仕組まれた食事会
リナと店員に案内されてレストランの個室に案内されたシンノスケとマークス。
そこで2人を出迎えたのは錚々たる面子だった。
(おい、マークス。これは一体何事だ?)
(リナさんのご家族のクエスト家の方々ですね。リナさんの祖父は連邦議会議員、お父上は法務省の高級官僚、兄は宇宙航路局、姉は財務局の官僚だった筈です。それから、お母上は専業主婦ですね)
(その家族が何故ここに?)
(私が知るわけないでしょう。リナさんの策略ですよ。まあ、こうなることは私もある程度は予測していましたが)
(なんだと?)
(リナさんがマスターを誘うのにドレスコードのある店を選ぶはずがないでしょう。しかも私まで巻き込んで、こんな格好させられているのですから。全て計画的なものですよ)
(予測していたなら、なぜ俺に知らせなかった?)
(予測の確度が74.8パーセントで確定情報ではなかったので、報告の必要性を認めませんでした)
(74.8って、お前わざとだろう?後で覚えておけよ!)
(『後で』『覚える』言葉の意味が不明瞭です。記憶しておく必要性を認めません)
この間僅かに4秒。
無言のままでの超高速の意思疎通という高度でありながらくだらない情報交換をやってのけるシンノスケとマークス。
そうはいってもシンノスケも弁えており、即座に背筋を伸ばして敬礼する。
「サリウス恒星州自由商船組合所属の自由商人シンノスケ・カシムラです」
連邦議会議員であろうが、高級官僚であろうが、礼節を弁えて背筋を伸ばしたとしても臆することはない。
そんなシンノスケの堂々たる姿勢にリナの祖父は柔和な笑みを浮かべ、父親等は感心しているようだ。
どういうわけかリナが得意げな表情を浮かべている。
「リナの祖父のマイルズ・クエストです。君のことはとても優秀な船乗りだと孫娘から聞いていますよ。リナがいつもお世話になっているので、そのお礼を兼ねてご招待しました。堅苦しい席ではありませんので、リラックスして食事を楽しんでください」
「はっ!ご馳走になります」
堅苦しかったのは最初だけで食事が始まればリラックスした雰囲気で時間が過ぎてゆく。
「カシムラさんはすごい人だって、最近の娘からの連絡はカシムラさんのことばかり。マークスさんと2人で商売を始めて僅かな間に船とクルーを増やして商会を設立したそうですね」
「まあ、元が軍人で商売については素人ですからね。色々と失敗しながらもなんとかやっています。つい先日も所属する船を沈めたばかりです。人的な損害はありませんが、これまでに2隻も船を沈めていますからね、優秀だとはとても言えませんよ」
「それでも商売の規模を拡大しているし、マークスさんをはじめとしてクルーも優秀な人ばかりなんですから、シンノスケさんが一番凄いんですよ」
主に話し掛けてくるのはリナの母親で、それにシンノスケが答え、リナが自慢げに補足する。
その他の家族はそんな会話を聞いて相槌を打つ程度であり、この場の主導権を握り、支配しているのはリナの母親だ。
一歩間違えればクエスト家に取り込まれるかもしれないと危惧したが、リナ自身も、家族もそこまでは企んでいないようで、あまり立ち入った話題にはならなかった。
その雰囲気が変わったのは食事が終わった後のことだ。
「カシムラ君、ちょっと2人で込み入った話がしたいのだが構わないかね?」
マイルズからの申し出を受けたシンノスケはそれに応じ、2人は別室に移動した。
別室で向かい合わせに座り食後のコーヒーを飲む2人。
「リナも話していたが、ここに来るまでに宇宙軍の艦隊とすれ違っただろう?」
「はい。あの航路で3個艦隊。他の恒星州からも出動したのだとすれば他に少なくとも2個艦隊は動いていますね。主力艦隊は第6、第9艦隊と、サリウス恒星州に駐留する第2艦隊だけだと思いますが」
シンノスケの答えにマイルズは頷く。
「流石、元宇宙軍士官だね。で、カシムラ君は今回の宇宙軍の動きをどう見るかね?」
試すように問い掛けるマイルズ。
連邦議会議員が宇宙艦隊の出動目的を知らない筈がない。
これはちょっと危険な質問だ。
「まあ、艦隊編成を見れば何らかの良くないことが進行しているのだと思いますが、それが何であるかはお答えしかねます」
シンノスケの考える『良くないこと』はおそらく現実のものだが、それについて一介の自由商人が連邦議会議員に話すのは憚られる。
「変なことを聞いてしまった。勘弁してほしい。サリウスで働くリナのことが心配でな。リナのそばにいる君につい余計なことを聞いてしまった」
「別に構いません」
マイルズはコーヒーを一口飲む。
「失礼ついでにもう1つ聞いていいかね?」
「質問の内容によりますね」
「君が思う良からぬことが起きた場合、君は何を守ることを優先する?」
マイルズの曖昧な質問にシンノスケは迷わずに答える。
「自由商人としてはクルーと商会を守ることが最優先です。ただ、船乗りとしての立場だと違う判断です」
「その違いはどのように選択する?」
「その時の状況により、ですね。私はあらゆる状況下で最善の選択をするように心掛けています。まあ、選択を誤ることもありますが、致命的な選択誤りをせず、今まで生きてこられましたよ」
「なかなか良い心掛けだよ。君は今までの人生の中で良い選択をしてきたのだろうな」
「『人生は選択肢の連続』が私の信条ですからね。選択肢を誤っても次の選択を誤らなければどうにかなりますよ」
マイルズは深く頷く。
「私は君のことが気に入ったよ。リナの婿に欲しい、と言いたいところだが、それはリナや君の選択すべきことだな。しかし、今後のことを考えると信頼できる君がリナの近くにいてくれるだけで少しは安心できるよ」
「あまり過分な期待を寄せられても困りますよ」
「まあそう気にしなくてもいい。これは私が勝手に期待しているだけだからね」
今度はシンノスケが肩を竦めた。
マイルズは間違いなくリナの祖父であり、リナの性格はマイルズにそっくりだ。




