不思議な出会い
シンノスケ達がガーラ恒星州を出発した時、サリウス恒星州から少し離れた小惑星帯。
「クソッ!まだ追ってくるか?」
海賊船の襲撃を受けているグレン達が小惑星の間を掻い潜りながら逃げ回っている。
「まだ追ってきてるわよ。ビック・ベアの足で逃げ切れるわけないでしょう!」
「護衛艦はどこに行ったんだよ!」
「海賊の姿を見たら一目散に逃げたわよ!」
「チッ!一見の護衛艦なんかに依頼するんじゃなかったぜ」
グレン達にとっては何時もの採掘仕事の筈だった。
唯一違ったのは、シンノスケや他の顔見知りの護衛艦に護衛を依頼することが出来なかったことだ。
グレン達が主に採掘をしている現場は小惑星帯の中でも流れが殆ど無い滞留場所で、それなりの品質のレアメタルが安定して採掘できる地帯だが、それ故にその場所はグレン達だけの秘密となっており、そこでの採掘は信用できる護衛艦乗りにしか護衛を頼まない。
今回は顔馴染みの護衛艦が捕まらなかったため、仕方なく新顔の護衛艦乗りと契約したのだが、信用できるかどうか分からない護衛艦乗りに秘密の場所を教えるわけにもいかず、予定を変更して他の採掘業者も訪れる在り来たりな現場にしたのである。
それでも、グレン達の経験と勘で十分な量のレアメタルや鉱物を採掘できたのだが、そこを海賊に狙われたのだ。
「海賊に遭遇したら何もせずに逃げ出すなんて契約違反も甚だしい、損害賠償もんだぜ!」
「それもこれも生きて帰れたらの話でしょう!グレン、アリーサ達だけでも先に逃がしたら?シーカーアイの足なら逃げ切れるかもしれないわ」
カレンの提案にグレンは首を振る。
「確かに逃げ切れるかもしれないが、この先で待ち伏せされていたらマズい。それにアリーサ達のナビゲート無しでは俺達は確実に逃げ切れねえ!」
先を行くシーカーアイを守るように進むビック・ベア。
「シーカーアイからビック・ベア!後方の海賊船から熱源反応。高出力ビーム砲の砲撃来ます!」
メリーサからの通信の直後、高出力ビーム砲の砲撃がビック・ベアの左舷を掠めた。
「ビーム砲直撃せず、損傷なし。外したの?」
「わざとだよ!あんなもんまともに食らったらお宝ごと塵になっちまう。俺達をいたぶってんだよ。何時でも撃沈してやるぞ、ってな」
ビック・ベアの指揮席で状況判断をするグレンは拳を握りしめる。
「ビック・ベア、海賊に第2撃の兆候。警戒してください!」
グレンは決断した。
「畜生っ、これまでかよ!リアゲート解放!お宝を投棄しろ!」
「グレンッ!そんなっ」
「命あっての物種だ。事業主として仲間を死なせるわけにはいかん!お宝は奴等にくれてやる!」
「・・・了解、リアゲート解放、積荷を投棄」
ビック・ベアの後部のゲートが開かれ、採掘したばかりのレアメタル等が宇宙空間に投棄される。
「くそったれ!お宝はくれてやる!さっさと逃げるぞ」
ビック・ベアとシーカーアイは命からがら一目散に逃げ出した。
ビック・ベアがレアメタル等を投棄すると海賊船は速度を緩める。
「姐さん、奴等荷物を捨てて逃げ出しました。彼奴等、以前に仲間を沈めてくれた連中ですよ。撃沈しますか?」
「必要ないよ。仲間を沈めたのは奴等じゃない。奴等に張り付いていた護衛艦さ。それに、油断して沈められた方が悪い。そもそも、私達は善良な海賊だよ?聞き分けのいい客は大切にしないとね。折角私達にプレゼントしてくれたんだ、ありがたく頂戴しようじゃないか」
民間用の高速船を改造し、軍用の高出力ビーム砲を取り付けた海賊船のブリッジの中で海賊達は逃げ去るビック・ベアとシーカーアイを嘲笑しながら見送った。
グレン達が大変な目に遭っていたその頃、シンノスケ達のケルベロスはサリウス恒星州に向けて順調な航行を続けていた。
護衛対象もなく単独で航行する護衛艦にちょっかいを出す海賊船もおらず、ケルベロスのブリッジものんびりとした雰囲気だ。
「あれっ?」
そんな中、レーダーで周辺宙域の警戒を行っていたセイラが声をあげた。
「どうした?」
艦長席で合成フルーツ茶を飲んでいたシンノスケが尋ねる。
「いえ、航路を外れた宙域に反応があったんですが・・・」
セイラは首を傾げながらレーダーの出力を上げて索敵範囲を広げた。
「あっ、やっぱり。左舷方向レーダーに反応、大きいです。推定500メートルから800メートルクラスの移動体。海賊船でしょうか?」
セイラの報告を聞いてシンノスケもモニターを確認する。
「海賊はそんなサイズの船は使わない。かといって民間船でもないな・・・」
「目標、進路を変えました。こちらに向かってきます!」
シンノスケはモニターを睨む。
「マークス、アクティブディテクターで目標を確認してみろ」
「了解。・・・・該船、航行識別波の発信なし。不審船・・いや・・・これは宇宙船ですらありません。高解像カメラで捉えました。映像出します」
マークスはカメラの映像をブリッジの大型モニターに切り替えた。
そこに映し出されたのは巨大な岩の塊のように見える。
「へえ、こんな所で珍しいな」
映像を見て緊張を解いた様子のシンノスケにセイラは首を傾げた。
「あの、あれはなんなんですか?小惑星?」
「いや、あれは宇宙クジラだよ。こんな所でお目に掛かれるのは本当に珍しいぞ」
「えっ?宇宙クジラ?本当に?」
宇宙クジラとは宇宙空間に生息するクジラだ。
クジラといっても海洋生物のクジラとはまるで違うし、そもそも生物であるのかどうかも解明されていない不思議な存在である。
流線型の体は確かにクジラのような形状だが、体全体を小惑星等の岩石で覆っており、その内側を垣間見ることは出来ない。
それでいながら方向を変える時には体をくねらせるし、時には群れを作ることもあり、生物のクジラそのものだ。
「凄い。噂では聞いたことがありますし、学校の授業でも教官が冗談交じりで話していましたが、本当に存在していたなんて・・・」
セイラが呟くのも無理はない。
宇宙クジラは多くの船乗りが知識としては知っているものの、目撃例はとても少ないのだ。
探して見つかるようなものではなく、捕獲された実例もないため、正体は解明されていない。
それでも、宇宙船に出会うと興味を示したかのように接近してきたり、宇宙空間を共に泳ぐこともあり、出会えたら幸運だと言われるレアな存在だ。
今もケルベロスに興味を示したのか、接近してきて併走し始めた。
セイラは目を輝かせてモニターを食い入るように見ている。
「凄い・・・・。でも、何で正体が分からないのでしょう?調査とかはされないのでしょうか?」
セイラの疑問にシンノスケが答える。
「調査したくても出来ないんだ。探して見つかるような存在ではない。レーダー波程度なら逃げ出さないが、身体をサーチしようとするとたちまち逃げてしまう。こいつらは宇宙船の航行不能宙域でも平気で泳ぎ回るしな。そして、万が一にも攻撃でも加えたら、あの巨体で体当たりしてきて船を沈められてしまう。まあ、船乗りの間では宇宙の神秘として片付けられている。もしも出会えたらラッキーだってね」
宇宙にはまだまだ人類の手や知識が及ばないことが沢山ある。
宇宙クジラもその1つで、人間が手を出してはいけない存在なのかもしれない。
ケルベロスに近付いてきた宇宙クジラはそれから小一時間、ケルベロスの周りを泳ぎ回ると満足したのか、それとも興味を失ったのか、ケルベロスから離れて宇宙の闇の中へと消えていった。
「凄い、とっても貴重な体験でした・・・・。シンノスケさんは以前にも出会ったことがあるんですか?」
興奮冷めやらない様子のセイラ。
「ああ、宇宙軍にいた時に一度だけな。あの時は5頭で群れを作っていた。子供のクジラも混ざっていたな」
「子供の宇宙クジラ?見てみたいなあ」
「子供っていってもこのケルベロスよりも大きいぞ」
「宇宙クジラの赤ちゃん、可愛いんだろうなあ・・・」
セイラはすっかり宇宙クジラの虜になっていた。
そんな不思議な出会いを経てケルベロスはサイラス恒星州へと航行を続けたのである。




