のんびり帰還
「シンノスケもマークスも元気そうで安心したわ」
「「ありがとうございます」」
「シンノスケ達が来ると聞いて楽しみにしていたのよ」
笑いながら話すエミリア。
「で、楽しみにしてくれていた義姉さんは私を驚かすためだけに店舗店員の制服を着て待っていたということですか?」
呆れるシンノスケにどこ吹く風のエミリア。
「驚いたでしょう?こういう遊び心がデザイナーには大切なんです。まあ、制服の着心地や動き易さを確認して職場環境の改善を図るのは経営者として当然のことですしね。ちょっとした悪戯と仕事の両立です」
「・・・そうですか」
飄々と話すエミリアにシンノスケは余計なツッコミを諦めた。
元々シンノスケがエミリアに太刀打ち出来るはずがないのだ。
サイコウジ・デザイナーズはファッションデザイナーの側面を持つエミリアがカンパニーの会長に就任する以前に立ち上げたデザイナーズブランドであり、シンノスケの艦長服もエミリアがデザインしたものだ。
そのような経緯もあり、セイラの制服もサイコウジ・デザイナーズにオーダーすることにしたシンノスケがサリウスを出発する前に連絡を入れておいたのだが、そうなればシンノスケが話さずともエミリアの耳に入るのは仕方のないことである。
もっとも、今回のオーダーについては既にデザイナーとして一線を退いているエミリアが関与することはなく、所属するデザイナーがデザインしているということだ。
デザイン自体は既に完成しているということで、後はセイラの身体のサイズを確認したうえで縫い上げるだけらしく、数日もあれば完成するらしい。
採寸のため担当者に案内されて退室していくセイラを見送ったエミリアが優しく笑う。
「可愛らしい女の子ね。シンノスケがクルーを雇い入れたと聞いた時には驚いたけど、色々と事情があったようね。でも、受け入れると決めたのだから雇用主としてしっかりと責任を取りなさい」
「はい」
結局、エミリアは本当にシンノスケ達の顔を見に来ただけらしく、その後のことについては余計な口出しをせず、シンノスケ達と午後のお茶を楽しんだあとはさっさと帰っていった。
セイラの制服が完成するまでの数日はガーラに滞在することにしたシンノスケ達。
サイコウジ・デザイナーズを出たシンノスケ達は早速仕事の打ち上げのために食事に行くことにした。
「すごいご馳走・・・あのっ、美味しそうですね」
シンノスケ達が入ったのは平均的な大衆レストランで、注文したのもごく普通のセット料理だ。
シンノスケ自体が堅苦しい食事が苦手なため、気軽に入れる店を選んだのだが、それでもセイラは目を輝かせて感激している。
「今回は初仕事の打ち上げだから遠慮せずに食べてくれ。他に食べたいものがあるならどんどん追加注文してくれて構わないぞ」
「はい、ありがとうございます」
食事を楽しむシンノスケとセイラ。
マークスは食事を摂る必要はないのだが、3人での打ち上げということで同席している。
「ところで、制服の制作ならば、わざわざ足を運ばずとも、セイラさんの採寸データを送信すればよかったのではありませんか?」
マークスの素朴な疑問にシンノスケは首を振る。
「セラに身体のサイズなんか聞けるか!コンプライアンスだか、ハラスメントだかに抵触してしまう」
「プッ、大丈夫ですよ。ちゃんとした目的があるならばハラスメントにはなりません。聞いてくださればよかったのに」
セイラも笑うが、シンノスケは真剣だ。
「無理だ。俺がセラにそれを聞くことは出来ない。俺が恥ずかしくなってしまう」
くだらないことを気にするシンノスケにセイラは更に笑った。
「そういえば忘れていたが、マークスも制服をオーダーするか?」
「必要ありません」
話題を変えようとしたシンノスケの提案を即座に拒絶するマークス。
「どうしてですか?マークスさんは身体が大きいから制服、似合いそうですけど」
セイラも首を傾げる。
「そもそも、私は生体組織外装を施したドールではないので、服を着る必要がないのです。ただ、仕事をする上で各種アイテムを携帯するのに都合がいいので作業ズボンと軍用ジャケットを着ているだけです。軍用ブーツは、まあジャケットとズボンとのバランスです。服を着ているのに靴を履いていないのはバランスが悪いですからね」
そんな他愛ない会話と食事を楽しみながら3人は和やかな一時を過ごし、その後、セイラの制服が出来上がるまでの間、3人はちょっとした休日を過ごした。
オーダーしてから4日後、セイラの制服が仕上がったとの連絡を受けてシンノスケとセイラはサイコウジ・デザイナーズにやってきた。
「あのっ、これ、凄くステキです」
出来上がったばかりの制服を着てシンノスケに披露するセイラ。
薄い紺色を基調としている制服は、シンノスケの艦長服に似た落ち着いたデザインでありながら、若いセイラによく似合う。
白いラインの入ったベレー帽に活動的な上衣の腰の位置には白い帯革がセットになっており、小物を入れるポーチ等が取り付けられている。
下衣はズボンとキュロットスカートの2種類が用意されているが、セイラはキュロットスカートの方が気に入ったらしい。
ご丁寧に制服に合う白いブーツまで用意されている。
「これはいい出来栄えだし、セラにもよく似合っているな」
正直な感想を述べるシンノスケにセイラは挙手の敬礼をしながら笑顔を見せた。
「シンノスケさん。私、ケルベロスのクルーとして早く一人前になれるように頑張ります」
シンノスケに出会ってから一番の笑顔だが、敬礼についてはまだまだだ。
敬礼は船乗りの基本中の基本。
これからしっかりと教え込まなければならない。
そう決意するシンノスケだった。
護衛任務にセイラの制服と、今回の目的を遂げたシンノスケ達はサリウス恒星州に帰還する。
帰りは仕事を請け負う予定は無かったが、マークスがガーラ恒星州の商船組合で丁度良い仕事を見つけてきたので、帰りも仕事だ。
医薬品開発の研究機関からの依頼で、医療薬の材料となる化学物質15トンの運送。
特に危険な物質ではないが、報酬が安いため、引き受ける商人が見つからず、他の運送依頼と抱き合わせになるところだったが、その直前にシンノスケ達が引き受けた。
報酬は安いが、シンノスケ達は空荷で帰る予定だったため、少しでも利益になるなら万々歳だ。
「さて、サリウスに帰るか。セラ、帰りは通信とレーダー監視を任せるぞ」
「了解しました」
ケルベロスはガーラ恒星州の宇宙港を出港し、サリウス恒星州へと帰還の途についた。
海賊に狙われるような積荷でもなく、それを運ぶのが戦闘艦となれば、帰りはのんびりとした航行になるので、セイラの研修には丁度良い。
そう思っていたシンノスケだが、帰還の途中で思いもよらぬ事態に遭遇することになるのだった。




