新しい船は慎重に1
「・・・というわけで、急遽組合からの仕事を受けたんで、俺とマークスでちょっと行ってくる。2週間も掛からないから、その間、他の皆は休暇だ」
ドックに戻って組合からの直接依頼を受けたことを皆に説明したところ、アッシュやアンディ達は納得したものの、ミリーナとセイラが納得しない。
「シンノスケ様!シンノスケ様とマークスでヤタガラスを出動させるのに、副操縦士の私を連れて行かないというのはどういうことですの?」
「そうです。私だってシンノスケさんの船の通信、航行管制士ですよ」
2人とも色々と言っているが、結局はシンノスケにおいて行かれるのが嫌なだけだ。
「いや、今回はアクネリアの領域内を行って帰ってくるだけだから人手はいらない。領域内であれば宇宙軍や沿岸警備隊だけじゃなく恒星州警察隊も目を光らせているんだから宇宙海賊に襲われる可能性は殆ど無いしな。俺とマークスでのんびり行ってくるよ。まあ、超希少金属の輸送なんで組合から運送管理責任者が1人同乗することになるが、旅客輸送じゃないから特にサービスを提供する必要もないそうだ」
「「その『殆ど無い』が一番危険なんです」わっ!」
2人は声を揃えるが、シンノスケは肩を竦めて笑う。
「いや、考えてもみろ。確かに領域内でも宇宙海賊等の犯罪船が出没する可能性が全く無いとはいえないが、出たとしてもせいぜい海賊くずれの小悪党程度だ。領域内であまり派手に暴れれば直ぐに摘発されてしまうからな。仮にそれなりの宇宙海賊が襲ってきたとしてもレーダーや通信機器を破壊しておしまいだよ。今回は俺とマークスの2人で十分だ」
シンノスケの言うとおり、ヤタガラス相手では並の宇宙海賊では勝負にもならない。
戦闘になる前にジャミングで目と耳を潰されて終わりで、下手をすれば通信やレーダー等の機器を破壊されて自船の位置や方位を見失ったまま宇宙空間に放置されるという地獄のような運命が待ち受けているだけだ。
「「でも・・・」」
「それに、休みといってもフブキを使って訓練していても構わないぞ。2人共、取得しなければならない資格があるだろう?」
「「・・・」」
「アッシュ達にでも見てもらえばいい。沿岸警備隊あがり特有の目線で教わることも多いだろう。アッシュ、頼めるか?」
「任せておいて!」
ここまで言われては2人も納得するしかない。
結局、アクネリア首都への仕事はシンノスケとマークスの2人で対応することになったのだが、ミリーナとセイラはシンノスケにおいて行かれたくないばかりにシンノスケの言葉の中の重要な一言を聞き流してしまっていたのである。
翌日、シンノスケはアンディとエレンを連れて新しい護衛艦を見繕いに出掛けた。
普段なら真っ先にサイコウジ・インダストリーに出向くところだが、お目当ての護衛艦はツキカゲのような輸送艦ベースのものだ。
確かにサイコウジ・インダストリーでも軍の輸送艦を建造しているが、今回は他の会社の船も選択肢に入れてみることにした。
とはいえ、サイコウジ・インダストリーへの義理もあるので、予めハンクスに新しい護衛艦の希望を伝えて候補をピックアップしてくれるよう頼んだ上で、先に別のメーカーであるピレニーFCを向かう。
ピレニーFCは主に大型船を建造、販売しており、民間用貨物船から軍用の戦艦や宇宙空母まで幅広く手掛けているメーカーだ。
先の騒動の際にシンノスケが撃沈して入手したステルス艦の残骸を売却した企業でもある。
ピレニーFCに到着すると、事前に連絡を入れておいたせいか、直ぐに商談用の応接室に通された。
「そうしますと、以前はサイコウジ・インダストリー製のゲッコウ型を運用しており、今回はそれを上回る性能の輸送艦をご希望ということですね」
担当する営業職員は若いがテキパキとした対応だ。
「そうです。護衛艦としても運用する予定ですので、それなりの武装も必要です」
「因みに、クルーは何名で運用されますか?」
「ここにいる2人と総合支援型のドールの3人体制です。この2人は若いけど腕の良い船乗りです」
シンノスケの言葉に照れる2人だが、お世辞抜きの正当なる評価だ。
「分かりました。・・・そうしますと、弊社として取り急ぎご提案できるのはこちらのモデルとなります」
担当者は端末を操作してデータをシンノスケ達に提示する。
「オルカ級ですか」
「はい、オルカ級高速輸送艦の85番艦で、ロールアウトしたばかりの新造艦です」
オルカ級はアクネリア宇宙軍でも現役で運用されている輸送艦で、ペイロードは1000トン。
強力なエンジンを装備した高速輸送艦だ。
現役の輸送艦であり、加えて新造艦なので価格はシンノスケの想定よりもかなり高額で、その額を見たアンディが石化している。
「カシムラ様の商会ではユキカゼ型の試作艦と、他にサイコウジの実験艦を運用していると窺いましたが、弊社のオルカ級ならそれらの艦にも問題なく帯同出来る筈です」
確かにオルカ級の速度はヤタガラスやフブキとも遜色ないだろう。
「あれ?この艦、まだ武装が施されていませんね?」
シンノスケが気付いたことだが、提示されたオルカ級には武装がない。
「はい、まだロールアウトしたばかりなので武装はありません。ただ、弊社としましては武装を施さないまま、現状でのお引渡しをお勧めします」
「どういうことですか?」
「ご存知かと思いますが、弊社はどちらかというと戦艦や宇宙空母等の大型艦が主力で、大型艦用の装備は取り揃えているのですが、中型艦以下に装備するような武装は他社に引けを取ってしまいます。マウントや管制システムは軍の共通規格のものですので、武装に関しては他社の物を取り付けることをお勧めします」
なんとも馬鹿正直だが、誠実な対応だ。
オルカ級はかなり魅力的だが、サイコウジ・インダストリーの方も気になるので、一旦保留してサイコウジ・インダストリーに行ってみることにした。




