スクランブル
旧ダムラ星団公国領奪還の初戦とされるアクネリア宇宙軍第9艦隊とM19艦隊を中心とした部隊の監獄コロニー解放作戦はアクネリア軍の完全勝利で決着した。
しかし、それは即ちアクネリア銀河連邦と神聖リムリア帝国との開戦を意味しているのだ。
神聖リムリア帝国に隣接するサリウス恒星州は侵攻の拠点となり、神聖リムリア帝国にしてみれば、反撃のための第1目標となるのは当然のことである。
加えて、サリウス恒星州はリムリア銀河帝国とも領域が接しており、アクネリア宇宙軍としては、神聖リムリア帝国がアクネリア銀河連邦とリムリア銀河帝国を相手に2正面作戦を強いられるのを期待していたものの、逆にアクネリア銀河連邦が両帝国を相手に2正面作戦を強いられる可能性も孕んでいるのだ。
無論、宇宙軍総司令部もその危険性から目を逸らすことも、楽観視することもなく、万全の備えをしている。
サリウス恒星州を中心に展開していた第2艦隊が出動したのと入れ替わりに宇宙軍第5艦隊、第8艦隊を中心とした4個艦隊がサリウス恒星州に展開して警戒に当たっていた。
宇宙環境局の調査船団護衛を果たし、厳戒態勢のサリウス恒星州に帰還したシンノスケ。
宇宙環境局の現地調査では数多くの新たな発見があったようだが、それは宇宙環境局や生物学者であるヤン達の範疇なのでシンノスケからは首を突っ込むつもりはない。
いずれヤンやサンダースから説明があるだろうからそれを待つことにする。
そんなわけで宇宙環境局の依頼を完了したことを報告するため、シンノスケはマークスを連れて自由商船組合を訪れた。
「お疲れ様でした。連続のお仕事、大変でしたね」
普段どおり慣れた手つきで手続きを進めるリナ。
「そうですね。あの2人も流石に疲れたみたいですよ」
あの2人とはミリーナとセイラのことだ。
2人共、護衛艦乗りとして経験を積み、長期間の航行や連続戦闘の経験もある。
しかし、今回のように連続で違う仕事を熟したことは初めてだし、それぞれの仕事は短期間だが、小惑星帯の中で来るか来ないか分からない脅威に備えて緊張を強いられ続けた経験も少ない。
今回の仕事では特に戦闘をしたわけでもないが、帰還した2人は体力、気力の限界で、シンノスケに命じられ、ドック内の居室で休息を取っている。
「はい。手続き完了です。報酬の方は・・・」
・・・・ピーッ!
その時、リナの手元の端末の画面に赤い警告灯が灯った。
いや、リナの端末だけでなく、組合内の職員の端末全てに警告灯が光っている。
・・・ビーッ、ビーッ、ビーッ!
続いて組合内に警報が鳴り響く。
「・・・嘘っ!第3種スクランブル?」
ただ事ではない事態だ。
自由商船組合に所属する護衛艦は武装しているものの、軍隊ではない。
しかし、非常事態の際には自由商船組合から所属する護衛艦に対して緊急出動指令、いわゆるスクランブルが発令されることがあるのだ。
スクランブルは第3種から第1種まで3段階あり、第3種は強制力は伴わないが、それでも緊急事態であることには違いない。
組合にいた多くの護衛艦乗りが最寄りのカウンターに駆け寄った。
「何がありました?」
シンノスケの問いにリナは端末に表示された情報を説明する。
「所属不明の艦艇1隻が本コロニーに向かっています。到達まで3時間程度ですが、超高速で一直線に向かってきます。宇宙軍と沿岸警備隊が阻止に向かいましたが、念の為、組合にもスクランブルが下命されたみたいです」
時間的距離で3時間とは随分と余裕があるようだが、現実はそうではない。
宇宙軍や沿岸警備隊が3時間以内に接触できるのか、目標を捕捉できるのかは、それぞれの部隊の位置関係により微妙なところなのだ。
「1隻とはいえ警戒網を抜けてこんなに近くに来るまで発見できなかったのか?」
広大な宇宙とはいえ、拠点となるコロニー周辺宙域の警戒は厳重だ。
シンノスケの言うとおり、その警戒を突破して目前まで迫られるのはあまりにも不自然だ。
「何らかのテロリズム的なことかもしれませんね」
マークスの推測のとおりだろうが、その原因を考えたり、突き止めている暇はない。
「とにかく、ドックに戻るぞ!ヤタガラスとフブキを出す!マークス、皆に連絡してくれ。緊急出航だ」
「了解!」
現時点、このスクランブルは護衛艦に対しての協力要請であり、強制力はないが、何らかの脅威が迫っている。
ホーリーベルも出すべきかと考えたが、ホーリーベルは高速船であるものの、武装は他の2隻に及ばない。
今回はヤタガラスとフブキの2隻だ。
兎に角、急いで出動する必要がある。
「ちょっと待ってください、シンノスケさん!」
駆け出そうとしたシンノスケをリナが呼び止めた。
「なんですか?」
「あの、シンノスケさんは組合の戦闘艇で出撃してくれませんか?」
確かに自由商船組合は旧式ながら戦闘艇を保有しているし、シンノスケは戦闘艇の操縦も出来る。
現に、アンディの訓練で戦闘艇で仮想敵役をしたこともある。
しかし、あくまでも操縦出来るというだけで、本職の戦闘艇パイロットには遠く及ばないのも事実だ。




