ツキカゲ
戦火を避けてポルークス側の国際宙域に抜けたシンノスケ達は反転し、空間跳躍を試みる。
この宙域の跳躍ポイントならば空間跳躍で一気にリムリア銀河帝国領を飛び越えることが可能だ。
「座標計算終了。跳躍先の座標を固定しました」
「了解。それでは先ずは本艦が跳躍、続いてツキカゲ、フブキの順だ。ミリーナ任せたぞ」
セイラの報告を受けたシンノスケは空間跳躍を指示する。
ミリーナがスロットルレバーを一気に押し込んだ。
「跳躍突入速度に到達、跳躍ポイント接近、カウントダウン開始しますわ。5、4、3、2、1・今!」
先行してヤタガラスが空間跳躍を行った。
空間跳躍により超空間を航行する時間はほんの数秒。
ヤタガラスは直ぐに通常空間に戻った。
「・・・跳躍終了。通常空間に戻りまし・・・レーダーに反応多数!艦籍照合。リムリア、いえ神聖リムシア帝国の艦隊です。方位9に50隻程、方位1に15隻の集団。1時の方向の集団が戦闘態勢を取っています!」
ヤタガラスのブリッジに緊張が走る。
「航行識別波を最大に!」
「了解・・・駄目です!1時の方向の集団に攻撃の兆候!撃ってきました!」
航行の自由が認められた国際宙域において民間船への警告なしの攻撃。
明らかな国際法違反だが、そんなことを言っている場合ではない。
「シールド出力最大!火器管制解除、だがまだ撃つなよミリーナ。防御と回避に徹するんだ」
「了解ですわっ!」
「ツキカゲがワープアウトしてきます!続いてフブキ」
『跳躍完りょ・うわわっ!』
『ワープアウトって、何で戦闘になってるのよっ!』
「ヤタガラスからツキカゲ及びフブキへ!私達は現在神聖リムリア帝国艦からの攻撃を受けています!各艦は反撃は行わずに防御と回避に専念。方位11に離脱します」
3隻は離脱のため即座に隊列を組んだ。
黒薔薇艦隊旗艦ブラック・ローズのブリッジでは艦隊司令官のベルローザがことの成り行きを見守っていた。
「ポルークス方面から空間跳躍でこの宙域に跳んでくる敵がいるかもしれないってエザリア姉様の予想に従って警戒に当たっていたけど、跳んできたのは民間船が3隻かい。しかも、あの船、宇宙ってのは広いようで狭いのかねぇ。それとも、あの男とは変な縁でもあるのかねぇ」
フブキの姿を見たベルローザはうんざりしたように呟く。
「前方に展開していた第3艦隊第6駆逐戦隊が攻撃を始めました」
副官のザックバーンの報告に呆れ顔を浮かべる。
「何をやっているんだい。国際法違反じゃないか」
「我が艦隊は援護しなくてよろしいので?」
「バカを言うんじゃないよ!功績にもならない功を焦って法に違反したボンクラの援護なんかする必要ないよ。第一、たった3隻の民間船相手に15隻の袋叩きだよ。バカバカしいじゃないか。そんなのに私等が加担する必要はないよ。・・・そうだね、駆逐戦隊の連中に国際法違反だと通告だけしておきな。後々私等まで巻き込まれてはたまらないからね」
「了解しました」
ベルローザは状況を鑑みて静観することを決めた。
艦隊司令官としての判断だ。
「また船を変えたようだけど、あの男が相手じゃ下手すると返り討ちだよ。・・・って、ちょっとヤバいんじゃないかい?収拾がつかなくなるよ」
ベルローザの額の第3の目が開いた。
レーダー管制を行っていたセイラが声を上げる。
「ツキカゲに直撃弾!当たりますっ!」
『了!回避・・・うわっ!』
隊列の2番手を進んでいたツキカゲに砲撃が直撃した。
「アンディ、無事かっ?」
『こちらツキカゲ、ブリッジは無傷でアンディも私もマデリアさんも無事です』
エレンの報告に胸を撫で下ろす暇はない。
「ツキカゲ、メインエンジンに致命的なダメージ!このままでは爆散します!」
ヤタガラスのサーチ機能でツキカゲのダメージを調べたセイラが悲鳴を上げた。
「アンディ。艦を捨てて脱出しろ!」
『いや、何とかしてみせ・・』
『アンディ、無理よっ!エンジンの内圧が限界を突破するわっ!』
アンディとエレンの声が錯綜する。
「アンディ!ツキカゲはもう駄目だ!命令だ、脱出しろ」
『・・・了解しました』
「急げっ!」
『了解!シンノスケさん、エレンとマデリアさんを頼みます!』
『アンディ、何を言っているの?』
覚悟を決めたアンディの声。
「アンディ、馬鹿な考えはよせっ!」
『俺はツキカゲの艦長です。艦を守れなかったその責任を果たします!』
アンディはツキカゲと運命を共にするつもりだ。
しかし、シンノスケはアンディの覚悟を受け入れるつもりはない。
時間がないので容赦のない強硬策に出る。
「マデリア、命令だっ!無理矢理にでもアンディをシャトルに引きずり込め!抵抗するならば殴ってでも構わない!」
『了解しましたご主人様』
抑揚のないマデリアの返答。
『・・えっ?マデリアさん、なんですかそのスパナはっ!ちょっと、無表情で近づかないでっ!スパナはやり過ぎ・・・わっ、分かりまし・がっ!』
そしてアンディの声が途絶えた。
『ご主人様、命令に従い3人で脱出します。受け入れをお願いします』
「了解・・・」
『ちょっと待ってシンノスケ。怪我人がいそうだからシャトルはフブキが収容するわ』
「頼む。ヤタガラスはフブキの収容作業を援護する」
ツキカゲから脱出用シャトルが発進したその直後、アンディ等の脱出を見届けたかのようにツキカゲのメインエンジンが小爆発を起こすと、船体各所に誘爆し、やがてツキカゲは轟沈した。




