密告者
アクネリア首都コロニーでの滞在では予想外の出来事はあったものの、大きなトラブルに見舞われることなく出発の時を迎えた。
帰りは空荷で戻る予定だったが、ちょうどサリウス恒星州に向かう貨物船の護衛依頼があったのでついでに請け負うことにする。
ただし、比較的安全な航路での護衛依頼であり、依頼主の貨物船としても保険のようなものなので報酬は格安だ。
そしてもう1つ、自由商船組合で新たにサリウス恒星州に配属になる若い職員3人がヤタガラスに同乗する。
こちらはリナが持ってきた案件であり、報酬は格安を通り越してシンノスケの小遣い銭程度にしかならない。
旅客業務資格を有しているとはいえ、そのための設備も整っていなく、サービスを提供できる環境も無いのでこれは仕方のないところだ。
それでも本部で研修を終えたばかりの新米職員にとっては非常にありがたい提案らしい。
当然ながら仕事で赴任するのだからその旅費等は赴任手当として支給されるが、それは赴任先によって定められた定額であり、一般的旅客船の3等旅客席の料金程度。
3等旅客席でも確保できれば御の字で、席が確保できなくて2等以上の席だったりと、手当以上の価格になった場合には差額は自己負担になるらしい。
これは新米職員には手痛い出費だということで、リナがシンノスケに相談したところ、シンノスケは客室や食事等は提供できるが、それ以上の旅客サービスを提供できないということで、一般的な3等船室の半額程度の料金で引き受けた。
因みに差額が生じた場合は自己負担だが、逆の場合は返納する必要はないので3人は大喜びで乗り込んできた。
シンノスケにしても普段から世話になっているリナの頼みだし、ただ帰るだけに比べれば遥かにマシということだ。
そのような経緯で小額報酬ながらも仕事を請け負ったシンノスケだが、帰路についても極めて平穏で、何度か宇宙海賊と思われる不審船の追尾を受けたものの、護衛艦の存在に気づいたのか、攻撃等を仕掛けることなく姿を消した。
その後も、トラブルに見舞われることなく順調に航行を続け、無事にサリウス恒星州中央コロニーに帰還したシンノスケ達。
「シンノスケさん。今回は色々とお世話になりました。私は新人を組合まで案内しますのでこれで失礼しますねっ!」
艦を降りるなり何か急ぐように早口で礼を伝えたリナは新人職員を連れて逃げるようにドックから立ち去った。
「あっ、あれ?どうしたんだ?」
首を傾げるシンノスケの横にマークスが立つが、何やら微妙に距離を取っている。
「リナさんなりの危機管理なのでしょう」
「危機管理?なんだそ・・・えっ?」
マークスの言葉を聞いてさらに首を傾げるシンノスケだが、突然背後から両腕を拘束された。
「シンノスケさんにたっぷりと聞きたいことがあります!」
「シンノスケ様、説明していただきますわよ!」
右腕をセイラ、左腕をミリーナに絡め取られ、逃げ出すことができない。
「いや、リナさんが同乗したのは仕事の一環でやましい?ことは何もない・・・ぞ。それに、帰りも仕事を請け負ってきたんだ。だから何の問題もない・・・と思う」
必死で弁解するシンノスケだが、左右から見上げるセイラとミリーナの視線が痛い、というか怖い。
「シンノスケさんがお仕事をしていたことは知っていますよ。まあ、色々と疑念はありますが、それは信じてあげます」
「でも、仕事以外でお楽しみがあったんですよね?例えば、連邦議会の議員さんとの会食とか・・・」
シンノスケの表情から血の気が引く。
「えっ・・・何故それを?」
「議員さんだけじゃありませんよね?他に官僚さんとか、リナさんのお母さんとか!」
重要な情報が漏洩している。
シンノスケは拘束されたままマークスを見た。
「マークス、お前、裏切ったな!」
「裏切るなんてとんでもない。私は御三方の調和とクルーの信頼関係のために前もって必要な報告をしたのみです。それに、マスターのことですから遅かれ早かれバレることです。ならば早い方がいいですよ」
「マークス、貴様!それでも・・・」
マークスに対する抗議の途中で連行され始めるシンノスケ。
「「さあ、時間はたっぷりあります。ゆっくりと聞かせてもらいますよ」」
「ちょっ、ちょっと待てくれ2人とも!アクネリア銀河連邦刑事捜査法の適用を求める。被疑者の権利の保護を!」
「何を言っているのですかシンノスケ様。シンノスケ様は被疑者としての取り調べを受けるわけではありませんのよ。私達の質問に答えていただきたいだけですわ」
「それなら・・・」
「被疑者としての取り調べではないので、アクネリア銀河連邦刑事捜査法第32条に定められている供述拒否権や黙秘権は適用されません。加えて、第34条の『拷問による自白の強要の禁止』も適用されませんのよ。勿論、私達はそんな野蛮なことはしませんので安心してくださいまし」
2人に腕を引かれて連れ去られるシンノスケ。
「そんなの安心できるかっ!マ、マークス、助けてくれっ!2人にあの時の状況を説明してやってくれ!」
助けを求めるシンノスケに対してマークスはたった一言で返答する。
「無理です」
「マークス、貴様っ、覚えてい・・・」
とうとうドック内の事務室に連れ込まれたシンノスケ。
「覚えていろ・・・後が怖いので記憶を抹消します」
マークスはシンノスケが連れ込まれた事務室に背を向けて歩き出した。




