業務C級の資格を持っていますし、規律の厳しい軍務経験もありますから適任なんですよ」
内緒?でシンノスケに伝えるリナ。
実際には第三者の組合職員として査問委員会出席が内定しているリナがシンノスケを推薦していたのだが、その事実は今のところ内緒だ。
いずれにせよ今日、明日中には決定されるとのことで、シンノスケもとりあえず自分のドックに引き上げることにした。
そして、翌日。
査問委員会が開かれることが決定し、自由商船組合査問委員会規則に則って正式にシンノスケが招請された。




