迎撃
コサート社製汎用型ドール、M-02型
個体名マデリアは生活、医療、艦船運用、戦闘等のあらゆる支援が可能であり、汎用型とされているが、その実は総合支援型の超高性能型ドールだ。
同じドールであるマークスに比べれば、殆どの能力においてマークスを凌駕する。
戦闘能力にしても、パワーでは軍用ドールであるマークスに遠く及ばないが、マークスを遥かに凌ぐ素早さを有しており、近接戦闘能力ではマークスにも引けを取らない。
そんなマデリアだが、シンノスケが入手した際にコサート社で艦船運用オペレーターとしての機能に特化してアップデートされており、情報処理能力は特に高くなっている。
ヤタガラスの総合オペレーター席に座るマデリアは特にコントロールパネルを操作するでもなく、前髪に隠れたその瞳も閉じたまま静かに座っているのみだ。
オペレーター席のパネルから引き出したケーブルを側頭部のセンサーユニットに接続することにより、ヤタガラスのシステムを直接操作することが可能であるため、パネル操作や視覚からの情報収集が必要ないのである。
「スティンガー、進路11.2、−0.5。速度そのまま」
『了解!』
「パイレーツキラー、進路0、±0。速度+10」
『了解だ!』
唯一の例外は口頭による指示伝達のみ。
こればかりはシンノスケ達受け取る側の問題で、口頭のほうがスムーズなのだ。
「スティンガー、パイレーツキラーとの距離が開き過ぎており、精密管制に支障が生じます。本艦の速度を+20」
「りょっ、了解ッス!」
ヤタガラスの操縦は臨時艦長のアンディで、ミリーナはアンディに代わりヤタガラスの指揮を執っている。
ややこしい役割分担だが、それには理由がある。
先ず、ミリーナはまだ艦長資格を有していないので、ヤタガラスの艦長は必然的にアンディになるのだが、今回はマデリアがシンノスケ達のナビゲートを行っているとはいえ、不測の事態に備えてミリーナの能力が必要になるかもしれず、第3の目を開いたミリーナが自らの能力に集中しているため、アンディが操艦しているのだった。
「マデリア、シンノスケ様の言った『置く』ってどういうことですの?」
「ご主人様の申し上げたとおりです。ご主人様のSRF-102が装備している対艦ミサイルをターゲットの進路上に置くということです」
ターゲットを狙って『発射』するではなくて『置く』。
言葉の意味は分かったが、シンノスケの狙いが何であるのか、ミリーナには理解できなかった。
【SRF-102・シンノスケ】
マデリアのナビゲートに従ってSRF-102を飛ばすシンノスケ。
機体のレーダーではまだターゲットを捉えることはできないが、そろそろ接敵する筈だ。
『ヤタガラスからスティンガー。ターゲット、365秒後にそちらのレーダー範囲に入ります。ただし、アクティブレーダーは使用しないように願います。レーダーに頼らず、こちらの誘導にのみ従ってください』
「了解。マデリア、任せたぞ」
シンノスケは装備している2発の対艦ミサイルの安全装置を解除、信管を作動させた。
マデリアの報告によりターゲットの船は武装らしい武装は無い反面で速度は桁違い、攻撃に対する回避能力も優れていることが判明している。
船内に爆薬を満載して目標に特攻するという目的のためだけに特化した特殊作戦艦なのだろう。
故に、誘導兵器である対艦ミサイルの類やレーダーロックに頼る砲撃も躱されてしまう。
多数の艦船による飽和攻撃なら撃沈できるかもしれないが、ターゲットの正体が明らかでない以上、迎撃艦隊が待ち受ける宙域まで引き付けるのは危険だ。
そこで、シンノスケの狙いは対艦ミサイルをターゲットに命中させるのではなく、ターゲットの進路上にピンポイントで対艦ミサイルを設置し、ターゲットの船の方から進路上に置いてある対艦ミサイルに衝突させるということ。
マデリアの精密誘導があればこそ可能となる策だ。
ターゲットが巡航艦かそれ以上の装甲を有しているとなるとSRF-102が装備している対艦ミサイル2発では撃沈させられないかもしれないが、1発でも命中させて足を鈍らせることが出来れば後に続くパイレーツキラーやヤタガラス、その他の迎撃部隊で仕留めることができるかもしれない。
任務達成のための選択肢は多い方がよく、シンノスケが突出したのもそのためだ。
いよいよSRF-102のレーダーがターゲットを捉えた。
元々戦闘艇のレーダーの範囲は狭い上に互いが相対して高速で接近しているのでみるみるうちに接近してくる。
チャンスは1度きりだ。
『ミサイルパージの精密誘導を開始します。進路そのまま、+0.5。逆噴射40パーセント、カウント9、8、7、6、5、4・・・』
「3、2、1、エンジン・リバース!」
『リバースに0.7秒の遅れ。パージのタイミング修正。第1ミサイル、パージ11、12、10、9、8、7・・・』
「・・3、2、1パージ!」
SRF-102が対艦ミサイル1発を切り離す。
『第2ミサイルパージ用意。進路そのまま、エンジンリバース30パーセント』
「了解!」
『パージまで8、7、6、5、4・・』
「・・2、1パージ!」
続いて2発目のミサイルが切り離された。
ターゲットは目前にまで迫っている。
『シンノスケ様、逃げてっ!』
『ターゲットと進路が交錯しています!ご主人様、回避行動をっ!』
ミリーナとマデリアが叫ぶと同時にシンノスケはスロットルレバーを押し込みながらサイドスラスターを噴射させた。
直後、正面から急接近してきたターゲットがSRF-102を掠めるようにすれ違う。
「なんだあの船は!」
咄嗟に躱したシンノスケが見たのは重厚そうな艦首に船体の後ろ半分を占める4基のエンジンを有する船。
巡航艦ではなく、重巡航艦クラスであり、艦首の装甲はかなり厚そうだ。
次の瞬間、ターゲットが投棄した第2ミサイルに接触、爆発した。
「どうだ!」
シンノスケは機体を反転させて追撃に入る。
シンノスケの狙いどおり、対艦ミサイルに衝突したターゲットだが、その速度が落ちる様子はない。
「やっぱり1発では無理か!」
続けて最初に投棄した第1ミサイルに衝突する。
2発の対艦ミサイルでも撃沈するには至らなかったが、明らかに速度が落ちた。
シンノスケは機体の機銃のロックを解除する。
「よし、追いつける!このまま追撃して・・・あれっ?」
ターゲットにダメージを与えることに成功したが、シンノスケのSRF-102の方も限界だった。
警告音と共に急速に出力が低下する。
エネルギー切れだ。
「くっ、こちらスティンガー。ターゲットの足を鈍らせることに成功したが、こちらはエネルギー切れで航行不能に陥った」
『こちらパイレーツキラーだ!後は俺に任せろ』
追いついてきたパイレーツキラーが4発の対艦ミサイルを放つ。
ダメージを受けて速度と機動力が低下したところに4発の対艦ミサイル。
辛うじて1発目は躱したが、それこそがザニーの狙いだ。
僅かにタイミングを外して発射した残りの3発が次々と命中、船内に満載していた爆薬に誘爆して大爆発を起こし、ターゲットは轟沈した。




