ガーラでの真の目的
ケルベロスとオリオンはガーラ恒星州中央コロニーの管制宙域に到着した。
通信を任されていたセイラはオリオンに対して最後の通信を送る。
「ケルベロスからオリオン、現時点をもって貴船の護衛任務を終了します」
『オリオンからケルベロス、ここまでの護衛に感謝します。貴方達のおかげで無事に目的地に到着できました。本当にありがとう』
オリオンからの返信にセイラは胸の奥がジンと熱くなった。
(私は何もできなかったけど、シンノスケさん達と一緒にこの仕事をやり遂げたんだ)
心地よい達成感がセイラを包んだ。
その後、オリオンと別れたケルベロスはガーラ恒星州中央コロニーの宇宙港に入港し、本当の意味でのセイラの初仕事は終了したのである。
ケルベロスを宇宙港に停泊させたシンノスケは改めてセイラを見た。
「初仕事、お疲れ様」
労いの言葉を掛けるシンノスケにセイラは恐縮して頭を下げる。
「あっ、あの、すみません。何のお役にも立てませんでした」
謝罪するセイラを見てシンノスケはニッコリ(と本人は思っているが、実際には悪そうな表情でニヤリ)と笑う。
「初めてなんだから出来なくて当たり前だ。むしろ、最初から何でも出来るような可愛げの無い優秀過ぎる人材は俺はキライだよ」
冗談交じりではあるが、シンノスケの本心だ。
その言葉を聞いてセイラは一瞬だけキョトンとするが、思わず吹き出した。
「プッ、クスクスクス。ありがとうございます。あのっ、私、今後も一生懸命頑張ります」
シンノスケは笑いながら頷いた。
「よし、今回の仕事は無事に完了したということで、早速行くか」
突然言い出したシンノスケにセイラは首を傾げる。
「行くって、どこかにお出掛けですか?」
「ああ。ちょっと予定があってな。皆で出掛けるからセイラも準備してくれ」
「あの、出掛けるって、どちらにですか?」
「ああ、職場環境の向上と福利厚生だ。・・・分かりやすく言えばちょっとした買い物と食事に行くだけだよ」
シンノスケに促されて自室に戻って着替えを済ませ、出掛ける準備をするセイラ。
辛いことが続いていて気が滅入りがちになっていたので、シンノスケからの誘いは素直に嬉しい。
ガーラ恒星州に来たのは初めてなので街に出るのが楽しみでもある。
早速準備を終えた3人は街へと繰り出した。
「とりあえず、当初の予定を済ませてしまうか」
そう言ったシンノスケがセイラを連れて来たのは、街の中心部にあるとあるビルだ。
1階と2階に店舗が入るビルを見上げてセイラは呆気にとられている。
「あっ・・・サイコウジ・デザイナーズって、あの有名な高級ブランドの本社ビルじゃないですか。こんな所に何の用なんですか?」
驚いているセイラを連れて店内に入るシンノスケを待ち受けていたのは1人の女性店員。
「カシムラ様、お待ちしておりました」
シンノスケが事前に連絡していたのか、店員はその到着を待ち受けていたらしい。
「・・・・・あっ、よろしくお願いします」
店員を見て血の気が引いたかのような表情を浮かべたシンノスケだが、辛うじて気を取り直す。
「シンノスケさん、こんな高級店でお買い物ですか?」
「セイラが仕事中に着る制服を頼みに来た」
「えっ?私の・・・ですか」
「ああ、いつまでもトレーニングウェアというわけにはいかないだろう?」
実は、財産の大半を失ったセイラは持っている服も少なく、特に仕事中に着る服が無い。
初仕事の時には他に着る物が無いので動きやすいトレーニングウェアを着ていた程である。
それを気にしたシンノスケがセイラの制服を作ることを決め、それをオーダーしに来たのだ。
「でっ、でもっ、サイコウジ・デザイナーズって高級ブランドですよ。しかもオーダーだなんて、私には・・・」
「問題ない。そもそも俺の艦長服もサイコウジ・デザイナーズのものだし、丁度良いさ」
セイラは再度驚いた。
「えっ?シンノスケさんの艦長服、ステキだと思っていたんですけど、サイコウジ・デザイナーズのものだったんですか?」
「まあ、俺にこだわりは無いんだが、ちょっとした縁があってな・・・」
シンノスケとセイラの会話を聞いていた店員が耐えられなくなって笑い出す。
「大丈夫ですよお嬢さん。カシムラ様には常日頃から大変お世話になっております。お代の方も既にいただいておりますのでご心配なく」
店員の言葉を聞いてもセイラは気持ちの整理が追いつかない。
人気高級ブランドのサイコウジ・デザイナーズとシンノスケがどうしても繋がらないのだ。
「でも・・・私には贅沢過ぎる・・・」
煮え切らない態度のセイラだが、その反応は仕方ない。
サイコウジ・デザイナーズは超がつくほどの一流ブランドなのである。
「大丈夫だ、セラ。そもそも他で制服を作ろうにも、俺はこの店しか知らないしな。下手に遠慮されても困るし手間が掛かる」
「そうですよ。何も遠慮することはありません。何をかくそう、我がサイコウジ・デザイナーズはサイコウジ・カンパニーの傘下でありますが、そのサイコウジ・カンパニーはカシムラ様のご実家なのですから」
笑いながら話す店員。
「サイコウジ・カンパニーが実家?・・・・・えーーーっ!」
仰天するセイラの横でシンノスケは頭を抱える。
別に隠しておくつもりもなかったが、かといってわざわざ話すつもりもなかった事実だ。
しかし、こうなっては仕方ない。
シンノスケはセイラに自分の境遇について説明した。
シンノスケの説明を聞いたセイラは当然ながら驚いたものの、同時にシンノスケが生粋の軍用艦を個人で所有していることについても、説明を聞いて辻褄が合い、なんやかんやで納得がいく。
「はぁ・・・そうだったんですね」
「まあ、実家といっても俺は養子だし、サイコウジの相続権も放棄しているから、カンパニーとはあまり関係はないな。ケルベロスの実戦データを有償で提供するビジネスパートナーなだけだよ」
それまではニコニコとしていた店員がシンノスケの言葉を聞いて不満顔を浮かべる。
「あら、随分とつれないことを仰るのね、シンノスケ」
「えっ?」
突然態度を変えた店員に困惑するセイラ。
シンノスケは深くため息をついた。
「で、そちらにいる店員さんが、サイコウジ・カンパニーを束ねる会長で、俺の義姉のエミリア・サイコウジさんです」
シンノスケの言葉を聞いたセイラはシンノスケと店員に扮したエミリアを交互に見比べる。
「・・・・・・・・えっ?」
遂にセイラの頭脳の処理能力が追いつかなくなり、セイラの頭脳回路がショートした。
シンノスケが自由商人になるに当たり、エミリアから餞別として送られたのがマークスと艦長服一式だ。
シンノスケの服のサイズのデータをエミリアが不正?に入手し、サイコウジ・カンパニー傘下のサイコウジ・デザイナーズに作らせたものである。
そして、セイラの制服を作るに当たり、ファッションに関する知識も興味もないシンノスケはサイコウジ・デザイナーズにオーダーする以外に選択肢はなく、そのためにサイコウジ・デザイナーズの本社があるガーラ恒星州まではるばる来たのだが、正規な手続きでオーダーするつもりだったシンノスケはわざわざエミリアに伝える必要も無いだろうと考えていた。
しかし、そんなシンノスケの行動の全てはエミリアのお見通しだったということだ。
「全く、また私に内緒でコソコソとしていたから、驚かしてあげようと思って、こうして待っていたのですよ」
してやったり顔で笑うエミリアを見てシンノスケは今後余計な小細工をしないことを心に誓った。