予想外の再会
リムリア銀河帝国企業の船団護衛を引き受けたシンノスケ達は出発の日までの間に諸々の準備を整えることにした。
アッシュはフブキの医療設備のためホリーズ・メディカルシステムとの交渉を進め、シンノスケは護衛任務のついでに6325恒星連合を相手に貿易をして少しでも稼ごうと考え、レアメタルを仕入れておくことにし、ミリーナを連れて組合を訪れたシンノスケは仕入れる取引をする商品を選ぶ。
「今回はもう一度No.35の取引に挑戦してみよう」
「そうですわね。よろしいのではありませんの」
メタルNo.35は船やコロニー等の一部の材料として使用され、希少価値は少ないながらも安定した取引が期待できる特殊金属だが、シンノスケは以前に6325恒星連合国でこのメタルNo.35の取引をしようとして予想外の取引価格の下落により手痛い失敗をしている。
とはいえ、その雪辱というわけでもなく、元々取引価格が安定している金属で、現在は価格も回復していることから無理なく取引できる見込みからの選択だ。
シンノスケはリナに仕入れの注文を入れた。
「メタルNo.35を300トンですね?」
「はい、今回は護衛依頼のついでですし、あまり大きな取引はしないようにします」
リナが手元の端末で仕入れの手続きを進める。
「はい、オッケーです。護衛の出航日は5日後ですから、金属の納品は明後日、ツキカゲへの積み込みで大丈夫ですか?」
「はい。お願いします」
後はレアメタルを積み込んで出航を待つのみだ。
手配を済ませてドックに戻ろうとしたシンノスケの端末にメッセージが届いた。
『1時間後。セントラルスポーツ公園のランニングコース、ライクル飲料社製の販売機横のベンチ』
差出人は不明だが、心当たりは1人しかいない。
「・・・これ、差出人不明にする必要ないだろう」
「またあの女ですの?」
ミリーナが露骨に眉をひそめる。
そうはいっても無視できる相手ではない。
シンノスケはため息をつくと情報部セリカ・クルーズ少佐の指定した場所に向かった。
指定時間の5分前、指定されたベンチに腰掛けて合成フルーツ茶を飲んでいるシンノスケ。
例によって非公式の接触なのだろうが、シンノスケには関係ない。
わざわざ着替える必要も認めないので艦長服のままだし、今回は『1人で来い』とも言われていないのでミリーナも隣に座っている。
そんなシンノスケの前に予想外の人物が現れた。
「久しぶりだな、カシムラ学生」
声を掛けられたシンノスケは思わず飛び上がって姿勢を正す。
「アッ、アレンバル校長、いや大将閣下!」
とうに軍を除隊しているのに反射的に敬礼するシンノスケ。
尤も、軍を除隊しているが、船乗りではあるので敬礼をしても間違いではない。
シンノスケの目の前に現れたのは宇宙軍第2艦隊司令のアレンバル大将。
シンノスケが宇宙軍士官学校に在籍していた時の士官学校長である。
艦長服姿のシンノスケに負けず劣らずアレンバルも軍服、それも艦隊司令官服を着用しており、シンノスケと相まって悪目立ちしてしまう。
因みに、ミリーナは私服の落ち着いたワンピース姿だが、その上品な佇まいがシンノスケ達の悪目立ちに拍車をかけており、周囲を見てみれば公園を行き交う人々が何事かとこちらを見ている有り様だ。
ただ、その中には私服姿の警護員と思われる連中が複数、警戒に当たっており、その中にはクルーズ少佐の姿もある。
「はははっ、閣下はよしてくれ。君はもう宇宙軍を除隊しているのだろう?」
アレンバルはそう言うが、シンノスケの背筋は伸びたままだ。
「はっ!軍を除隊しましても、身についたものというものはいかんともしがたく・・・」
「確かにそうかもしれんな。根っからの軍人というのは軍を辞めてもその習慣はなかなか抜けないものだ。だが、まあそう堅苦しくするな。ところで、隣にいるお嬢さん、ミリーナさんだったかな?私に紹介してくれないか?まあ、私もミリーナさんの素性は知ってはいるが、せっかくの機会だ、ぜひ紹介してほしいのだが?」
「はっ!彼女はミリーナ・アル・リングランド。縁あって私の商会に勤めている、私の船の優秀なクルーです」
シンノスケに続いてミリーナが完璧な所作でカーテシーをする。
「お初にお目にかかります。私はミリーナ・アル・リングルンド。ご存知のことと思いますが、リムリア銀河帝国から亡命し、今はシンノスケ様の下でお世話になっています。どうぞお見知りおき願います」
「こちらこそよろしく、ミリーナさん。私はアレンバルド、宇宙軍大将なんて大層な肩書だが、中身はただのおっさんだよ」
アレンバルドはにこやかに頷くとベンチに腰掛け、シンノスケ達にも座るように促してくる。
再び直立のまま敬礼した後にアレンバル大将の隣に座るシンノスケ。
ミリーナもシンノスケの隣に座った。
「突然のことで驚きましたが、今日はどういったご用向きですか?」
緊張しっぱなしのシンノスケ。
「君に正式に謝罪しておきたくてな。ラングリット元准将の件では君が軍を除隊することになった原因から、先日のことまで、君には何度も大変な迷惑を掛けてしまった。しかも、宇宙軍としても彼の悪事の情報を掴んでおきながら確たる証拠の確保に至らずに、結果として彼を野放しにしてしまっていて、多くの被害者を出してしまった。軍組織として全く不甲斐ないことであり、本当に申し訳なかった」
ラングリットの一件は現在宇宙軍内部での調査と被害者への賠償の準備が進められているのだが、それらは全て極秘裏に進められているらしい。
軍の高級幹部による犯罪というスキャンダルであり、公表する時期を慎重に見定めているそうだ。
その中で、ラングリットによる犯罪行為を何度も食い止め、そのおかげで軍を除隊するまでに追い込まれ、更に生命まで狙われたシンノスケに対してアレンバルが直接謝罪すると言い出したらしい。
しかし、未だ公表されていない件で、更に宇宙軍大将が一民間人に対して公に謝罪するわけにもいかず、クルーズ少佐が手引して今回の再会と相成ったわけである。
「分かりました、私の方は問題ありませんのでこれ以上の謝罪は不要です。宇宙軍は除隊しましたが、今は自由商人としてなんとかやっていますよ」
アレンバルから謝罪を受ける筋でもないのだが、それを言ってもアレンバルは納得しないだろう。
シンノスケはアレンバルの謝罪を受け取ることにした。
「クルーズ少佐からも聞いているが、君は自由商人としてもなかなか優秀なようだな」
「優秀かどうかは分かりませんが、少なくとも自由商人になったという自分の選択は間違えてなかったとは思っています」
アレンバルは頷く。
「そうか・・・。君には宇宙軍に復帰して貰いたいと思っていたのだが、その様子だと無理そうだな」
「そうですね。宇宙軍に在籍中は軍人としての誇りを持っていましたが、それも今では船乗りとしての誇りと自由に変わりましたからね」
「船乗りとしての誇りと自由か・・・。そうか、羨ましい限りだな」
シンノスケの答えを聞いたアレンバルはシンノスケが軍と完全に決別していることを悟った。




